第十三話:毛繕いと内緒話
不穏だとか言っておきながらの…。
「キュ?ヒャィン!!」
突然の悲鳴に飛び起きたガイルは、暴れるヘリオスの体に纏わりつく燃鼬を見て
『んな!おい燃鼬何したんだ、お前!』
と驚いて怒声を浴びせたのだが、
『くはは…!!ちょっ!やめっ!ひひひ…!くす…ぐっ…ふぐっ!ぶはっ!やめ……』
『これ!じっとしとらんか!毛づくろいもせずに寝おってからに!怪我もしとるじゃないか!血の臭いで他の肉食獣が集まってきたらどうするんじゃ!小休憩してそのくらい動けるなら毛づくろいくらいせぃ!』
とかやってて…なんかどっと疲れた感じがして座り込み、怪我した所や乱れた鬣を毛繕いされてくすぐったくて悶えているものの元気に暴れているヘリオスを見てほっと胸を撫で下ろす。
「ヒャン!キュイィ!ギュルルル!ピィ!」
『これ、お前さんもこの子を抑えんか!傷は舐めて消毒せねば病気にかかるぞぃ!』
『え!?俺も抑えるのか?はぁ、じゃあちょっと退いとけよ。燃鼬ごと抑えると燃鼬の事潰しちまうから。』
くすぐったくてたまらないヘリオスは最早意味のある言葉を発していない。しょうがないのでヘリオスを一旦燃鼬から解放して一息つかせる。
『ガイル~。』
情けない声をだし涙目で上目遣いに縋るヘリオスに若干引きながら
『そ、そんな声出すなって…。燃鼬の言い分は正しいんだから。』
『そんなぁ~』
『じゃ、ヘリオスどっちがいい?俺や燃鼬に毛繕いされるか、自分で教わりながらでも毛繕いするか。』
そう小声で選択肢を出してやるとぱぁっとヘリオスの表情が明るくなる。
『自分でやる!』
『よし!じゃあ俺が教える。』
『でもガイルはなんで毛繕い出来るの?』
よくよく考えてみればガイルも怪我をしたまま放り出されてしまったはずだ。
しかしヘリオスのように暴行を受けて鱗にひびが入っていたり鱗が剥がれてしまっている所もあるが、血が固まってる事もなく鬣もきれいに整っている。
『俺…あ……まあいいや。とりあえず始めようぜ。』
ぐぅぅ~~
『『へ?』』
『すまん…。ちょいとそこら辺で腹ごしらえしてくるわな。』
『付いていかなくていいのか?』
『毛繕いもできない状態で、ついて来られた方が困るわ!まったく…。お前さん達の親竜は何を考えておるのか。毛繕いさえ知らぬ幼竜を迷子にしてそのままとは…。』
『あ…え…と?』『しぃっ。』
『ちゃんと二竜できっちりと毛繕いの練習しておくのじゃな。』
『おう。いってらっしゃ~い。』
頭の上に?を浮かべて自分を見てくるヘリオスにいいからいいからと手で制して燃鼬を見送る。
燃鼬が出かけてからしばらく様子を見ているうちに痺れを切らしたヘリオスが、
『ねぇ、どうしたの…ガイル?』
『んあ。ごめんごめん。』
ヘリオスの疑問に燃鼬から聞いた話とそれについての意見を話して、最後に口止めをする。
もちろん燃鼬にも話すと厄介になりそうだからという事で人間だった事を話すのも止めた。
『でも、これからお世話になるんでしょ?色々知ってるし、頭も良いってガイル言ってたじゃない』
『そこが問題なんだよ。頭が良いって事はこの話を広めて俺たちが追い出されるようにする事を考えられるって事だろ?』
『そうかもしれないけど…なんか燃鼬さんに悪いよ?』
『我慢しろよ。今はな。お前も俺も怪我を治して、もしそうなっても逃げられる位に回復したら話したって良いんだ。その頃まで燃鼬が一緒にいてくれるかわからないけど、そこまでいたら普通に信用しても良い位の仲にはなってるだろうしな。』
『むぅ。わかった。』
不満そうな感じだが、とりあえず納得はしたようだ。
話が一段落したところで毛繕いを始める。基本的に犬や猫みたいに身体を舐めて綺麗にするわけだが、幼竜になりたてのヘリオスは体の動かし方もあまり上手くないので比較的簡単な所から始める。注意しなければいけないのは鬣は毛並みに沿おうが沿うまいが関係ないが、鱗は生えてる方向に沿って毛繕いしないと鱗を自ら剥がしてしまう恐れがあるって事。特に現在、割れている鱗には気を付けないと引っぺがして痛い思いをするだろう。
