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「私、佳織のこと好きだよ」
「告白する相手、間違ってなーい?」
怪訝そうな顔で佳織が見ていた。その顔が可笑しくて笑ってしまう。
「人の顔見て笑うとか、ちょー失礼」
「そうだね、ゴメンゴメン」
どうすれば伝わるかなと考える。きっと素直に言った方がいいと思うから。
ベッドから身体を起こし、佳織に向き合った。そのまま数秒間見つめ合っていた。
何か変にドキドキする。
「佳織は、中学のときの私を知ってるよね。あれがきっかけで話すようになったと思うし」
「山下と高橋の話しー? あんなの早く忘れた方がいいよー」
簡単に忘れられたら、トラウマにはならないんだって。それは佳織も十分に分かっていると思うのに、他人事だと思って好き放題言ってくれる。
「佳織にお願いがあるの」
「なぁにー?」
「見守っていてくれない?」
山下のと過去は、私にとっては初恋と言ってもよいものだった。
降り始めの雪のように、時間をかけてゆっくりゆっくり降り積もっていった恋心は、一瞬で呆気なく溶けて泪に還った。
心には穴がぽっかりと空き、それを私は淋しいと思えなかった。
もうたくさんだ。懲り懲りだと思ってしまうほどの苦い想い出。
それのせいで臆病になってしまった私はずっと逃げ回っていた。
出逢うキッカケがなければあんな想いはしなくて済むと女子校を選んだり、そんなことにばかり気を使ってやるべきことの努力をしなかった。
人なんて信じない。
恋愛なんてもうしない。
その結果が何て愚かな姿をした私でも、あの時の私はその道しかないと思っていた。
そんなときに出逢ったのはヤエと、CDショップで出逢った彼だ。
恋をするキッカケをくれたのはヤエ。異性にドキドキしときめくという気持ちを思い出させてくれた。
恋心をくれたのはCDショップで出逢った彼だった。人を好きになるという本当の気持ちを知ることが出来た。
一目惚れという一時的なものだと思っていた気持ちは、バイト先で再会して改めて思い知らさせる。
『私はこの人が好き』
本能が告げているその警告に私は戸惑い、逃げ出したい気持ちになる。
今だってそうだ。
でもそれじゃダメだ。
あの人に出逢えたのは多分、必然。
彼を好きになるために私はあの日あの場にいた、そう思う。
微かに触れた指先。その感触さえも覚えている。
私はあの人に恋に落ちた。
その気持ちから逃げ出さないためにも、この恋の行く末を佳織に見ていて貰いたい。
「好きな人が出来たよ。その人に気持ちを告げることが出来るか見ていて。やっと頑張ろうって思えたから。逃げ出しそうになったら捕まえて」
「その人はーラーメン屋で逢った男の人であってるー?」
「当たってる。私を見てきた佳織だから、これからも見守っていてほしい」
「……」
佳織と目線が交わる。いつもと違う真剣な表情で私を見ている。
「当たり前だよー。かおはハルの親友なんだからー」
そう言って今にも泣き出しそうな笑顔を私に向けた。
「よーし、お互いに片思い頑張ろー」
「えっ…あっ、うん。が、頑張ろう?」
力強く拳を挙げている佳織に習って弱々しく手を挙げると、佳織に腕を無理やり引っ張られた。
身長差のせいで地味に痛くて、ギャーギャー騒いでいたときに額に怒りマークをくっ付けた母親が静かに部屋に入って来たのがとても怖かった。
・・・
多分このときにから、私たちは本当の親友になったんだね。
あのときに貴女にお願いしたことを、私は後悔した。
『見守っていて』
その言葉で貴女を苦しめたよね。
ゴメンね。そんなことを頼んで。
でも貴女にしか頼めなかった。
最後まで私の傍に居て見守っていてくれた。
佳織、ありがとう。
まだまだスランプ中。