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いつも閲覧しているSNSにはコミュニティという小さな集まりがあった。
無数もあるコミュニティの中には、私が好きなバンドを応援するものがたくさんあることを知った。
その中に特に興味を引くコミュニティがあった。私が住んでいる地域の人を対象にしている集まりで、人数もそれほど多くない。情報も交流も出来る場になっていた。
私の周りには、同じバンドが好きだったり趣味が合う人がいなかった。音楽をただ聴いていた中学生のときは何も思わなかったが、高校生になり更に好きなバンドも増え、それを共有し合える友が欲しいと思い始めていた…が、人見知りの性格が邪魔をしてなかなか行動に移せない。
でもこれはSNSの小さな集まりだ。
ただ純粋に音楽が好きな人たちの集合体だ。
変な駆け引きなどがない、音楽を楽しみたい私と同じ人たちがたくさんいるだけ。
だったら怖くないよね?
私はそのコミュニティに入会することを決めた。
入会の際に必須になっていた挨拶文だけを投稿したのは、つい一週間前のこと。
その三日後に今と同じように新着のメッセージが届いていた。
【初めまして、マロンさん。
私はヤエと言います。
コミュニティから来ました。
君と同じで音楽が大好きで、好きなジャンルもバンドも同じです。
よかったら仲良くして下さい】
わぁぁぁぁあああ…どうしよう⁈
頭の中はパニックだった。
こんなにすぐに知らない人からメッセージなんて届くものなのだろうか。いたずらや迷惑メールではないだろうかとかなり疑った。
しかし確かめることができるくらい私はパソコンが得意ではない。
ここは…スルー?
むしろ、消去しておく?
いやいや、相手は真剣にメッセージを送ってきてくれたのかもしれない。だとしたら、何も返さないのは失礼では?
でもイタズラだったら、変なウイルスとか…
あー…どれが正解?
誰か助けて。
でも、この人のメッセージはかなり淡白だったけどかなりの好印象を持った。
メッセージを返そうか、いや知らない人とやりとりをするのはどうだろうと、悩みに悩んだ三日間。
【こんにちは。
こちらこそ仲良くして下さい】
非常に素っ気ないメッセージを送信出来たのは昨日のことだった。
あれでも精一杯だった。
しかし、文字が並んでいるだけの画面だ。そこには何の感情を読み取ることも出来ないだろう。
日数を空けて、しかもかなり短文の返信。無愛想な人間だと思ったのではないかと心配していた。
それに今日、返信がきた。
ということは、イタズラではなかったということか?
このメッセージを開くだけの動作なのに、変に力が入ってしまう。
怖い、恐い、こわい…
やっぱり返信しなきゃよかったと後悔し始めたが、こんなことしてても何も始まらない!
意を決して、力強くクリックした。
思わず一緒に瞑ってしまった瞼を恐る恐る開けてみた。
【返信ありがとう。
よろしくね、マロンさん。
まずは友達登録からお願いします】
淡白な返信に力が抜けてしまう。
よかった、怒ってなさそうだ。
そして相変わらず好感が持てる返信だと思えるのはなんでだろう。
変に飾ってないというか、気取らないというか、いいなぁという一言につきるのだ。
今度は三日間悩むことはせずに、相手を信じて新着のお知らせにあった友人承認をクリックした。
SNSの友人になってから "ヤエ" について知った情報がたくさんあった。
まずは男性だということ。
これは友人になる前から知り得たものだったのだが、返信に悩んでいて確認することを忘れていた。
次にヤエは本名が八重樫さんという名前だということ。ヤエは普段言われているニックネームみたいだ。友人たちのコメントからそれが分かる。
私はハンドルネームを使っているから、名前やニックネームを使用している人を見ると驚いてしまう。このご時世だしプライバシーの心配とか恐怖心があるのは当たり前だと思う。でもヤエはあまりそういうのを気にしていないようだった。
そして年齢は二十二歳。私の五個上で大学生だ。来年卒業すると書いてあった。
ほうほう。年上か。
新たな情報を得るたびに嬉しくなる自分がいた。
好きな言葉に "以心伝心" "一期一会" と書いてあるのを発見したときは、自分と全く同じことを書く人がいるとはと歓喜してしまった。
しかも好きなバンドは殆ど同じだった。中には私が知らないものがあったが、大体の嗜好が同じところを見ると私も好きだと推測した。今度聴いてみようとメモを取る。
いつの間にか夢中になってヤエのページを観ていた。
私と違いヤエはかなりアクティブな人だった。
日記も呟きも小まめにしているし、友人も多い。趣味もたくさんあり、出掛けることも多いようだ。
私が好きなバンドのライヴにもよく参戦していた。
これは大学生の特権か。
かなり羨ましい。
大学生三年から四年次にかけて日記の投稿などが増えているのは、一、二年次に真面目に単位を取っていたからだろう。
「悪い人ではなさそうかな…」
時々、日記と一緒に載っている写真を見ながら呟いてしまった。
思わず振り返り、周りに誰も居ないかと確認していた。幸い母親は入浴中のようだった。また画面に目線を戻す。
写真は全て大人数で写っているものだった。
単独のものはなく、その中に写っている同じ顔を見つけてはこの人がヤエかなと考えてしまう。
もし会うなら…中に写っている一人に目が止まったいた。
黒髪の背が高そうな男の人。澄ました顔ばかりだったが、その中に一枚だけ、満面の笑みの写真があった。
いやいや、顔は関係ないでしょ。会うこととかないんだから。
そこに届く新着メッセージ。
【プロフィール見たよ。
高校生とか若いなー。
日記とかが何もないことにもビックリしました。
追伸:148cmは小さくて可愛いと思うよ】
顔が上気していた。
何だこれ。
可愛いとか知り合って間もない人に言われたら怖いくらいなのに、会ったこともない人が送ってきたメッセージで顔が熱くなるなんて。恥ずかしい。
私が通っている高校は女子校だ。男性に可愛いと言われることは皆無だ。教師で男性は居るが、その教師に言われたら…たぶん訴えてるかも。
余計なことをついつい考えてしまう思考回路を無理やり画面に集中させた。
【プロフィール、私も観ました。
大学生は大人に見えます。
追伸:背が低いのはコンプレックスです】
散々悩んでこの文章。もっと可愛い文にしたいが、今の自分にはこれでいっぱいいっぱいだ。
「クラスの女子の口真似とかしてみようかな…?」
「何でそんなことするのよ?」
「うわぁ! 背後に立たないで‼︎」
後ろに立っていた母親に驚き、思わず本体の電源を切ってしまった。
あれっ? これって大丈夫⁇ パソコン壊れたりしていないよね⁇
てか、気配とかしなかったんだけどお母さん⁉︎
いやまずはパソコンちゃんが大事‼︎
パソコンは得意ではないため、何かあったときの対処が出来ない。
母親は私よりも更に機械音痴だ。洗濯機が二層式から全自動になったのはつい二年前のこと。しかも故障したためのやむ得ない理由からだ。電子レンジも温めまでが限界。テレビの録画は…無理だろう。
まずは、帰宅して入浴中の父親に謝ろうと決めた。
「あんた明日バイトなんでしょ? 早く寝なさいよ」
いつの間にか日付けが変わっていた。返信もしたし、ちょうど良かったかな。
「はーい。おやすみなさい」
父親への謝罪は明日の朝にして、就寝することにした。




