12.怠惰な少女
24
「影魔法〈シャドウ・ジャベリン〉」
影が伸び、実体を投擲用の槍の形に実体が形成され、射出される。一直線に放たれたその槍は対象を易々と貫く。けれど、貫かれたモンスターに大したダメージはない。何故なら――
――rank13
monster:グリーンスライム――
そのモンスターは粘性のある緑色の半透明の液体のようで、物理的な攻撃は一切、通用しないように思える。
自分の魔法である、影の槍が効かなかった事で、少女は攻めあぐねる。その隙に、スライムは身体を縮ませ反動を付け、瞬発的に身体を伸ばすことで少女に跳び掛かる。
その動きは僕の考えていたスライムとは違い、風を切る様な速度があった。少女は身を捻ることで間一髪、その一撃を躱す。紙一重と言ったところだ。
果たしてその一撃は、僕が躱せるものだっただろうか。レベルが上がり、身体能力こそ上がったものの、身体の使い方にはまだあまり自信がない。そこで、少女のステータスをこっそりと『視る』ことにする――
――ステータス
Lv07
名前:ルニラ・ヴィアデルト
HP041/125 MP0
筋力:02.9 体力:02.5 知力:06.7
速さ:06.9 技量:06.9 魔法:05.2――
――適性
なし――
――スキル
最適化:52.6 影魔法:20.9 振動魔法:32.3
土魔法:12.6 剣術:24.1 魔力感知:01.2――
――加護
なし――
レベルは今の僕よりも低い。けれど、速さだけでいえば僕と同等の数値だ。
そして、何よりそのスキルの量には驚きを隠せない。三種類の魔法を高めの数値でつかえるようだ。【剣術】もそれなりであり、自分のレベルよりも高いランクのモンスターとも引けを取らずに戦っている。
――うん、これは助ける必要がないかもしれない。
悲鳴を聞いて駆けつけてみたが、この様子なら大丈夫な様に思える。HPは少ないように見えるが、逃げるだけならなんとかなるだろう。
そうと分かれば長居は無用だ。今、自分が出て行ったとしても大した助太刀にもならなさそうだ。僕は街の方向に踵を返そうとする――
「ちょっと!探索者さん!?見てないで助けて欲しいっすよ!!て、うわっ!」
話し掛けられてしまった。その隙にまたスライムから攻撃を与えられるが、ぎりぎりで躱している。いや、ぎりぎりの様に見えたがその態度から、実際は余裕があるように感じる。戦闘中に話し掛けて来るくらいだ。大して苦戦もしてないのかもしれない。
「僕は忙しいから。余裕がある人を助けてる暇はないんだ。じゃあ」
そう言って、僕はとっととこの場所を去ろうとする。
「ま、待って欲しいっすよ!こんな幼気で非力な少女を見殺しにしようって言うんすか!?時間を稼ぐくらいで良いっすから、手伝って欲しいっすよ!!」
スライムの猛攻を躱しながらそう僕に懇願してくる。
その姿からは健気さと非力さの微塵さえも感じられない。確かに年齢は僕よりも二つか三つくらい下だ。ステータスの筋力も低めだった。けれど、僕よりも強いように感じるし、頭も回るように感じる。
「囮にして逃げないなら良いけど」
そして彼女ならそうしそうだと、僕の何かが直感した。
「ひょえっ!?」
彼女は声を上げる。
その反応から、どうやら図星だったようだ。やはりどこが健気で非力なのだろう。最早、狡猾で強かとも言って良い気さえしてきた。
「ま、まあ、とにかく! 時間さえあれば手段は幾らでもあるっすから! 見捨てないでください!!」
何か必死過ぎる様な気がする。最後なんて敬語擬きではなく、しっかりと正しい敬語を使っている。
「やっぱりあれ、どうにかなるんだ。逃げないなら戦っても良いよ」
必死過ぎる懇願の圧力に押されて、僕は協力することにする。おそらくだが勝算があり、あれをどうにか出来る魔法をもっているのだろう。
「有難いっすね。逃げないから安心して欲しいっすよ」
僕は彼女の前に出る。剣を抜き、スライム相手に正眼に構える。スライムに目は付いてないのだが、こちらを見られた気がする。一体どうやって周りの様子を確認しているのだろう。
スライムがこちらに向けて跳び出して来る。かなりのスピードだった。けれど、スライムの動きの予備動作から予測することで、余裕をもって躱すことができた。
――やっぱり、あいつ余裕あったな――!
