101 服屋
例の店の本店の会計は今、とんでもない額の発注を受け、てんやわんやになっていた。
確かにオーナーの書いたと思しき見積書のコピーが同封され、それと共に小切手があったのだが、その額がとんでもなかったのだ。
オーナーの見積書の額は780万となっていて、小切手の額は780億、つまり1万着の発注である。
ただでさえ時間の掛かる見積もりなのに、それを1万着ともなればそれはもう、何年掛かるか分からない。
しかも、そればかりに掛かり切りにする訳にもいかず、多くの得意客の中にいかに混ぜ込むかが問題で、それでいて先払いなので優先する必要があり、なのでどうしようもなくなりオーナーに連絡しようとするも、検査入院だと言われる始末。
それでも何とか体制を整えつつある頃にオーナーとの連絡が繋がり、オーナーは慌てて本店に戻る事になり、そこでその見積書を見て、あの時の会話が頭によぎる。
あれは何処までが本当だったのか、またしても分からなくなり、そのまま倒れて本格的な入院になってしまう。
なのでますます仕事が遅れる羽目になり、先払いの仕事はひとまず放置して、得意客の発注を捌いているうちにすっかり忘れ去られる事となり、見積書はどこかに失せ、小切手だけが換金されて社の口座に振り込まれる事となる。
そして帳簿を見たオーナーは、会計責任者を呼び出し、そこで例の受注を思い出す。
しかし見積書は見つからず、受注したはずの書類も行方不明。
だが既に口座には振り込まれている小切手となれば、今更断る訳にもいかない事態。
しかし、1着半年とも言われる衣装に対し、1万着の発注は全針子を動員して連続で作って何十年も掛かる大仕事。
しかしそれに掛かり切りにする訳にもいかず、得意客も捌きながらとなると、それこそどれだけ掛かるか分からない。
そうなると780億に対しての利息も関係してくる事になり、オーナーは発注元に金を返そうと思ったが、口座額は既に割り込んでいる状態。
何に使ったのか分からないが、どうしてか100億足りない。
帳簿を見ても色々な物に少しずつ足されているような気もするが、決定的な証拠が見つからない状態。
事ここに至り、内部に何か余計な存在が居る事に気付く。
そんな頃、催促状が届く事になり、やむなくマイナス覚悟で780億を返却する手続きを始めようとしていた。
☆
こういうのを何と言うのかな。
いやぁ、株価ってのは敏感なもんだね。
発注した後にガツンと上がり、手間取ると下がっていく。
内部リークなんだろうけど、ご苦労様と言うしかない。
インサイダーのつもりだろうけど、邪魔したから損したんじゃないのかな。
いくら損したかは知らんが、穴埋めご苦労さんだね。
こっちは120億程浮いたから。
さてこっちのもそろそろ……よし、全売り開始だ。
発注したものの、どうにもバッくれられているようだし、そろそろこれも送るか、内容証明。
でもおっかしいな。
もしかしたらあの尖兵もどき、ただ隠れていただけかな。
どうにも黄色と赤のストライプだったから、てっきりそうだと思って。
だけどあの攻撃者が単に隠れていただけの可能性もある。
そうだとしたら今は……ううむ、拙かったかな。
【探査】で見るとどうにも色が空色だ。
仕方が無い、株を買って盛り立ててやるか。
可能な限りで全力買いと。
☆
低迷した株が買い取られていき、株価はにわかに下降を止める。
本来なら対策を講じる必要があるのだが、1万着発注の件でバタバタしてそれどころじゃなかったが為に、対策が遅れてしまう事になる。
じわりじわりと昇る株価に対し、何の材料か分からないまま、それでも内部の騒ぎを沈静化させる事を優先した結果、新進気鋭の有名ブティックは今、経営者交代の危機を迎えていた。
(何て事。どうしてここまで。そんな、まさか買占めだなんて。ああ、もう終わりよ。こんなに)
「こんにちわ」
「ああ、今はちょっと、あら」
「先日の発注の件ですが」
「え、何の事? 」
「本当にそれで宜しいんですね」
「あれはお断りしたはずよ」
「それなら返してくれますか、780億」
「えっ、嘘」
「既に本社のほうには内容証明で催促状を送らせていただきました。発注に対しての返事も皆無で、当方の小切手は換金されています。これはどういう意味でしょうか」
「いや、だからね、それはちょっとバタバタしてて」
「それが理由ですか」
「いえ、そうじゃないのよ」
「株主総会ではっきりさせてくれますね。当方は43パーセントを所持しています。総会の開催を要請します」
「え、じゃああれは」
「780億の発注に対し、相手に返答もせずに小切手だけを換金するその行為、こういう行為に対する見解をお聞かせいただきたく」
