出会い
りりぃには友達がいなかった。森の中の小さな家にお父さんとお母さんと三人で暮らしていた。もうすぐ十一歳になるりりぃは、他の人間と関わったことがなかった。もっと幼いころにお母さんが読み聞かせてくれた絵本。その中に出てきたのは、たくさんのお友達に囲まれて幸せそうに暮らす少女だった。りりぃはずっとその少女に憧れていた。「私もお友達がたくさんほしい」いつもそう思っていたのだけれど、危ないから外に出てはダメと言われているため、友達を作ることができなかったのだ。
そんなある日。りりぃにチャンスが訪れた。お父さんとお母さんが遠くの町に買い物に出かけるので、お留守番をするように頼まれたのだ。
「絶対に外に出てはいけないよ」
「うん、わかってるよ」
「夜には帰ってくるからね。お土産においしいケーキを買ってきてあげるから、いい子にして待ってるのよ」
「はーい」
お父さんたちはりりぃの頭をなでると、玄関から姿を消した。お母さんが普段は着ないようなきれいな服を着ていたのが、りりぃには印象的だった。
二人が出て行ってからしばらくは、りりぃは家でじっとしていた。絵本は、自分で読めるようになってからも何回も読んでいたし、ぬいぐるみのくまさんと一緒に遊ぶのも近頃は少し飽きてきていた。「あーあ、退屈だなぁ」いつもは話し相手になってくれるお母さんがいないだけで、りりぃの狭い世界は無に近い状態になっていた。このままながーい一日を何もしないまま終えてしまうことが、りりぃにはなぜかとてつもなく不安だった。仕方がないので、絵本を手に取って読んでみる。
『あるところに、とてもかわいいおんなのこがいました。おんなのこにはおともだちがたくさんいて、まいにちいろんなことをしてあそぶのでした。「きょうはなにをしてあそぼうか」おんなのこがおともだちにたずねると、いろんなこたえがかえってきます。「みんなでかくれんぼをしようよ!」「いちごをつみにいかない?」「たんけんごっこがいい!」くちぐちにいけんをいってはしゃぐおともだちをみながら、おんなのこはほほえんでこういうのです。「うんいいよ、ぜんぶやろう!」』
「はぁ…」
りりぃは小さなため息をついた。そこにはりりぃの憧れがすべてつまっていたのだ。りりぃは大きな声で叫んでみた。
「うんいいよ、ぜんぶやろう!」
すると、どこからともなく声が返ってきた。
「ほんと?ほんとにいいの?」
「えっ?!」
りりぃは驚いて目を丸くした。
「だれ…?どこにいるの…?」
「ここだよぅ」
どうやら声は玄関の外からするようだ。
「うそ…!どうしよう…」
ドアを開けようかどうか悩んでいると、また声が語りかけてきた。
「ねぇ、いるんでしょ?一緒に遊ぼうよ」
「……」
悩んだあげくにりりぃはドアを開けてみることにした。外に出てはいけないとは言われているけれど、ドアを開けてはいけないとは言われていない。恐る恐る玄関に近づいていく。今まで触れたことのなかった玄関のドア。そのヒヤッとした感触に少し戸惑いながらも、ついにドアを開けてしまった。
「あの…」
ドアの隙間から外をうかがいながら声の主に声をかけた。
「あ、開けてくれたんだね」
声の主がぴょこっと飛び出してきた。ドアの目の前に現れたのは、とってもかわいらしいうさぎさんだった。
「うわぁ…!」
初めて見た本物のうさぎさんにりりぃは感動した。
「う、うさぎさんだぁ!」
「こんにちは」
茶色くてふわふわの毛に包まれた小さな体。真ん丸な黒い目。着ている大きめのカーディガンからはみだしたしっぽが風に揺れていた。このとき、りりぃの今まで抑えてきた好奇心が一気に爆発してしまったのだ。
「うさぎさん、私と遊んでくれるの?」
「当たり前じゃないか。君が言ったんだろ、ぜんぶやろうって」
「うん!!」
「じゃあ行こうよ、仲間を紹介するからさ」
「わかった!あ、ちょっと待ってて」
さんざん言われてきたことが頭の片隅にあったけれど、もう今はそんなことはどうでもよかった。りりぃに初めての友達ができるかもしれなかったのだから。こうしちゃいられない。りりぃはお母さんの真似をして、一番お気に入りのかわいいワンピースを着て、頭に赤いリボンをつけて、外の世界に飛び出した。
「えへへ、見て見て!」
「うわぁ、かわいいね。君にとっても似合ってるよ。きっと僕の仲間も気に入る」
うさぎは目を輝かせてりりぃを見つめると、その小さな手を引っ張ってつれていった。森の奥深くへ。