10.俺を男だと認識しておけよ【3】
ガルシアさんが来て着替えをし、いつものようにヴォルと朝食をとっていました。特に話す事をしなくても穏やかな空気が辺りを包み込んでいて、食事の用意をしてくれる侍女さん達にも大分慣れてきた私です。
ところが。バタンッ!!と大きな音を響き渡らせ、ある人物が乱入してきました。
「…母上。」
そう、現皇帝様の奥方であられる皇妃様です。
「何をしているのっ!?」
第一声からして激しいですね。私は扉の音を聞いた時から既に畏縮してしまっているので、まともに彼女の顔すら見る事が出来ないでいました。
「何を、と言われますと?」
ポトリとフォークに差した果物を落としてしまった私の手をソッと握りつつ、真っ直ぐ皇妃様へ視線を向けたヴォルです。その横顔は表情の一切が消えていました。
「まぁ、惚けるつもり?側室の件よっ。せっかく官僚側が貴族の令嬢を何十人も用意しているのに、一人も通っていないなんてどういう了見なのよっ。」
「俺は全てを断りました。側室なんて必要ないです。」
「貴方の意思こそ必要ないものよ。これ以上低俗な血を入れないで頂戴っ。」
低俗…。つまりは、貴族でない事を言われているのでしょうか。
「側室の誰にでも良いから種をつけておきなさい。大体、二日も三日も公務を休むなんて許しません。これも貴方の務めです。分かりましたね。」
「嫌です。」
え?…ハッキリと拒否したヴォルの言葉に、私だけではなく皇妃様も驚いたようです。目を見開いて一瞬固まった後、再び真っ赤になって怒り始めました。
「何ですって!」
今までそう言われた事がなかったのか、自分の言葉が否定された事に酷く腹を立てたようです。そして怒りに任せて、手近にあった小ぶりの花瓶をこちらに向かって投げ付けました。
私はスローモーションのように、花瓶が飛んでくるのが見えました。いくら小ぶりとはいえ、人の頭以上の大きさはあります。当たったら…、危ないですね。死にますかね?
ガシャーン!!バシャッ!
花瓶の割れる音と水の音が響きました。いつの間にか目を固く閉じていた私は、何かがポタポタと腕に滴る感触にゆっくりと顔を上げました。
「っ!?…ヴォル…っ。」
心臓が止まるかと思いました。ヴォルの頬を伝う赤い筋と、彼の肩に残る花瓶の割れた欠片。下を見下ろすと、水も欠片も私を避けるように後ろに飛び散っています。…明らかに守られた私。
青ざめました。再度見上げると、出血から片目を閉じているヴォルがいます。嘘でも冗談でも夢でもなく…、これは目の前で起こった出来事でした。




