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forget me not   作者: 陽向
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7

 ガシャン。

 店内に響き渡る陶器が割れた音。


「失礼しました!」


 誰に言うともなしに、大声で謝罪を口にし休憩室に向かう。

 暖簾を潜り、休憩室に足を踏み入れようとした私の目の前に、塵取りと箒が差し出された。


「林さん。すみません」

「手、ケガしないように気をつけて」


 私はきっと情けない顔をしている。今にも泣き出しそうなみっともない顔。

 それが分かっているのか、林さんは何も言わずに肩をポンと叩いて休憩室を出て行った。

 丼が三つ、グラスが二つ。レンゲは洗浄器に入れる前にザルごと床に落としてしまい五個以上、これが今日だけで私が割った物の数。

 昨日は結局、眠れなかった。

 浮腫んだ顔のままバイトには来てしまい、林さんと店長にかなり心配された。

 何もない大丈夫だとどうにか気丈に振舞ったつもりでいたが、こんなに備品を割っていては二人の足手まといにしかならないし店にも迷惑をかけるだけだ。

 本当に情けない。何やっているんだろう。

 目尻が熱くなってきているのに気付き、汗を拭く振りをしてTシャツで拭った。


「陸野、そのまま休憩入れ」

「でも、まだお店落ち着いてないです…」

「林が何とかするから大丈夫だ」

「店長何ですか、その他力本願」

「いつもやる気ないんだから、今日ぐらい頑張れ。何か食べるか?」

「いえ、今日は…じゃぁ、休憩行ってきます」

「ゆっくり休め」


 今日は朝から混んでいて、二回転はしていた。ピークは過ぎたが、店内はまだ少し混雑していた。

 これは二人の優しさ。

 あのままの状態で仕事をしていても心配をかけるだけだろう。

 気持ちを切り替えなきゃ!

 頬を両手で叩くと、ジンジンと熱を持った。

 少し目線を横に逸らすと、パソコンが目に入る。

 今は触る気になれない。返事をして寝床に入ったから、メッセージが来ているかもしれないが昨日のような高揚する気持ちは湧いてこなかった。

 パソコンから目を逸らせず横向きのまま、テーブルに突っ伏した。

 はぁと、今日何度目かの大きなため息をつく。


「大丈夫?」

「わぁっ‼︎」


 頭上から声をかけられて、慌てて飛び起きると長身が少し首を傾げなから私の顔を覗きこんでいた。


「林さんはいつもいきなり後ろから話しかけてくるからビックリします」

「ハルが小さいから仕方ないね」

「お店落ち着きました?」

「大体。だから一緒に休憩して来いって」

「二人で休憩入って大丈夫ですか?」

「いいの、いいの。心配なんでしょ店長が。あの人なりの優しさだから気にしないでいいんだよ。あとこれご飯ね」


 林さんの手には小さなおにぎりが二つ乗せられた皿があった。


「中身、チャーシューと葱を味噌で混ぜたやつだって」

「美味しそう。頂きます」

「召し上がれ」


 おにぎりを頬張ると、味噌のいい匂いと葱が食欲を刺激してお腹が空いていたのだと気付かされた。チャーシューと絶妙にマッチする味噌は味噌ラーメンに使用するものに店長が手を加えたものだろう。