「ちょっと待ってよ、それは違うの」
「後はうちの顧問弁護士と話を付けてください。では」
「待って、違うのよ、あれは」
やはりそうか。
かすかな痕跡。
消えた赤い点と酷似な痕跡は、こいつの底に隠れていたって事か。
どうしてオレ達の周囲をうろつくんだよ。
まるで自殺志願者のようにうろつくから、希望に沿って消してやってるが、オレはそんな事はやりたくねぇってのに、困ったもんだよ。
斉藤さんには疑惑で揺らせた結果、あぶり出て消した話をし、対処を頼んでおいた。
どうやら残党だったらしく、捜索中とも聞かされた。
ランダム転移になった件については、やむを得まいとの言だが、やはり未熟な術の発動を安易にやったのが拙かったらしい。
シャロン・ド・ベイなるブティックの件については、株式の買取要求が出るものの、先に小切手の返済を求めた結果、立ち消えになった。
どうやら経営陣の一角に虫が居るらしく、その駆除は自分達でやってもらうしか無いものの、その存在だけは勧告する事になり、オーナーは内部調査に取り掛かる。
どうやらシナリオの関連と判明し、全てを委ねて手を離す事になり、ブティックの株式は斉藤さんに委ねられる事になった。
《ちょっと過敏に反応したみたいで……確かに痕跡がありますのぅ……うん、だから宿かと思ったら違ってて……なればその飛ばしたる者じゃろうて……力及ばず申し訳ない……なんの、それも経験じゃて》
(発想がとんでもないわい。まさか転移スキルを転移スキルで飛ばし、対象を飛ばすなど。つまり、既に精神体を使用するまでになっておるのじゃな。ううむ、これはあやつにもっと教えておきたいが、さすがにのぅ)
ふうっ、あのダブルスキル……【転移】で【転移】を飛ばすあれ、ちょっとヤバいな。
あれってまともな方法じゃないんだよな。
自分の精神体をちょっと千切って、そいつに仕込んで飛ばして現地で発動って。
だから使用した後は妙にだるくてさ。
でもそうしないと、現地で発動キーを唱える存在が居ないんだよな。
だからどうにも身体の一部を対象と共に飛ばす感覚だから、何て言うかその、子供を使った自爆テロみたいな感じで、はふうっ。
後口が良くないと言うか、はぁぁ、これも慣れかなぁ。
久しぶりに図書館で色々本を読んでいると、眠り子が起きているって囁き声が……やれやれ。
そういや、ずっと【人形】を置いていたっけ。
すっかりその変な名前で定着したようで、どうにもウザい。
集中出来ないままにつらつらと本を読み、それでも必要事項を専用フォルダに収める感覚で記憶していく。
これも思い込みと修練の成果なんだろうけど、確かに言われてみればPCっぽいな。
それならデフラグもやれるって事じゃないのかな……よし、思い込みでやってみるか。
あ、これは……ヤバい、また、異名、が、ああ、こんな、ところで、始め、るんじゃ、なか……
(あら、また寝たわね、くすくす……でも良いわね、あんなに自由だなんて……それでも学年1位よ。彼が羨ましいならせめて、彼を凌駕しないとね……ふぇぇ、あれを凌駕? 無理無理……じゃああたし達はあたし達にやれる事をしましょうか……はいはい、仰せのままに……ちょっとそれ止めてよね……でも姫だし……だからさ、もうそんな時代じゃないでしょ……それでも親達は結構その気よ。言葉遣いがどうのこうのって煩いし……困ったものだわ)
(え、お見合い? そういうのは卒業してからって言っといたよね……これも一族の為じゃ……まあ、するだけならいいけど、それだけよ……うむうむ、なれば話を進めるぞぃ……で、相手は何処の誰よ……平民上がりじゃがの、頭はすこぶる良さそうなのでの、善き後継ぎのタネになろうの……だからさ、お見合いはしても先には進まないって……よいよい、そういうものは見合いの後で決めれば良いのじゃ……で、名前は?……とにかく見合いじゃ。これは忙しくなったぞぃ。田村っ、見合いじゃあ……ちょっと、相手の名前。もう、相手の名前ぐらい教えなさいよ。全くもう、言い出したら聞かないんだから)
結局、起きたのは3日後だった。
初めての体験は事の外、精神に負担が掛かったようで、素人PCの初デフラグのような感じだったらしい。
家に帰ると郵便受けに封書が1通。
おっかしいな、この手の物は全て斉藤さん経由になるはずなんだけど、なんで直接ここに入ってるんだろう。
シナリオ中の世界だから、うっかり手紙も開けられない。
どんな罠が仕込まれているか分からないから、そういうのを一度、斉藤さんを経由して受け取る事になっていて、それらは専用のボックスに入れられて、オレが時々【誘致】しているのだ。
念の為に【魔反】を使用して封書を抜き取り、そろりと明けてみる。
ふぇぇぇ?




