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forget me not   作者: 陽向
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 井上さんは十七時に定時で上がっていった。

 私は残りの仕込みなどを全て引き受けた。

 ゴメンねと言いながら仕込むものがぎっしり書かれた紙と沢山の飴を置いていった井上さんは、さすが母親と同世代といったところか。パワフルで、遠慮なしに頼んでくるあたりは年とともに蓄積されたであろう代物だ。

 私もあのようになるのかと思ったら、何故か身震いがした。いや、寧ろ悪寒。


 紙に書かれている仕込みの量を見る。今日は忙しかったために半分も終わっていない。冷蔵庫の中身を確認し、優先順位を付けていく 。

 まずはゆで卵を作って、煮玉子作り。白髪葱もないから、切らなくちゃ。チャーシューは二本ぐらい切れば夕勤の人が慌てることはないかも。

 厨房から休憩室に静かに入り、玉子のパックを三つとる。井上さんは上着を羽織っただけで店の入り口から帰って行ったので、休憩室の店長はまだ寝ているようだった。安堵の表情を浮かべながら、厨房に戻る。

 玉子をタイマーにかけながら茹で、その合間に葱を千切りにした。

 入ったころに比べれば、手つきも慣れたものだろう。白髪葱を切るのは主婦のパートさんよりも綺麗に切れる自信がある。母親にも褒められたことがあった。ラーメン屋で働くのは私にとってプラスになることばかりだ。

 十八時までノーゲストが続き、仕込みの作業に集中できた。




「おはようごさいまーす。はるちゃん、残業?」

「あっ、おはようございます。理恵さん。店長がお疲れみたいだったので寝て貰おうと残ってしまいました」

「だからあの人あんなにだらしない顔してるのか…おはよ」

「あんたに言われたくないでしょ」

「林さん、おはようございます」


 伊藤理恵さんと林昌広さんは大学生でこのラーメン屋の夕勤と夜勤で働いている。そして二人は付き合っている。

 駅からほど近いこのラーメン屋は終電がなくなる時間まで営業しているため閉店時間が深夜二時になってしまう。

 仕事で疲れて帰ってきたときに暖かい食べ物をという店長の気持ちからこの時間までの営業なのだが、そんなこと言ってるから毎日寝不足なんだと理恵さんと林さんには怒られていた。

 いつもは威厳たっぷりで、何でも即断即決出来てしまう店長だがこの二人には頭が上がらないようだった。

 この二人も高校生からアルバイトを始めたそうだ。そして大学生の間もずっと続けていて、来年卒業なのだが就職したあとも隠れて続けられないかと考えているらしい。

 結局この二人も店長の人柄に惹かれてここでずっと働いている。店長信者になっている自分も含めて、ここが居心地が良いのだ。

 

「あとは私たちがやるよ。だから上がって? ラーメン食べる?」

「いえ、今日は休憩も遅かったので家で食べます。これ残りの仕込みです。あとお願いします。お疲れさまです」

「そっか。また明日ね。あっ、あの人寝ぼけているから起こしてあげて。お疲れさま!」

「おつかれー」


  二人に見送られながら、厨房を後にする。休憩室に入ると、またパソコンと睨み合っていた店長と目が合った。


「店長、お疲れ様でした」

「お疲れさま。本当に助かった、ありがとう。これ来月のシフトな」


 紙切れを一枚手渡される。印刷されたばかりなのだろう。インクの匂いが鼻を掠める。


「ありがとうございます」

「毎週入ってるが大丈夫か? 予定が入ったらいつでも言えよ?」

「大丈夫です。定期代のお金が必要で」

「本当にお前はよく頑張るな。冷蔵庫にケーキあるから持って帰れ。気を付けて帰れよ。明日もよろしく」

「ありがとうございます、頂きます。お疲れ様でした」

「お疲れ」


 また頭をポンと叩き、店長は店内に入って行った。

 ケーキを貰えるなんて、今日はとても良い日だ。頑張ってよかった。

 あれ、でもケーキなんていつ買いに行ったのだろう。朝買ってあとで食べようと思っていた物をくれたとか? 甘いものは疲れをとるって言うし、店長が食べた方がいいのでは? もしかしたら私が勝手に残るって言ったから仕方なくあげると言ったのかも! 店長は優しい人だからな…


「まだいるし」

「きゃぁあっ!」


 冷蔵庫の扉を開けながら、考えていたら後ろから声をかけられた。

 振り向くと林さんが居た。背が低い私は背後から声をかけられることが多い。

 それにしても林さんも母親と同じで気配が全くなかったんだけど何故?


「それ、店長にここ来る前にお使い頼まれたんだよ。あの人甘いの苦手なのに意外だなと思ってたんだけど、やっぱりハルにだったね」

「そうだったんですか…」


 店長の優しさが身に沁みる。ここでアルバイトできて本当によかった。

 感慨に浸っているとまた声がかかる。


「もう外も暗いから気を付けて帰るんだよ。お疲れ」

「お疲れです」


 着替えをして、ケーキを大事に鞄にしまうと裏口から店を出た。店の前に止めている自転車に跨ると、店内にいる三人が手を振っていた。

 店も混んできてるのに余裕だなぁ。でもあの三人だから回せるのだろうけど。

 三人に手を振りかえし、自転車を漕ぎだし店を後にした。






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