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forget me not   作者: 陽向
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 高校二年生の十二月。夜十時頃。


 陸野 悠(りくの はるか)は風呂上がりに、黒髪のストレートヘアをドライヤーで乾かしていた。

 中学生の時まではショートカットだった。剣道部に所属していた為、面を着脱する際に邪魔になるからだ。

 高校に入学してからは、帰宅部である。

 別にこれといって髪の毛に拘りはなかった。髪を切る必要性がなくなった為、入学式からずっと伸ばしている。

 少し伸ばし始めた頃からだろうか、綺麗だと褒められるようになった癖のない艶のある黒髪は、今では私の唯一の自慢だ。

 しかしボブのときはまでは良かったが、髪の量が多いため胸の下まで伸びた今の髪を乾かすのにかなり手間取っていた。

 乾かさないと痛むし綺麗な髪なのに勿体無いと美容師が泣きそうな声音で言うから、自分なりに毎日時間をかけているつもりでいるが正直面倒臭い。

 大雑把な性格が更に邪魔をし、一層の事バッサリと切ってしまえと誘惑する。

 だが、首元を覆うものが一つ減ったときの寒さは何度も経験しているので安易に思い出せる。

 しかも今年はすでに雪が積もり始めていた。

 髪を乾かしながら洗面所の小さな窓を覗くと、外の街灯に照らされた雪の影がチラチラと見える。

 明日の天気が心配だ。まだできる限り自転車を使用したいが、そろそろバスを考えなくてはいけないだろうか。

 薄っすらと積もり始めている道路を想像すると、小さな溜息が出てしまう。

 両親から小遣いは貰っていない。

 高校進学を機にアルバイトをしたいと母親に願い出たら、よい機会だから自分が働いたお金でやりくりをしなさいと言われた。

 まだ高校生なんだから脛を囓らせてくれても良いのではないかと思ったが、母親の教育方針は幼い頃から耳にタコができるくらい聴かせられていた。

 教育費は惜しみなく出す、だが娯楽品などのお金は一切出しては貰えなかった。

 携帯電話を買って貰えたのも高校進学をしてからだった。

 隣町の私立高校に入学が決まり電車通学になった。塾などで帰宅時間が遅れるときなど連絡手段が必要だからと、どうにか母親を言いくるめて買って貰えた物だ。

 友人たちが皆所持している、女子高生必須アイテムを持てることに一人で高揚していたが、その気持ちも一気にどん底に突き落とされる。

 アルバイトをするなら携帯電話の料金は自分で支払うことを条件に出された。しかも成績が下がったら没収だそうだ。

 かなり厳しい条件を突き付けられているような…しかも無茶苦茶な。

 だが、それでも欲しいものは欲しい。その勝負を受けてたった。

 一年生の時の二回目の試験を基準として、それよりも順位が下がったら携帯電話は没収される。

 そのテストの順位が基準と母親に言われたのは試験の結果が出た後だった。

 何故最初の試験ではなかったのかと母親に問うと、初回はみんなが意気込んで勉強をするが、その結果を見て自分の現在地を知ると怠けるものと励むものに分かれるからだと言っていた。

 確かに初回の試験よりも二回目の方が四十番程順位が上がっていた。

 私は特に勉強の仕方も点数も変わりなかったところをみると、テスト勉強を怠った人が増えた為であろう。

 なるほど。母親の方が一枚も二枚も上手だった。

 ちなみに私の両親は勉強しろと言ったことが一度もない。しかし、上手いこと目の前に人参をぶら下げるのでそれに釣られて走ってしまうのだ。

 一度くらい反抗しようかと思ったが、今度はどんな無理難題を母親に言われるか分からない恐怖が優っているため、考えただけで身震いしてしまう。

 本当に上手いこと教育している。

 ある意味、恐怖教育だ。絶対に口には出せないが。


 そこにいつも助け舟を出してくれるのは父親だった。

 携帯電話は使う程に金額が跳ね上がるから、家にいる時はパソコンを使用できるようにと父親の書斎にあったパソコンをテーブルごとリビングに移動してくれたのだ。

 母親には、私に甘いだの掃除の邪魔だなどと文句を言われていたがニコニコと和かに微笑んで上手く流し、最終的には父親の笑顔に負けた母親が渋々了承してくれた。

 母親は父親に甘いのだ。

 その際、母親に気付かれないように父親がウインクをして、私もウインクで返した。

 何て素敵な父親だろう。

 そう、父親は私に激甘なのだ。

 飴と鞭とはこの夫婦を言うのだと染み染み思う。こんなに性格が違うのに今だにラブラブなのが不思議だが。

 あっ、早く私を自立させて家から追い出し夫婦でラブラブしたいから母はあんなにスパルタなのかと思ったが、ドライヤーを持つ手もそろそろ疲れてきたところだったので考えるのをやめてリビングに向かった。


 キッチンでお湯を沸かし温かいカフェオレを入れる。そのカフェオレを持ち、リビングの隅に設置されたテーブルに腰掛けた。

 出窓の横に置かれたテーブルは、昼間は暖かな陽光が差し込むため気持ちが良いが、夜になるとカーテンの隙間から冷気が流れてくるため身体が冷えてしまう。風邪を引かないようにブランケットを掛け、カフェオレを出窓置きパソコンを立ち上げた。

 SNSを開き友人たちの近況を確認する。

 この作業は、もはや慣れだ。

 テスト勉強中や宿題が大量に出されていないとき以外は毎日パソコンをいじっていた。

 パソコンはSNSで友人たちの日記や呟きを閲覧するだけなので三十分にも満たない作業だが、カフェオレを飲みながらのその時間が私の一番の幸福なときだ。

 友人たちには小さい幸せだと笑われていたが、小さな幸せが毎日ある方が良いに決まっている。どんなにバカにされてもこれだけは譲れなかった。

 ちなみに私は日記も呟きも書いたことはない。恥ずかしいからと言うのが一番だが、そんなに書くことがないと言うのが悩みだ。

 だが、プロフィールなどは詳細に書くようにしていた。長いプロフィールの半分を占めるのは趣味の音楽鑑賞について。

 小学生六年生のときに店内で聴いた曲に心を奪われ、そのバンドの曲を聴くようになった。そこからロックが大好きになり、中学時代はお小遣いの大半がCDに消えていた。

 新たに好みのバンドを開拓していくのも好きで、インディーズのCD売り場には足時けく通っていた。

 そこで見つけたバンドがメジャーデビューしたときは自分のことのように喜んだものだ。

 高校生になりアルバイトを始めたら少し余裕ができ、ライヴなどに行けると心を躍らせていたが甘かった。

 今月は、自宅から最寄り駅までの通学が自転車からバス通学になりそうだから後半から定期代が新たにかかる。電車の定期代は来月更新だからまだ大丈夫。あと携帯代と新しいCDを購入してしまうとギリギリになりそうだ。

 購入予定の一枚のCDを来月にしようと頭の中の予定を書き変えながら、パソコンをいじっていた。


 友人たちの日記も読み終わり、ホームボタンをクリックしたとき赤く点灯する文字が目に入った。

 新着メッセージを知らせる表示だ。

 何も考えずにそれをクリックする。


「あっ、この人って…」


 それは最近知り合った人物からだった。






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