まずは腕、体を曲げて足や尻尾、尾の飾り毛。次に腕をなめてから顔や首、お腹を摩る、所謂猫の毛繕いの発展型状態。さらにうんと首を曲げてからの背中や鬣(これが楽に出来るようになったらお腹も直に舐めた方が綺麗になる)。最後に翼や翼膜なのだが…
『う~ん、う~ん!はぁ…。』
『やっぱ、いきなり翼を開くのは無理だよなぁ…。元々はない部分だし。尻尾は体を曲げれば自然とその方向に行ってくれるから簡単だけど。』
って事で今回はガイルが翼を広げてやり、首を曲げて翼繕いをする。
ガイルはというとその間、器用にも自分で翼を動かして翼繕いしていた。
『さっきも聞いたけど、ガイルはなんで毛繕い出来るの?』
『あ?そうだったな。俺さぁ、幼竜になって1、2年経っちまってんだよ。ちょっと正確にどの位かはわかんねぇけどさ。あいつに捕まった後に本格的に文字を学んだぐらいだしな。最初はあの研究所ですらない所にいたんだぜ?あのくそ野郎に捕まって実験されて、幼竜状態になった最初の実験体だったらしい。こんな風に外に出されるとは思わなかったけど、それでも必死で体の動かし方を習得したのさ。そうでもしてなきゃ気が狂いそうだったからな…。』
『ううぅぅ…。た、たい、へんだ……った…んだね…うぅぅ。』
鼻水やら涙やらわからないほど号泣してるヘリオスに苦笑いしながら
『おいおい、そんなに泣いたら毛繕いの意味がねぇだろ、まったく…。』
おちおち感傷にも浸れないなと思いつつも、自分のために泣いてくれるヘリオスを見て沈みそうになった気分が上向き修正される。えぐえぐと泣いたままではあれなので手で涙をぬぐってやると
『雄同士のくせに恋仲の人間か、お前らは!?』 『のわぁ!!』
と突込みが入る。入口に目を向けると顔を引き攣らせて(?)いる燃鼬がいて、どうやらかなり引いている様子だ。あまりにも衝撃的だったのか、口調が戻っている。
『い、いや突然泣き出しちまってさ。あはは…』
『はぁ…。せめて舐めて綺麗にしてやれば良いものを。』
(う、俺もさすがにそこまでする気になれないぞ……だってねぇ…人間の世界じゃ場所により変態か犯罪だぜ?相手が女か男かで変わるけどさ…。)
『ふん。友達甲斐のないやつじゃのぅ。ほれ、いつまで泣いとるか。』
ヘリオスの体に登り、涙を舐め取っている燃鼬に改めて動物なんだなと感じる。
動物達にとって毛繕いは衛生と健康維持のためであり、更には愛情表現やスキンシップの内であるのだろう。和解、紛争防止の方法でもあるのだとどこかで聞いたことがあるし、この程度は日常茶飯事といったところか。
『ふぎゅ、ありがと燃鼬さん。』
『燃鼬さんなどお呼ばれるとこそばゆいわ。呼び捨てで構わんよ?』
『う、うん。燃鼬…さん…。』
カクッと燃鼬がズッコケて
『まぁ好きなように呼べば良いわぃ。お前さん達ちゃんと毛繕い出来たようじゃな。』
『そういえば燃鼬さん、何で僕らの名前呼ばないの?』
『おや、呼んでもええのか?気位の高いドラゴンはたかが獣の分際に名を呼ばれるのを嫌がると聞くが…。』
『俺らそんな風に見えるのか?そんなのなんか気にしねぇのに…。』
『いんや。用心のために呼ばなかっただけじゃよ?それじゃ普通に呼ばせてもらうかの。』
話している内にガイルは、燃鼬の事をじぃっと見ているヘリオスに気が付いていた。
『……濡れてる…』
ボソッと呟いたヘリオス。その声に燃鼬がようやくヘリオスが自分を穴が開くほど見ている事に気づき、不穏な気配を感じてかちょっとビクビクしながら、
『う、うむ。狩りをしてきたからの。最後に水浴びをしてきたのだが、そのあとにデカいやつに追われて毛繕いする暇がなくてのぅ。撒いては来たが、ここに戻ってからの方が安全だと思うて戻って来たのじゃが…。』
『…毛繕い…する…?』
にやりと笑ったヘリオスに燃鼬が引き攣った様な声を上げて後ずさる。
