100 衣装
魔術研究会は良いんだけど、やはりそれらしき格好と言うのも面白いと、フードコートを発注する事になる。
フードコートと言っても魔術師御用達の衣服であり、それは即売会でよく見るあの格好であり、佳代さんの案内と言うか、佳代さんの知人の馴染みの店と言おうか、とにかく紹介されて皆で行く事になる。
実は魔術研究会の部費の事なのだが、オレが預かっている事になっている。
それと言うのも何の目的も無いような部活なので、ロクに部費が出ないのだ。
なのでこっそり水増しする関係上、部長のミツヤに頼んでオレが会計って事になっている。
「これってコスプレの店じゃないの? 」
「もしや、経験が? 」
「いやぁ、うちの姉貴がさ、こういうのにはまってさ」
「シンちゃん、遂に目覚めたのね」
「うげ、なんでここに」
「さあさあ、入って入って」
「ちょ、今は、ああ、行く、行くから」
☆
「え、佳代っちの紹介? じゃあサービスしないとね」
「夏に向けて張り切ってました」
「そう? 最近、スランプになってるって聞いてたけど、立ち直ったのね」
「君達、うちの弟の同級生みたいだけど、また珍しいわね」
「そうですかね」
「勉強一筋って感じじゃない、あそこの高校」
「そうでもないですよ」
「それはこいつだけだぞ、姉ちゃん。オレ達は結構、やってんだ」
「え? そうなの? 」
「図書館の眠り子とはオレの事だ」
「くっくっくっ」
「それで何も言われないの? 」
「不思議だよね」
「お前が言うかよ、青山」
「はいはーい、準備が出来たわよ」
どうにも安っぽいと言うか、見てくれだけと言おうか。
まあ、衣装を着てそれっぽく振舞うのが目的だから、その性能は関係無いんだろう。
だけど、さすがにそれは巷での買うような三級品以下のようで、もう少し何か欲しいところだがな。
「この生地、もっとこう、何と言うか」
「えっと、ちなみにご予算は? 」
「基本的には無し」
「え? それってどういう意味かしら」
「だからさ、機能的でかつ滑らかで、それでいて丈夫で長持ちする服が欲しい。価格は問わない」
「問わないと言われてもね。それこそピンからキリまでよ」
「じゃあピンで」
「本当にそれで良いのね」
「さて、オレが困るぐらいの価格の服が作れるかな」
「あら、言うじゃない。じゃあ見積もりを出すからそれでいけると思うなら作るわよ」
「即座に作っても良いが、納得が欲しいならそれでもいい」
「まあまあ、価格を見てからよ。ピンの衣装となったらそれはもう、とんでもない価格なんだから」
「それは楽しみだ」
(やっぱり進学校の生徒さんねぇ。ちょっと生意気ね。それならそれで究極の見積もりを出してあげるわ。最高級の布地で最高級のお針子さんが、手縫いで作る芸術品。それはそれはそこらの服とは桁がいくつも違うんだから。趣味の店だと高を括っているのだとしたら、それはちょっと甘いわよ。うちはちゃんとしたブティックもやっていて、ここはアタシの趣味ってだけの店なんだから。本店屈指の衣装価格。さーて、どんな顔をするかしら、くすくす)
ええと、今のネトギンは……あれ、あんまし無いな。
よし、あっちから少し……500億ぐらい入れとこうか。
後は、都市銀の……うえっ、やけに多いな。
おっかしいな、ネトギンから移したの、忘れてたのかな。
まあいいや、これぐらいあれば当分……だけどな。
とんでもなく高いって言ってたよな。
1着50億と考えて、5人分で250億だろ。
オレは何着か欲しいから……よし、追加で1兆入金だ。
50億でも200着は買えるだろ。
なんせ使わないと減らないし、使っても減らないし。
「出来たわよ。さあ、どうかしら」
「ありっ? 」
「驚いたかしら」
「ちょっと予想と違ってた」
「そうでしょ」
「うん、桁が3つ違ってた」
「それでどうするのかしら」
「うん、200着のつもりでいたけど、これだと10万着は買えそうだ」
「えっ……」
「いやね、高いって聞いたから1着50億で考えてね、1兆あれば足りると思って、さっきメインバンクから小遣い口座に振り込んだんだけど、10万着、どれぐらいで作れるかな」
「ちょ、アンタ、アタシをバカしてるの? 」
「うえっ? 何が? 」
「佳代さんも何でアンタみたいなの。出てってよ」
「意味が分からん。10万着の発注は受けられないと言うんだな」
「ええそうよ、そんなイタズラ、冗談じゃないわ」
「おーい、ミツヤ、ここ、服を売ってくれないぞ」
「予算いくらだ」
「1兆」
「くっくっくっ、そりゃ誰も信じねぇって」
「けどよ、利息が毎年1兆なんだし、使わないと減らないだろ」
「だったらさ、夏にアメリカ研修旅行があるだろ、そん時にアメリカで買えばいいだろ」
「あれ、行くのかよ」
「オレは行くぞ」
「ふむ、なら、オートクチュールで何着か買うか」
「1着5千万ぐらいらしいぜ」
「なら、10兆ぐらいドルにしとくか」
「何着買うんだよ」
「いや、別に多くても構わんだろ」
「ならオレも5着ぐらい買おうかな」
(何なのよこの会話……1兆……10兆……これが高校生の会話なの?……はっ、も、もしかして、どっかの富豪の……だとしたら、あれ、何処に?)
