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forget me not   作者: 陽向
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 次の日は朝からアルバイトだった。

 十時前に慌ただしく出勤し着替えてタイムカードを切る。

 休憩室の暖簾を潜り抜け、厨房に入る前に一礼をする。仕事に入る前に毎回行っているものだ。

 精神統一と言うか、気持ちを切り替える意味も含めてしている。


「おはようございます」

「ハルちゃん、おはようー」

「おはよ。珍しくギリギリだな陸野」

「寝坊してしまいました」


 すみませんと謝りながら、急いで開店作業に取り掛かる。

 アルバイトはラーメン屋にした。それは少しでも人見知りを克服したかったから。

 接客業なら嫌でも人と話さなくてはいけない。しかもここはカウンターが十二席しかない狭い店だ。ラーメンが出てくるまでや、注文時、会計の時に客と会話をすることが多々ある。

 注文と会計の流れは問題ない。ここで働いてもうすぐ二年になるのだ。流石に慣れていないとまずい。

 だが普通の会話はまだぎこちない。最初はたどたどしかった会話も、最近は店長がこっちを心配そうに見ていることが少なくなってきたから慣れてきたと、自分では思っているが、毎回天気の話題はどうかと思うぞと店長に言われてしまった。やはりバレていたか。

 そしてここのバイトは賄い付きだった。大好物のラーメンが毎週食べられることも選んだ理由の一つだ。

 しかも従業員が十人しか居ないので、アットホームな雰囲気で居心地がよい。ランチで働いてるおばちゃんたちも、夕勤の大学生も全員優しかった。もちもん店長も。


 お昼のピークがやっと落ち着いてきた十五時前、少し遅い休憩を貰った。

 先に十四時前に休憩をとっていた井上さんが、遅くなってゴメンねと大盛りの味噌ラーメンを作ってくれた。

 井上さんはかなりパワフルな女性で、いつもランチのシフトに入っている。お子さんはなんと私と同い年だそうだ。性格は私の母親とは正反対だった。

 味噌ラーメンは私の大好物。朝食は寝坊して食べていなかったので、お昼過ぎからずっとお腹の虫が鳴いていた。

 これはありがたい。軽く胡椒を振って麦茶を持ち、休憩室に行く。

 狭い店内同様に休憩室も狭い。休憩室と言っても、業務用の冷蔵庫や冷凍庫、従業員のロッカーにデスクが三畳ぐらいのスペースに敷き詰められているのだ。人が座れるスペースは頑張って三人。

 ちなみに着替えはカーテンで仕切られているだけなので、覗こうと思えば簡単に出来てしまう作りである。

 でも何故かその空間が落ち着くので、よくバイト終了後も居座っていた。

 デスクに向き合いパソコンを睨み付けていた横顔が、休憩室に入ってきた私に気付きこちらを向いた。


「お疲れ。休憩が遅くなって悪いな」

「店長こそお疲れ様です。シフト決まりそうですか?」

「いや、厳しいな。まだ埋まらない日がちらほら…」

「土日は全部入れますから、どんどん入れてくださいね!」

「そう言ってくれると助かる」


 苦笑しながら頭を掻き、ガタイのいい身体が今は小さく見える。

 シフト作りは毎回難航するようで、いつも頭を抱えていた。休みもあまり取らずに、出勤している店長の顔色は少し悪い。きちんと寝ているんだろうか。

 出勤したときに休憩室のデスクに突っ伏してる姿も時々見ている。

 年が一回りも違う私に心配されるのも心外だろうと思って言ったことはないが、かなり体調が心配であった。


「今日は残れますから、店長は休憩兼ねて一眠りしたらどうですか? 頭もスッキリしてシフト作りも捗るかもしれませんよ」

「いいのか?」

「六時になったら理恵さんたちも来ますし」

「いつも悪いな。じゃ、お言葉に甘えてそうさせて貰う。お前が休憩終わったら一眠りするよ」


 少し困った表情で笑いながら、頭をポンと軽く叩いて休憩室を出て行った。

 今まで店長が座っていた椅子に座る。少し生暖かい。

 帰宅部ではあるが平日は塾があるのでシフトに入れない。せめて土日だけでも力になろうと心に決めた。

 急いでラーメンを掻き込む。少し伸びていたが空腹だったため、難なく完食出来た。

 休憩終了まではまだ時間がある。こんなときはいつもパソコンをいじっていた。

 休憩室にあるパソコンは誰でも触ってよいとされていた。観てはいけないところはロックがかかっているので安心して触ることができる。

 実は朝からパソコンを開きたくてウズウズしていた。だが寝坊したためにそれも叶わず、休憩を心待ちしていたのだ。

 慣れた手つきでいつものページを開く。

 お目当てのものはすぐに見つかった。


「メッセージ来てる」


 ドキドキして高鳴ってしまう心臓を落ち着かせてメッセージを開いた。


【おはよう。

 大学生なんてまだまだ子どもだよ。

 五歳差なんて、ほとんど変わらない。


 今日は買い物に行ってきます。


 追伸:俺は背が高い方だから低い方が好きだな】


 だから何。この追伸の糖度の濃さ…

 でも私は惑わされません!

 そんなことでドキドキしたりしないんだから!

 ドキドキしてるけど、これは違う!

 いや何が違う?

 てか、大学生の余裕恐るべし‼︎

 彼のページを覗くと日記が更新されていた。購入した品物の写真がアップされている。


「これ来月買おうと思っていたCDだ…」


 いいなーいいなー‼︎

 私も早く聴きたいのに来月までお預けをされているのだ。羨まし過ぎる!

 写真に載っていた他の二枚のCDは私が購入しようと考えていたもの。 やはり嗜好は全く一緒のようだ。

 しかし私の購入は明日。先を越されたようで何だか悔しい。

 周りの友人たちから流行りのアーティストのCDを借りたことがあったが、何度聴いてもそこまで好きにはなれず話しが合わなかった。

 こんなに趣味が同じ人と逢えるとは、驚愕である。


「話してみたいな…」


 小さな声で呟き返信をした。


【こんにちは。

 高校生から見たら大学生は大人です。


 今日、私はアルバイトです。


 追伸:今日ヤエさんが購入されたCDのうち二枚を私も明日買います。もう一枚は来月に購入予定です】


 初めてのメッセージよりはかなり長くなっているが、相変わらず堅苦しい文。

 小学生が描く日記や報告書のように見えなくもないが仕方ない。

 時間を確認すると休憩の終了が近づいていた。

 送信ボタンを押して、パソコンをシャットダウンする。

 頭のバンダナと腰のサロンを巻き直し、食べ終わった丼を片付けて厨房に戻った。







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