僕は確信する。
何故なら、僕とあいつの素早さは同等。なのにぎりぎりでこのスライムの攻撃を躱していた。確かに初見でこのスピードなら躱すのはぎりぎりになるだろうが、あのあからさまな予備動作で躱せないはずはないのだ。
「振動魔法〈ショック・エクスプロージョン〉」
やる気のなさ気な声が僕の後ろから辺り一帯に響く。その声に込められた力に反してその魔法の威力は凄まじく、周辺の木々を巻き込み、スライムの身体を四散させる。
僕に当たらないように配慮こそしているものの、それ以外は雑の一言。関係ない木々を蹴散らしながスライムに魔法を当てたようだ。
「もっと上手く当てられなかったのか?」
彼女の振動魔法の数値は高いのだ。数値が高いということはローコストで魔法が撃てるだけでなく、コントロールも上手いということのはずだ。
「だって面倒臭いじゃないっすか」
確かに魔法をコントロールするのには集中力がいる。だからって周りの被害を顧みないのは――
その瞬間、彼女の腕輪が音を立てて壊れる。魔力を使い果たされ役目を終えたようだ。
「今日、買ったばかりだったっすのに……」
本当に乱雑に魔力を運用していたようだ。加工した魔石は高い。僕は目の前の光景を再現しないようにと心に決める。
彼女は悲痛な面持ちで、壊れた腕輪を惜しむのだった――
25
「そういえば、探索者さんの名前って何て言うんっすか?」
目の前の周囲の警戒を殆ど僕に任せ無防備に歩く、若干、茶色がかった黒髪を短く切り揃えた、髪と同じ目の色のやる気なさ気なボーイッシュな少女に話し掛けられる。
「人に名前を訊くときはまず自分から言うのが道理じゃないのか?」
実際はステータスを見たことで名前は知っているのだ。ここで名前を知ったからって大して得るものはない。じゃあ、何でそんなことを言ったかというと、ただ言ってみたかったというだけだ。
スライムを討伐した後、成り行きから、一緒に行動することになった。スライムの魔石は彼女が随分と強引に所有権を主張して来た為、彼女の物になった。何でも、また新しい加工した魔石を使った装飾品を買うらしい。
「おっと、それはいけなかったっすね。自分は、ルニラって言うっすよ」
彼女は僕の要望どうりに自分の名前を名乗る。偽名は使っていない。だが、家名の部分は名乗っていない。というかこの世界であった人の中で家名を名乗った人は誰一人としていないのだが、家名を名乗らないルールでもあるのだろうか。
「わかった。ルニラでいい?僕は虹輝って言うよ」
相手が名乗った為、僕も取り敢えず名乗る。
「ルニラ“ちゃん”でお願いするっすよ。コーキさん」
何故かちゃん付けをしろと強調された。確かに歳下にちゃん付けは間違っていないと思うが自分で言って恥ずかしくないのだろうか。
そんな中、ふと、ささやかな疑問が僕の中に浮かぶ。
「そういえば何で、ルニラちゃんはスライムと戦っている最中に悲鳴なんて上げたんだ?」
そうだ、僕が着いたときにはかなり冷静に戦闘をしていたようだし、悲鳴を上げる要素なんてないと思う。
「あんなのが突然、頭上から降って来て、悲鳴を上げない女の子はいないと思うっすよ?」
しっかりとちゃん付けをしたため、ルニラは少し上機嫌に答える。
女の子。
それにしては随分と男っぽい悲鳴だった。声の高さこそ正真正銘の女の子だったが、字面だけ見れば違いが判らなかっただろう。格好からしても随分と男の子っぼく見えるのだが、わざとだろうか。