『い、いや遠慮し『覚悟!!』ぎゃあ!止さんかーー!!『さっきのお返しだ――!』どわぁ!こ、これ、やめっ!『ベロン♪』ひゃぁ!』
突然ヘリオスが飛び掛かって始まった一竜と一匹の追いかけっこは場所が狭かったのが故か早々に燃鼬が捕まり、ヘリオスが押さえつけた燃鼬の体を毛繕いし始めて、パニックになった燃鼬はじたばたと暴れている。
『ヘリオス適応早いな~。どうしたら早々に他獣の体を毛繕い出来るんだか…。』
と、どこかずれた感想を言いながら一竜と一匹を眺める。どうやら最初にされた毛繕いが相当嫌だったのだろう。ってか、いきなり寝てる所にくすぐられたらそりゃあ怒るか。
『ちょ!ぼんやり見てないで助けっ『ほら!ここも濡れてる!』ひぎゃあ!止せぇ!!ふぎゃ!ひぃ!ぎゃう!や、止めてぇ!頼むからぁ!!『駄目ぇ!まだ濡れてる!!』にぎゃあ!ひぇぇ、た~す~け~てぇぇぇ~~!!!』
鼠が猫に弄ばれている様な状況にガイルが気の毒になってヘリオスを止めておいた。しばらく放っておいたけどね♪
ヘリオスと燃鼬のじゃれ合いを眺めている内に夕方を大幅に過ぎてもう月が昇っている。と言っても昼間よりちょっと見えにくいってだけで、月や星の光があるので普通に外も洞窟内も見る事が出来る。ちなみに現在、洞窟内には艶々の毛並みになったが疲れ切った燃鼬と熱心に自分の毛繕いに勤しんでいるヘリオスがいる。燃鼬の方は気にしないとして(理由はわかるだろうし)、ヘリオスの方は何でこんな状態かというと俺が、
『そういえば、ドラゴンが毛繕いの時に出す唾液は毛並みを艶々にして、鱗を強靭にする効果があるんだってさ。』
なんてことを思い出しついでに言ったからなんだけど…。そこでよくよく燃鼬を見たところガッツリと効果が出てたって事で。
『そういや体調は戻ってんだよな?気持ち悪いとか頭痛いとか言ってたけど…。』
『うん、だぃじょぅむぅ~』
『返事してくれるのは良いけど毛繕いしながらはやめろよ…?』
身体の動かし方を学ぶには丁度良いかと思い放っておきつつ、自分の毛繕いを終わらせて翼繕いに入る。ヘリオスの翼より二回りほど大きいそれは隅々まで翼繕いするのに時間がかかる。何せガイルも自由自在に動かせるわけでなく、翼繕いに苦労しない程度にしか動かせないのだ。
(こんなんで飛べんのかね?人間とドラゴンとじゃ感覚が違うからドラゴンなら出来るんだろうけど、飛べるなら飛んでみてぇな。)
『ぎゃふ!』
唯一幼竜状態になってからずっと考えてきた前向きな事に思いを馳せているとそんな声がして、後ろを振り返るとどうやら毛繕い中に体勢を崩してしまったようでヘリオスが引っ繰り返ってジタバタしている。ガイルなら、片方の翼を畳みもう片方の翼を広げることで翼を畳んでいる方に転がって起き上れるが、ヘリオスには出来ないためガイルはしょうがねぇなと思いながら横から押して起こしてやる。
ちらっと燃鼬を見たら既にくるりと丸まって寝息を立てていた。それもきっちり寝床として盛った葉っぱの上だ。鼬って夜行性じゃなかったっけ?ま、いっか。
『ふぁぁ…。もう眠みぃから寝ようぜ?』
『むぅ…。くぁふ。うん…そだね。』
片方の寝床を燃鼬に占領されてしまったので一緒に寝ようかとも思ったのだが、まだ覚束無い足取りながら燃鼬のいる寝床に近寄り、
『んふふ♪』
ヘリオスは燃鼬の上から被さる様に寝るつもりのようだ。天然の湯たんぽか!?おいおい…燃鼬潰すなよ~?絶~対っ、後で愚痴愚痴怒るからな。
冗談めかして注意するとう~ん頑張るだとさ。既に睡魔に襲われているようだ。よろよろとヘリオスが燃鼬の隣に寝転がり、ガイルがヘリオスの翼をちょっと広げてやって燃鼬を覆う。さらにその上から葉っぱを掛けてやって
『おやすみ~。』
『ん。おやすみ。』
ヘリオスが目を閉じてから自分も寝床に入り、尻尾と翼を使って自分にも葉っぱを掛ける。
ちなみに鼬は昼行性なのも夜行性なのもいるようで、種類とか地域によって違うんだとか違わないんだとか。←どっちだよ?