こんにちは 赤ちゃん(^^♪
「ふふふ。いい茶番だったわ」
くすくすと笑う。女。
俺は赤く血塗られた剣を持って微笑む女に怒鳴りつけた。
「どういうつもりだッ?! ミズホッ?!?」
くすりと奴は笑う。
その唇は真っ赤に濡れていた。
血のように。
血塗れた指先をなまめかしく舐めて。
「まずっ」
ぺっと吐き出すミズホ。
そして頭上からハヤテの声。
「所詮、戦車って言っても基本は低レベルだね。高レベル司教の『眠り』には耐えられない」
寂しそうに呟くハヤテの声。
「降りて来いッ! ハヤテッ!?」
「ごめん。殴られそうだし、やめておく」
そういってヤツは舌を出して頭を下げた。
「頂上にはラスボスがいるかな~~と思ってたけど、
D'sのときはいなかったし、なんとかなるっぽいよね」
ミズホはそういうと、真っ赤に染まった『ロングソード+6』を持って楽しそうに身悶えした。
荒木を殺した。剣。
荒木が。おまえに。ミズホに。
『おまえが持つと戦力になる』
そう伝えて託した剣。
それを仲間の血で汚した。
「さて、ナニを願おうかしら。専用アビリティがいいかなぁ。戦士。いえ、私専用の最強武器でもいいなぁ。村様より強いのは当然よね。
いままで二番手の武器しか装備できなかったし」
そういって、身悶えするミズホはいつの間にか戦士最強の防具『中立の鎧』を身に纏っている。
「ラスボスがいたら、荒木は必要だったけど」
あとはどうでもいい。
呟くミズホに叫ぶ俺は誰に怒っているのだろうか。
「意味が解らん。なんでギルメンを倒すッ」
「専用パッチって、ひとりだけなのよ。知らないのかしら。おばかなぼーやたち」
「はぁ?!」
まて。まて。まて。どういうことだ。
「D'sのときは、あんなに頑張った私には専用パッチが無かったのよ? 信じられる? ありえないわ」
それは、D's主催のイベントのときの話で、願いはD's。アイテムは皆でランダム分配。金と財宝は残りのメンバーというあのギルドにしちゃ実にいい条件のイベントだった。
実際、それでやっと流通したアイテムも多い。やっと忍者になれたやつもいた。
なにより、お前の装備のほとんどはD'sのイベントで手に入れたものだろう。
一度分配したものを貢がせて。だ。
「富を欲するもの。夢を追う者。知識を追う者。
絶望に抗うもの。運命を変えんと欲するものよ。
我に挑め。我の問う謎に答えよ。我の許に来い。
欲するものが全てある……♪」
公式サイトに乗っている某古典ゲーム会社のパクリといわれているこの世界における神の塔伝説の一文を唄うように呟くミズホ。
俺もその言葉の続きは知っている。
『なぜか。答えを教えよう。
こここそが神の塔だからだ』
三人の声が空しく響く。
「御名答」
パチパチと手を叩くミズホ。
「サムライはイマイチだったけど、戦車さんは大活躍だったわ。だって私が痛い思いをしなくて済んだんだもん」
そういってケタケタ笑うミズホ。
コイツを護るために、つくなはボロボロになって、前に。前に。
荒木は、いや新木はクズだったがこいつにだけは友人として接していた。それを。
拳を握り締める。
つくなは司教の『眠り』で眠っている。
敵が殺すつもりで攻撃してもランダムでしか起きないという初級魔法でありながら厄介な術。
「あなたたちは」
ミズホが微笑む。
「このゲームの脱出を願うでしょうね? それも『皆を助けて』って」
「当然だろ」
俺は居合いをミズホに放った。
子供のころから鍛え上げた居合の技。
パフォーマンスに過ぎない。違う。
殺意を込めて放ったそれを。
奴は防いだ。
「……リアルで武道やっているヤツって、レベルより強いのよね。不公平だわ」
こっちの反応速度をレベル相応に上げてもらっているから対処できるけど。ミズホはそういって笑う。
「うっせぇ?!?」
必殺の居合いを防がれた俺だが、『風鳴』の力を発動させて……。
風が揺れない。
匂いが消えない。
カマイタチが発生しない。
「しまった。コイツは『霧雨』!?」
「ださっ」
笑うミズホ。
「『疾風の杖』よ」
俺は木の葉のように吹き飛ばされる。
必死で塔の淵に手をかけて墜落を免れた。
「帰還なんてさせないわ。だって。この世界の『ミズホ』こそが真実」
ミズホの声が響く。
「最も美しく、気高く。
最も強く。最も優しくて。
慈悲深い。この世界の女神。
その私が命令するわ。
この世界から出て行くな。
私のために生きなさいと」
ケタケタと笑うミズホ。
「帰還を望むなんて、邪魔なのよ。アナタたち」
さっさと死ね。
ミズホの足が俺の指を砕いた。
《別視点》
「この素材、まとめて合成しておいて」
ゴミだらけな部屋の中でゴーグルをつけて何かをやっているお母さんが振り返りもせずに声をかけてくれた。僕のことだと気づくのが遅れたから叩かれた。
「出来たら、ポストに送っておいてね♪」
「ログインの仕方を教えたのにどうして出来ないの」
また、叱られた。何度も急かすお母さんに従う。
足元が高い。怖くて転んだ。
「ひゃうっ?!?」
「あら。イケメン♪」
お母さんの声がする。振り向くと綺麗なお姉さんがいた。
「……お母さん?」
「ここでそういったらご飯抜き」
ご飯抜きは辛い。
「はい」
幼稚園には行けなかった。
来る日も来る日も合成。鑑定。
ギルメンのみんなに連れられて、バケモノと斬りあうお母さんを眺めさせられる日々。
凄く気持ち悪い。バケモノも。お母さんも。
ブヨブヨに太って、異臭を放つお母さんも怖いけど、「こっち」のお母さんも恐ろしい。お父さんのこともお父さんと呼んではいけないらしい。
苦しい。辛い。なんでこんな世界にいないとダメなのかなぁ。時々二人にリアルのご飯が必要になるときは、コンビ二にまで歩く。
お父さんが病気にならなければ、こうならなかったのかなぁ。
お母さんはこういっていた。
「お前が生まれなければ、私の身体はキレイなままだったし、お前が生まれなければ私は職場で一番仕事の出来る女。いい男と結婚して、贅沢な暮らしをする。最高の美女だったのにお前ができなければ」
とてもそうは思えないけどお母さんは『あっちの世界』ではそうだったりする。
こっちの世界に帰ってきて欲しいな。
無理だと思うけど、こう言ってほしい。
『お帰りなさい。颯』って。
僕は高笑いするお母さん……に似ても似つかない『それ』を突き飛ばした。
こんな世界なんて、終わればいいんだ。
やっぱり、ログアウトできない。こんな世界で死にたくないのに。
しかたないね。ごめんね。智明兄ちゃん。
つくなお姉ちゃん。
ダメな僕でごめんね。お母さん。お父さん。
お父さんは笑っていた。お母さんは最後まで怒っていた。
ぼくは生まれたときと同じように、泣きながら死ねばいいよね。
僕は智明兄ちゃんとお母さんに続いて『塔』から飛び降りた。
お父さん。
どうしてお父さんは最後に笑っていたのかなぁ。
ぶちゃ。
自分が潰れる音を想像したけど、そんなのはなかった。薄れる意識の中、暖かい腕の感触を思い出した。
「つくなお姉ちゃん。……お母さん」
幻だよね。赤ちゃんの頃の記憶なんてないのだから。




