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my favorite シリーズ

my favorite

作者: 八尾文月


原田沙希、十七歳。

花の高校二年生。

趣味は読書、特技は編み物。

それが私。

最近のお気に入りは…、とある喫茶店に入り浸ること。



そこは、大通りから一本入ったところにある喫茶店。

お客さんは少ないけれど、物静かな雰囲気が気に入っている常連さんがよく来る、穏やかな空気のほっとするようなお店。


そっと扉を開けると、控え目なカウベルの音が来店を知らせた。

今日はお客さん、少ない。

常連のおじいさん達がいるくらい。


「いらっしゃいませ、って原田か」


振り返った三崎君が、またかって呆れた顔をした。

当然だ。だって初めてこの店にきてから約三ヶ月、毎週ここに通ってるんだもの。

本当は毎日通いたいくらいだけど、金銭的な理由もあって断念している。


三崎君の反応におどけたように笑ってみせて、私はもはや定位置になっている一番奥の席に腰を下ろした。

初めの頃はこだわりもなく色んな場所に座っていたけど、今は空いていないとき以外はこの席に座っている。

だってこの席からなら、気付かれることなく三崎君が思う存分見れるんだもん。


「ご注文は?」


メニュー表を持ったまま、三崎君が聞いてくる。

必要ないって、知ってるから。


「いつもの、でお願いします」


だって、私の注文はいつも一緒だから。


「かしこまりました」


丁寧にお辞儀をして、三崎君は注文を厨房に伝えに行く。

その後ろ姿を、開いた本を読む振りをしてこっそり盗み見た。

今日も三崎君は格好良い。

店の制服である、白いシャツと腰に巻いたエプロンがよく似合う。

シンプルな服を格好良く着こなすのって、案外難しいのに。

さらっと自然に出来てしまうのが、三崎君が三崎君である所以だろう。


彼の名前は三崎裕哉君。

同じ学校の同級生。

とは言っても、今まで接点はほぼゼロ。

店に来て初めて喋ったくらい。

この喫茶店はお姉さんが経営してて、三崎君は休日込みの週四日、そのお手伝いをしているらしい。

給料も出てるって言ってたからバイト扱いみたいだけど。

それを知ってから、私はずっとここに通っている。


注文を一つだけ頼んでずっと居座る私は、きっと迷惑なんだろうと思う。

それでも止められないのは、三崎君が好きだから。





好きになった理由は単純。


去年の文化祭の時、私が所属している編み物同好会も作品を展示していた。

それはマフラーとかレース編みのコースターとか編みぐるみとか色々作って、展示兼商品みたいな感じで売るというもの。

編み物同好会は私と友人数人で立ち上げたもので、初めての文化祭に凄く緊張していた。

場所もあまり目立たないところだったし、やっぱり劇とか屋台とかやってるところよりは地味だったからあまり人が来ない。

あまりにも暇だったから、店番は一人ずつ交代ということになった。

三崎君が来たのは、私が店番の時。

きっと、何があるか知らずに来たのだと思う。

不思議そうに教室の中を見て回って、やっと編み物同好会だと気付いてくれた。


「これが手作りか。凄いな」


それは独り言のようだったけど、静かな空間では私の耳まではっきりと聞こえた。

三崎君にしてみたら些細な言葉だったかもしれないけど、私にしたら泣きたくなるくらい嬉しかった。

それから三崎君は私の編んだ犬の編みぐるみを買っていった。

まさかの選択に驚いたけど、私の作ったものを選んで買ってくれたことにまた感動してしまった。

三崎君は自分が選んだものが私の作ったものだとは知らないだろうけど。


それからは何となく三崎君を目で追うようになった。

三崎君はさり気なく優しくて、自分を飾ることをしないで、誰かを誉めることが上手い人。

あまり喋らない人だけど、三崎君の言葉って嫌みもなしに心の中に入ってくるから。


彼を見つめてすぎて、いつの間にか好きになってしまっていた。

向こうは私のことを知りもしないのに。


それから二年になって、同じクラスになれなかったことに落ち込んでいる時、この店を見つけた。

ちょっとした好奇心で入ったら、三崎君がいてびっくり。

それからは三崎君に呆れられるくらい、店に入り浸っている。





ちょっとストーカーじみてるかな、なんて自分でも思うけど、本人からはっきり言われるまでは止められない。

だって、三崎君との接点はこの場所だけだから。

同じクラスでもないし、学校では喋ったこともない。

偶然この店に入らなければ、きっと名前も知ってもらえないままで終わってた。

偶然掴んだ幸運を、ちょっとくらい利用してもバチは当たらないって信じたい。

そう言えば買っていった編みぐるみ、誰にあげたんだろう。

お姉さんにだったら良いな。

彼女に、とか言われたら立ち直れない。

でも、きっとその可能性は高い。


一方的にだけど、好きになる前…入学したばかりの頃から名前と顔は知っていた。

女子高生の話題に上らないことのない人だったから。


文武両道で顔も良い、二拍子も三拍子も揃っている凄い人。

人気のある人達が集まっている生徒会ほどじゃないけど、三崎君も十分モテる。

生徒会にも誘われていたそうだけど、忙しいからって断ったんだって。

その忙しい理由がお姉さんのやっている喫茶店のお手伝いだなんて、知っている人は少ないだろうけど。


あれだけ人気のある人なら付き合っている人がいるだろう。

三崎君、大人っぽいし、年上の人じゃないかって噂もある。

本当のところは不詳。


学校での印象は、あまり喋らない人。

ミステリアス、っていうのかな。

その分、一言一言が凄く重みのある言葉に聞こえる。

帰宅部で、体操服か制服以外を着ている姿を見たことのある人はいない。

