2.認めている【5】
「行こう、メル。」
「は、はい。」
ヴォルに促され、漸く宿屋に入ります。
宿の中は木の板が剥き出しの内装でしたが、清掃が行き届いていてとても素敵でした。
「申し訳ございませんでした、ヴォルティ様。到着早々気分を害してしまいましたね。」
「…お前の馴染みか?」
苦笑いを浮かべるベンダーツさんへ、片眉を上げるように問い掛けたヴォルです。
「いえ、何かと因縁をつけられるくらいです。スマクトブ様は子爵の出自ですが以前から業績があまり良くなく、5年以内での実績を求められていらっしゃいます。今年はその最終年の筈ですが…跡継ぎであらせられる彼の方が騎士をされていると言う事は、実質爵位の継続はここでの業績次第となるでしょうか。」
ベンダーツさんは顔を伏せ、感情をのせずに説明しました。
それまでは何だか呆気に取られてしまって、私は殆ど対応出来なかったのですけどね。
「貴族の方の爵位って、ずっと引き継がれていくものではないのですか?」
不意に気になった貴族の位について、ヴォルに問い掛けます。
「爵位は皇帝から与えられる職種の様なものだ。その名に恥じない業績を残せなければ、爵位は降格も剥奪もされる。」
ヴォルがそう説明してくれます。
「親から子へ、当たり前に継がれていくのだと思っていました。」
「それですと、地位に固執して悪事を働く輩が増えますからね。現時点でも少なくないのですが。」
私の呟きに、ベンダーツさんの冷たい言葉が降りかかりました。
ベンダーツさん、相変わらず言葉がキレていますね。お仕事仕様でも、媚び諂う事がないのはさすがです。
「相変わらずだな。お前が認める臣下はいないのか。」
「その様な者がいれば、私の仕事も少しは楽になっていたでしょうけどね。それこそ通常のヴォルティ様の補佐業務外で、まとわりつくコバエの清掃などを含む激務でした。」
僅かに苦い表情を浮かべるヴォルでしたが、ベンダーツさんは眉を寄せるように嫌そうな顔を見せました。
でも、ただの従者ではないところがベンダーツさんなのですよね。
「お前にとっても、俺が皇帝にならない方が良かっただろ。」
「どうですかね。確立された地位があれば、それを後ろ楯にもう少し派手に動けるのやも知れません。」
ヴォルが溜め息をつきましたが、逆に悪そうな笑みを浮かべたベンダーツさん。
な、何をしようとしているのか不明ですが…怖いですね。
「眼鏡があってもなくても、ベンダーツさんはベンダーツさんなのですよね。」
私はしみじみと口にします。
片眼鏡がない、人付き合いの良さそうなベンダーツさんを暫く見ていたからでした。
「…メルシャ様。誤解のないようにお伝えしますが、私の眼鏡は書類処理用です。細かい文字を判別するだけではなく、書類に込められた魔力を見分ける事に使います。ガラス製作に魔法石を砕いた砂を混ぜてあるのですよ。…秘密ですけどね。」
本当に秘密を教えてくれているのか、口元に人差し指を当てて小さな声で説明してくれます。
凄いですね、ベンダーツさん。片眼鏡は、ただの飾りでなかったようです。
目が悪くて使っている訳ではないのは、ずっと外しているこの旅で分かってましたけど。
「俺の手元に届く書類は、必ずお前の目が通ってたからな。」
「はい。ですがその様な工作された書類や書簡など、ヴォルティ様でしたなら開封前の一目で判別されたでしょうが。」
肩を竦めるヴォルに、ベンダーツさんはニッコリと告げました。
なるほどです。魔力や魔法を使っての書き付けを送る事も出来るのですね。
魔力、本当に怖いですよ。