出て行けとか言うからつい【幻影幻聴】を……ごめんな。
あれから先は嘘の話だ。
夏に研修旅行とか、何処の会社だよ。
オレ達は高校生だしよ。
即興で作った嘘話だから、色々とおかしいけど、どうやら気付いてなかったか。
「どうする? なんか服は売れないって言われてよ」
「おっかしいわね。ここのお店はそんなはずはないのに」
店の外で色々話していると、中から慌てて出て来るのは良いんだけど、その見積もりを人に見せないほうが良いぞ。
だってほら、シンの姉貴の表情が曇って……ああ、これはちょっと拙い事になったような。
「アンタ、これ、どういうつもりよ」
「え、それはね、この子に頼まれてね」
「物には限度ってもんがあるでしょ。高校生に何、これ見積額。780万ってふざけんじゃないわよ」
「そうよね、普通に考えたら……でも、この子って富豪の子なんでしょ」
「親はこの前、会社をクビになってさ」
「え、それってどういう事なの」
「アンタ……最近、休み無しでどうのこうの言ってたけど、やっぱり少し休みなさいよ。仕事のし過ぎよきっと」
「え、あれ、そんな、でも」
☆
話が変な事になったので、ひとまず帰る事になる。
仕方が無いから向こうで買った安物の衣装で我慢するか。
広域でチョイと買った事にして皆に渡して……それで我慢してくれ。
とりあえずネットでそれなりの品の衣装を買った事になり、晴れて部員の衣装として定着……すると良いんだけど。
「けどさ、これって中二病とか言われそうだよね」
「くっくっくっ、うんうん、言われそう」
「実はここに杖もある」
「良いかも」
「開き直りだな。よし、オレも」
「どうせ魔術研究会なんだし、大なり小なり言われるか。うしっ、オレにもくれ」
部員用の服はそれなりで、それぞれに杖を持てば、まさに中二病患者の出来上がりとなる。
「ファイヤーストーム……くっくっくっ」
「スーパートルネード。ちょっと恥ずかしいね」
「サンダーストライク……まあ、芝居だと思えばさ」
「魔術師ごっこ研究会だな、クククッ」
「ははははははっ、それそれっ」
勉強の合間の息抜きに最適と、皆は部室の中でごっこ遊びに興じる事になる。
そのうちに文化祭で練り歩こうなんて大胆な意見も飛び出し、さすがにそれはとか言いながらも妙に楽しそうな面々。
勉強一筋でここまで来て、そう言う遊びをした事もあんまり無かったのか、今は本当に解き放たれた感じになっている。
そしてこの事がどういう影響になったかと言うと……
「学年1位」
「遂に青山が目覚めた」
「寝てたみたいに言うな」
「2位だぜ」
「ああ、3位かぁ」
「くそぅ、4位だぜ」
「オレがビリかよ」
「こらこら、そこの。5位でビリとか言わないでくれる? 泣けてくるから」
「しっかし、1グループで学年1位から5位まで占めるのかよ」
「ああ、このストレスの無い生活。最高だね」
「やっぱ、あれが気分転換になってんな」
「くすくす、うんうん」
「なんかあんのかよ、そういうの」
「クラブ活動だけど? 」
「あんなの真面目にやってんのかよ」
「面白いよね」
「ああ、くっくっくっ」
(1グループが上位独占ですか……ええ、あのグループは良いですな。こう、何て言うのか、重苦しい感じが無いって言うか……ストレスですかね……ああ、それが無いのかな……でも、発散はどうやっているんでしょう……それは分からんが、それでも成績が良いなら……それはそうですが)
(そりゃAクラスのグループが独占してるから気にならないわよね。でもね、Bクラスのうちの面々とは違い過ぎるのよ。あんな悩みも何も無いような……きっと何か訳があるのよ。例えば、いやらしい事でも……ああそうね、きっと。あっちの欲求が無いからとか、許せないわ、そんなハレンチな事)
少し離れた場所で赤い点が発生し、それに従って職員室に赤い点が発生する。
これは何かの攻撃なのかと思い、最初に発生した赤い点に向けて、ピンを抜いて【転送】
かすかに破裂音が聞こえた後、サイレンの音が聞こえて……そして職員室の色が黄色くなった後、黄緑みたいな色に染まる。
(アタシったら、何を考えていたの。ああ、恥ずかしいわ、生徒を疑うなんて。証拠も何も無いのにどうしてそんな……ああ、なんて事)
おっかしいな、まだ尖兵が隠れているのかな。
さてと、本邦初公開【転送転送】
転送魔法で転送魔法を飛ばそうって試みだけど、どうやら消えちまったようだな。
かなり食ったけど、何とか成功したみたいだ。
でも、何処に飛んだのかな。
さすがに行き先指定まではやれなかったから、多分、ランダム転移になっちまったろうな。
良くてこの世界の端、悪くてどっかの特異点。
さて、彼の運命やいかに。