彼の友達もそれほどお喋りなタイプの人はいないし。

全てが謎に包まれているって感じ。

それもクールで格好良い、って言われているけど。


それに対してお店では、接客業だから常に笑顔だし学校でみたいに素っ気ない態度じゃない。

お店に通い始めて、ギャップって大切なのだと思い知った。

三崎君の笑顔って貴重だから、店で見かける度に写メりたくなるんだよね。

それをしたら流石に不審者極まりないから我慢してるけど。

ああ、笑顔が輝いて見える。

見た目も良いし、そつもないし、気も利く。

店員としての評判も花丸満点だ。

店に来る常連さん達も年配の方が多いせいか、孫みたいに可愛がられているみたい。

いいなぁ。

私も三崎君を愛でたい。



それにしても、と煩悩で溢れかえる脳内を一掃しようと軽く頭を振って店内をさり気なく見回す。

三崎君が働いている店となればもっと女の人が多そうなものなんだけどなぁ。

学校でも話題になって、男女問わず人が押し寄せてきそう。

学校にいるときよりも、数倍は愛想が良いし。

だけど噂にもなっていない。

私だって実際に見るまで三崎君が喫茶店で働いているなんて思ってもみなかった。

もし来たとしたら、この静かな空間が無くなっちゃう気がするからバレてほしくないけどね。

うわ、私ってば性格悪い。


「お待たせ致しました。ご注文のケーキセットです」


三崎君の声に、思考が途切れた。

自分の性格を見つめ直す前に遮られて良かったのか悪かったのか。

そして私は、三崎君が近くに来ていることにも気付かずに考え込んでいたんだな。

主に三崎君について。


「あ、ありがとうございます」


考え事に夢中で手から落ちていた本を鞄にしまい込みながら、ケーキと紅茶をテーブルに並べてもらう。


「今日はアップルパイなんだぁ」


艶々のパイと紅茶の芳ばしい香りに、無意識に顔が緩んだ。

週替わりのケーキセットは、今まで一つも外れがない。

見た目も匂いもいつも美味しそうで、実際食べても美味しくて紅茶ともよく合う。

アップルパイが出てきたのは、今回が初めてだ。


「いただきます」


「どうぞ」


お客さんが少なくて暇なのか、三崎君は立ち去らずにその場に立っていた。

それを疑問に思うでもなく舞い上がるわけでもないくらいには、私はアップルパイに意識を奪われ思考が溶けていたりする。

あ、焼き目がきれい。


「アップルパイ、好きか?」


「好き、大好き。サクサクトロトロ~」


三崎君の前だということも忘れて、うっとりとアップルパイを味わう。


「美味し…」


そう、私だって三崎君がいるからという理由だけでこの喫茶店に通っている訳ではない。

あれこれ言えるほど食通なわけじゃないけど、この店のお菓子が一番私の好みに合うのだ。

甘さ控えめの生クリームが熱々の焼き菓子の中で唯一冷たく、そのアンバランスさがまた良い。


「幸せだなぁ」


そっと呟くと、三崎君は良かったなって言って笑う。

クールな彼にしたら珍しい、少し幼い感じの笑顔。

その笑顔を見れただけで、一週間は幸福感に浸っていられます。


隣にいてくれる三崎君と、ぽつりぽつりと言葉を交わす。

他愛のない会話だけれど、緊張と嬉しさでどうにかなってしまいそう。


何だか喉が渇いて、いつも以上の早さで紅茶を飲み干してしまった。

いつもはもっと味わって飲むのに、今日の私にはそんな余裕はない。

傍にあるティーポットから二杯目を入れようとすると、自然な動作で三崎君がやってくれた。

…これ以上私を惚れさせてどうする気なんだろう。

こんなにも長く三崎君を間近が見れて、しかも話しているなんて、夢を見てるみたいだ。







カラン、と扉が開く音がしてお客さんが入ってくる。

三崎君は小さく溜め息をついて、私の座るテーブルから離れた。


「頑張って、ね?」


その背中に小さく声をかけると、驚いたように振り返って…笑った。


「行ってくる」


ぽん、頭を軽く叩き、三崎君は接客をしに行ってしまった。


「いらっしゃいませ」


三崎君の声を遠くに聞きながら、静かに紅茶を飲む。


居心地の良いお気に入りの店で美味しいケーキと紅茶が楽しみながら、好きな人と同じ空間を過ごせる。

それって、すごく幸せなこと。

だからきっと、また明日も私はここに来るだろう。大好きなものを味わいに。


穏やかな空間に優しい音楽が流れる。

それに耳を傾けながら、私は今日もまた幸せな時間に身を委ねるのだった。




~・~・~・~・~



少女は知らない。

自分が幸せ一杯に食べているケーキが、実は片想い相手である少年の手によって作られているということを。

パティシエ志望で店の厨房から滅多に出てこない少年が、少女の来る時間帯だけ店内にいるということを。

少年の行動の意味を薄々感づいている常連客達が、自分達を微笑ましそうに眺めていることを。


それらのことを、些細なことで幸せを感じて満足している、少しばかり鈍感な彼女が気付くのは…まだまだ遠い日の話になりそうだ。




甘いもの苦手そうな顔して三崎君は甘党男子。可愛いものにも特に拒絶反応はなし。むしろ好き。編みぐるみは家の鍵のキーホルダーになってます。

沙希が初めて店に来た時、偶々フロアに出ていた三崎君と鉢合わせしたとかいうベタな偶然があったりなかったり…。

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[一言] 八尾さま はじめまして。 「my favorite」拝読しました。 ほのぼの~として、そして甘酸っぱいお話でした。こんなお話大大大好きです~っ!!! 是非是非連載化になるとうれしいで…
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