ただでさえ、性別不詳な奴がいるんだ。そういうのはもうやめて貰いたい。
「不服そうな顔をして。何か言いたい事でもあるんっすか?」
どうやら、表情に出ていたようだ。ルニラはそういうところに目敏いように感じる。やる気がないように見えるが、気を抜け奴だ。
そう思っていると、がさごそと周囲から音が立てられる。
「モンスターみたいだぞ」
僕はルニラに注意を呼びかける。そうするとルニラは少し、不服そうな顔をして警戒態勢をとる。
モンスターのおかげで、ルニラからの追及を逃れることが出来た。そして、そのモンスターはというと——
——rank10
monster:フォレストポイザナスモス——
随分と長い名前のモンスターだ。僕の身長くらいはある蛾で、名前、そして色合いからあからさまに毒を持っていそうだ。
僕は剣を構える。
「コーキさん、お願いするっすよ」
ルニラは相変わらず人任せだ。ルニラの左腰には、立派な剣が二本、帯剣してあるのだが一向に抜かれる様子が無い。飾りなのだろか。
巨大蛾は、初手に鱗粉を撒いて来る。この一手は予測しておけたため、肺に空気を貯めて息を即座に止めることで防ぐことが出来た。
僕はその後、巨大蛾に斬りかかる。巨大蛾はその巨躯から、上手く飛ぶことが出来ないように思える。そのまま、巨大蛾に肉薄し、喉元に剣を突き立てることに成功する。
どうやら、鱗粉にさえ気を配れば何てことのないモンスターだった様だ。巨大蛾は呆気なく光の粒に変わっていく。
「あっ! どうやら自分、レベルが上がったみたいっす」
後ろから声が聞こえる。
――戦闘に参加してないのに、レベルって上がるのか?
僕は咄嗟に確認をする――
――ステータス
Lv08
名前:ルニラ・ヴィアデルト
HP052/140 MP0
筋力:03.4 体力:02.8 知力:07.6
速さ:07.8 技量:07.9 魔法:06.0――
確かにレベルが上がっているようだ。戦闘に参加していないのに、レベルが上がるとは。まさかモンスターが光の粒になった周囲一帯が、レベルの上がる有効範囲なのだろうか。
「あれ?魔石いらないっすか?いらないなら貰っちゃうっすよ?」
僕が考え事をしている内にルニラは魔石を拾い上げ、こちらに見せびらかす様に掌で転がしてくる。
「僕が倒したんだけど……」
まあ、実際に僕にはルニラと会う前に連戦をしたときの魔石がある。これ以上、魔石が増えると動きの邪魔になる可能性が出てくるわけで――
「あはっ、コーキさんの手持ちが一杯だってことは分かってるっすよ。ふふっ、何方にしろ自分が持つしかないっすね」
ルニラは今日一番の笑顔でそう言ってくる。どうやら、こいつはわかっていてそう言っていたわけだ。
「じゃあ、今は任せておくよ」
もちろん、僕にはこう言うしか選択肢はない。
「分かったっす。絶対に守りきってみせるっすよ」
大体、察しは付くが、何から守りきるのだろう。“ルニラ・ヴィアデルト”色々と厄介な奴と関わってしまったかもしれない――
27
「うん、街だ」
改めて街を見渡す。
行き交う人々、一体、彼らにはどんなストーリーがあるのだろう。
今しがたすれ違った四人一組で歩いている探索者、剣を持った前衛にローブを羽織った魔法使いの後衛だろうか。これからダンジョンに向かうところか、はたまた魔石を換金するところなのか。
「何やってるんすか?」
ルニラに話しかけられる。
今は門を抜けたところで、僕の後に審査を受けたルニラが丁度、追い付いて来たところだ。
