3.好きだ【2】
「ん…っ。」
近いとは思っていましたが、そのままキスされるとは思っていませんでした。唇に触れるヴォルの、温かな柔らかさに背筋がゾクッと粟立ちます。何度も唇を優しく噛まれ、だんだん足に力が入らなくなりました。
「…っ。」
「返事は…?」
唇を離れたヴォルが、また同じ問いを投げ掛けてきます。
「…す…き………です…けど、…ダメ…なんです…。」
私はもう頭の中が真っ白になっていました。何を喋っているのかも分からないです。
「ヴォルを…好きに…っては…、ダメ…なんです…。」
もうずっと前から、自分に言い聞かせてきた事でした。好きになってはダメなのだと…、自分の感情を自覚してからも思い続けてきた事です。
ボンヤリと開けた視界に、眉根を寄せたヴォルの顔が映ります。
「何故…。」
「…ヴォルが私を必要とするのは…、私がヴォルに興味がないから…。」
存在だけ…、妻としての存在だけを必要とされている私なのです。
「…もう良い…、もう良いんだ。」
その苦しそうな声に、私は小首を傾げてしまいました。
「何故…?」
「あれは…、忘れてくれ。」
忘れる…って、何を?どういう意味ですか?
「あの時は…本当に、全てが嫌になっていたんだ…。」
私の両肩に手を置いたまま、ヴォルが顔を下げてしまいます。あ、旋毛が見えますね。
「でも…、誰でも良かった訳じゃない…。あの時の…メルの笑顔に引かれた…。顔を隠していてもそうでなくても、メルは俺に態度を変えなかった。」
「…お客様として、ですよね?」
「違う。…他の女は違うんだ。顔を見せたら急に態度が変わる…、初めは胡散臭そうにしてるのに。そして俺の素性を知ると、今度は嘘みたいに甘い声で話し掛けてくる。でも次に精霊に好かれた者と知ると…掌を返したように冷たくなる。」
あぁ…、この人は。私は力の抜けかけた両足を踏ん張りました。そして、目の前にあるヴォルの頭を抱き締めます。
「…メル?」
戸惑ったような、驚いたような声ですね。
「あの…、好きでいても良いのですか?」
嫌いになりませんか?不要に…なりませんか?
「何を…。」
「だから、ヴォルの事を好きでいても良いのですか?」
ん?返答がありませんね。やっぱりダメ…と思ったら、抱き締めている頭がコクリと縦に揺れました。良かったです。
「…好きです、私も。…ヴォルの事が好きです。」
抱き締めた頭に頬を寄せます。もう…、自分を誤魔化さなくて良いのですね。