 お店におにぎりというメニューはないから、私のためにわざわざ握ってくれたのだと思うとその優しさにまた目尻が熱くなる感覚がした。


「で、何があったの?」


 おにぎりを一つ食べ終えて、麦茶を飲んだところで林さんが本題を切り出してきた。


「言いにくいかったら無理にとは言わないけど、あのままだとみんなに迷惑がかかるから」

「はい。今日は本当にすみませんでした。あの…」


 上手く言葉に出来るかは分からない。

 でもこれ以上店に迷惑をかけなくない。

 言葉を選びながら、声に乗せる。


「あの、林さんは知らない人とメッセージのやりとりをしたことはありますか?」

「知らない人? メル友ってこと?」

「そんな感じです。SNSで知りあった人なんですけど、この前からメッセージのやりとりをしていて…」

「俺はないけど、変なやつなの? 怪しい人?」

「いや、怪しいかはまだ分からないんですけど…」

「逢おうとか言われて困ってるとか?」

「いや、言われてない、と思います、まだ」

「まだ? 何その曖昧な感じ。ダメだよ、最近変な人多いんだから気を付けないと」

「はい…」


 尋問のように、間髪なく投げられる質問にたじろいでしまう。基本は優しい林さんが、今は怖い警察官にか見えない。このおにぎりはさしずめカツ丼と言ったところか。


「それで?」

「あ、あの、男の人って、その、可愛いとかそんな思わせ振りな発言って、簡単に言えるものなんですか?」

「だから何その怪しい人。言わないよ、俺はね。言う人もいるけど、店長みたいな堅物もいるし。てかもう面倒。そのメッセージ見ちゃダメ?」


 怖い、怖いです…。

 矢継ぎ早に言いくるめる林さんはいつもの温厚さなど今は微塵も感じられない。

 目を細めた怪訝そうな目付きに射抜かれて今にも凍ってしまいそう。店長はこんな姿を知っているから何も言えないのかなと思った。

 それにしても、メッセージって人に見せていいものなのかな? プライバシー的には無しではないだろうか? 私に送られてきた時点で、私の所有物になるから問題ないのかな?

 メールなどを他人に見せるのにはかなり抵抗があるが私の話力にも限界があるし、林さんに悩みの本質を話せていない。

 かなり悩んだが心の中でゴメンなさいとヤエに謝り、林さんに全てのメッセージを見せた。林さんはその他にもヤエのページも見てるようだ。

 その様子を黙って見つめる。

 男の人から見てどう見えるかって大事だよね。同性だと、考えることが分かると言うし。


「まぁ、少し軽いやつな気はするけど悪い人ではないかな」

「そうですか」

「あんまり真剣に考え過ぎると疲れるよ、こういうの。軽い気持ちで楽しめばいいんだよ。折角、同んなじ趣味の人に逢えたんでしょ?」


 林さんは微笑んで頭をくしゃくしゃと撫でてきた。

 本当に大人だなって思う。


「そうします。私も悪い人には思えないので」

「大丈夫だよ、きっといいやつだよ」

「二人とも今いいか?」


 店長が暖簾を手で押し上げながら休憩室に入ってくる。


「大丈夫ですよ。落ち着きました?」

「ああ、今ノーゲストだ」

「店長、今日はすみませんでした」

「いい。少し元気になったか?」

「はい、ありがとうございました。おにぎりも美味しかったです」


 そうかと言って店長は口角を少し上げるだけの笑顔を見せてくれた。


「今日は混んだな。ということで、"あれ"をしないか?」


 "あれ"ですねと林さんと私は目を合わせて悪戯っぽく笑う。あれとは従業員のゲームと言うかお楽しみみたいなものだ。

 じゃんけんで負けた人が飲み物を全員に奢るというもの。上下も関係なく、みんな平等に挑む。


「手を出せ。せーの、ジャンケン…」

「「ポン‼︎」」


 結局、林さんが買いに行くことになった。私がパー、店長と林さんがグーで負け。次で店長が勝って、林さんの奢りに決まった。

 私が今日みんなに迷惑をかけたからお詫びをしたいと言ったけど、二人ともこれは公平な勝負だからと譲ってくれなかった。

 店長は炭酸、私はお茶を頼んだ。

 本当にここの人は優しい。二人に分からないように手を合わせる。あの拝むようなお礼。


「じゃ、買ってきますよ」


 休憩時間も丁度終わりに近づいていたので、林さんと一緒に休憩室を出る。

 ちょいちょいと手招きで林さんに呼ばれた。ククッと笑いながら耳元に囁くような声音で話しかけられる。


「さっきのジャンケン、実はやらせなんだよ」

「やらせ?」

「そう。俺と店長はグーチョキパーの順番で出すって決めてたの。何でかわかる?」

「いえ…」

「ハルに勝たせるためだよ。ハルを先に勝たせて、俺たちのどっちかが買いに行くって決めてた。万が一、先にハルが負けたときは、今日は勝ったやつが買いに行くとか言ってたんじゃないかなあの人」

「なんで、そんなことを?」

「不器用な人だからね。こういうやり方しか思いつかないんだよ。ちなみに今日は店長のおごり」


 この二人には本当に頭が上がらない。この店の人には甘えてばかりで恥ずかしくなる。


「ありがとうございます」

「あの人にも言ってあげて。喜ぶから。あと進展あったら言って。相談乗るよ」


 精一杯の笑顔を見せる。

 行ってくると言った林さんは、店の前の自動販売機に向かった。




・・・




「ヤエ、ねぇ…」


 店の扉が閉まったとき、人の悪そうな含み笑いをした林さんの思惑を私はまだそのときは知る由もなかった。







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