「いや、いろんな人がいるなと思って」
僕は、門を抜けたところで、アルに言われたことを思い出し、この世界の人々に目を向けてみたところだ。
こうして見るとある事に気が付く。髪の毛と眼の色なのだが、ルニラくらいの色の人が多いのだ。次点でリリアみたいなブロンドの髪で青い眼の人がいるくらい。アルやクライツさんくらい奇抜な人は全くいないのだ。
「へ、へぇ。あっ!そんなことより身分証明書見せて欲しいっすよ」
ルニラの声に僕は思考を会話へと向わせる。
「何で身分証明書を?」
疑問を浮かべながらも身分証明書を取り出す。それを見た瞬間にルニラは、やっぱりっね、と呟き——
「少し貸してもらうっすよ」
——その刹那には、僕から身分証明書を奪い取っていた。
速さと技量が劣っていた為か、その不意打ちに大した抵抗も出来ず、奪い去られてしまった。
「何で奪ったんだよ!?」
取り敢えず何の説明もなしに奪ったルニラを問い詰める。
「落ち着いて欲しいっす。これには良くない魔法がかかってるみたいなんすよ」
ルニラは説明をする。その身分証明書は、あの怪しい門番から貰ったものだ。確かに良くない魔法がかかっいてもおかしくはない。
「何だ。なら言ってくれれば渡したのに。わざわざ奪わなくたっていいだろ」
最初から説明してくれればいいものの。自分が無防備だったのがいけないのだが、普通あそこで奪うだろうか。
「あれっ!? 信じてくれるんすか? これじゃ、奪った労力が無駄じゃないっすか……」
良く考え見れば、身分証明書は渡せと言われて渡すものじゃない様な気がしてくた。僕の場合は心当たりがあったから良いが、普通だったら渡さないのかもしれない。
ルニラはその辺りも含めて、僕から身分証明書を奪った様だ。
「えっと、それは解けるのか?」
かけられている魔法についてルニラに訊く。ルニラに解除することが出来るのだろうか。
「えっと……、このくらいなら……難しいけど出来るっすね」
ルニラはそう言うと目を閉じ集中して——
「〝私の光は世界の希望〟〝其の光は闇さえ照らす〟」
詠唱を始めた。いや、おそらく詠唱だろう。そしてそれは、次に使う魔法は普通の魔法とはなにか質が違うと直感させる。
「精神魔法〈ダークリバース〉」
そして魔法が、ダムにより堰き止められた水の様に放たれる。対象である身分証明書は放たれた光により浄化されている様に思える。そして、光は徐々に身分証明書に吸収させるかの様に収まっていく。
「初めての魔法だったっすけど、なんとかなったっすよ」
ルニラはそう言い、身分証明書を僕に渡して来る。初めて使ったんだあれ。
「えっと、今の魔法を使う前に唱えた奴は?」
僕はさっきの魔法で気になったことを訊く。
「あれは、詠唱っすよ。自分も使ったのは初めてっすけど、これ程までにつらいとは思わなかったっすね。もう二度と使いたくはないっすよ」
詠唱て合っていた様だ。確かにいつにも増してルニラは気怠そうだ。
「自分はこれでお暇させて頂くっすよ」
そう言うとルニラはさっさとこの場から去っていく。それを見送った後は僕はある事を思い出した。どうやらルニラは守り切って見せたようだ――
誠に申し訳ないながら、投稿が遅れてしまいました。今週、時間が取れなかったんですよ。いや、ほんとに。
一章も、もうすぐ終わりに近づいて来ました。二章まだ何処にするか決まってない……。三つくらい候補があるんだけど順番がね……。
日曜日は普通に投稿出来ると思います。