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職業:死神の助手 時給666円

作者: きびだんご
掲載日:2026/09/20

初めまして、きびだんごといいます。初投稿です。これを打ってる時もめっちゃ緊張してます。

 俺が死んだのは、火曜日の午後4時27分だった。


 大学の3限が休講になって、コンビニで買った肉まんを食べながら帰っていた。


 信号が青に変わった。


 何となくスマホをポケットにしまって、横断歩道を渡り始める。


 そのときだった。


「危ない!」


 誰かの声が聞こえた。


 道路に、小さな男の子が飛び出していた。


 右からトラック。


 考えるより先に身体が動いた。


 男の子を突き飛ばす。


 その直後。


 ものすごい衝撃が身体を貫いた。


 そこから先は覚えていない。


     ◇


「……え?」


 目を開けた俺は、自分の身体を上から見下ろしていた。


 道路には人だかりができている。


 その中心で、俺が倒れていた。


「え、何これ」


 救急隊員が胸を押している。


 さっきの男の子は、母親らしき女性に抱きしめられながら泣いていた。


「ちょっと待って」


 俺は自分の胸に手を当てた。


 心臓の鼓動がない。


 というより。


 身体そのものに、重さがない。


「神谷悠斗(かみやゆうと)20歳」


 背後から声がした。


 振り返る。


 黒いコートを着た男が立っていた。


 30歳くらいだろうか。

 黒い髪。


 白い肌。


 整った顔をしているが、表情はほとんどない。


 手には、時代劇にでも出てきそうな分厚い本を持っていた。


「死亡時刻、16時27分。死因、交通事故」


「……誰?」


「死神」


「は?」


「死神だ」


「いや、聞こえてたけど」


 男――死神は本を閉じた。


「迎えに来た」


 しばらく考える。


「俺、死んだん?」


「そうだ」


「マジで?」


「ああ」


「……今日まだ晩飯食べてないんやけど」


「死ぬ者の大半は、その日の夕食を食べていない」


「そういう意味で言ったんちゃうねん」


 どうやら冗談は通じないらしい。


 俺はもう1度、倒れている自分を見た。


 救急隊員の声。


 サイレン。


 泣いている子ども。


 夢ではなさそうだった。


「……まあ」


 俺は頭をかいた。


「しゃあないか」


 死神が初めて少しだけ表情を変えた。


「意外だな」


「何が?」


「もっと取り乱すかと思った」


「いや、死んだんやろ?」


「ああ」


「ほな、どうしようもないやん」


「そうだな」


「ただ、スマホの検索履歴消してから死にたかった」


「それはもう無理だ」


「そこだけ生き返らせてくれへん?」


「無理だ」


「即答やな」


 死神は本を開いた。


 ページをめくる。


 1枚。


 2枚。


 3枚。


 そして。


「……ん?」


 手が止まった。


「どうしたん?」


「待て」


「何?」


 死神がページを戻す。


 もう1度見る。


 そして俺を見る。


 再び本を見る。


「……違う」


「何が?」


「お前じゃない」


「はい?」


 死神が本をこちらに向けた。


 そこには、


『神谷悠斗 20歳』


 と書かれている。


「俺やん」


「住所を見ろ」


 見る。


「……奈良?」


「ああ」


「俺、大阪やけど」


「ああ」


 沈黙。


「同姓同名?」


「ああ」


「もしかして」


「……」


「間違えた?」


「……ああ」


「死神が?」


「ああ」


「人の命を?」


「ああ」


「間違えたん?」


「何回聞く」


「いや、これは聞くやろ!」


 死神は静かに顔を逸らした。


「おい」


「……」


「こっち見ろや」


「……」


「気まずそうにすんな!」


 死神でも気まずくなるらしい。


 そんなことを、俺は死んで初めて知った。


     ◇


 結論から言えば。


 俺は生き返った。


 救急車の中で突然心拍が戻り、病院では「奇跡です」と言われた。


 本当は奇跡でも何でもない。


 死神の事務ミスである。


 ただし。


 何事もなかったことにはできなかった。


     ◇


「1度死亡処理された魂は、完全には元に戻せない」


 退院した日の夜。


 俺の部屋のベッドに、死神は当たり前のように座っていた。


「とりあえず人のベッド勝手に座るのやめて」


「細かいな」


「殺しかけた相手に言う言葉ちゃうやろ」


「正確には1度殺した」


「もっとあかんやん」


 死神は無視して1枚の紙を差し出した。


「何これ」


「契約書だ」


 上には大きく、


『死神助手雇用契約書』


 と書いてある。


「嫌な予感しかせえへん」


「働け」


「嫌やけど」


「お前には死者が見えるようになった」


「聞いてない」


「死者と会話もできる」


「もっと聞いてない」


「さらに接触もできる」


「返品できる?」


「できない」


「じゃあいらん」


「そういう問題ではない」


 仕事内容を見る。


『現世に未練を残した死者の未練解消補助』


 勤務時間、不定期。


 休日、不定期。


 危険手当、なし。


 交通費――要相談。


「交通費、要相談なんや」


「経費には厳しい」


「人の命には雑やのに?」


 死神は無視した。


 そして。


 1番下。


『時給 666円』


「……安っ」


「規定だ」


「最低賃金知ってる?」


「死者労働法には抵触していない」


「俺、生きてるけど」


「1度死んでいる」


「都合いい時だけ死者扱いすんな」


 こうして。


 俺は死神の助手になった。


 時給666円で。


     ◇


 仕事内容は、思っていたより地味だった。


 死んだ人間すべてが幽霊になるわけではない。


 強い未練を残した者だけが、この世に留まる。


 死神は魂をあの世へ連れていくことはできる。


 けれど、強い未練に縛られた魂を無理やり連れていくことはできないらしい。


「そこで俺?」


「ああ」


「なんで死神がやらへんの?」


「私は生者に干渉できない」


「不便やな」


「だから助手がいる」


「便利に使われてるだけやん」


「気づいたか」


「最初から気づいてる」


     ◇


 最初の依頼人は、82歳のおじいさんだった。


「妻に、ありがとうと言えなかった」


 50年以上連れ添った奥さんを残して亡くなったらしい。


「それが未練?」


 俺が聞くと、おじいさんは苦笑した。


「その“それだけ”が言えんかったんや」


 おじいさんは無口だった。


 料理を作ってもらっても。


 病院に付き添ってもらっても。


 旅行を計画してもらっても。


 「おう」。


 「分かった」。


 それだけ。


「ありがとう」と口にするのが、どうしても照れくさかったらしい。


 亡くなる少し前。


 さすがにこのままではいけないと思ったのか、おじいさんは1枚だけメモを書いていた。


 古いアルバムの裏に挟んであった。


『俺と結婚してくれて、ありがとう』


 たった1行。


 奥さんはそれを読んで、しばらく黙っていた。


 やがて。


「ほんまにもう」


 泣きながら笑った。


「生きてる時に言いなさいよ」


 隣で、おじいさんも泣いていた。


「聞こえた?」


 俺が聞く。


「ああ」


 おじいさんの身体が、淡い光に包まれる。


「ありがとうな、兄ちゃん」


 それが俺が初めて、死者からもらった礼だった。


     ◇


「今日の勤務時間、4時間」


 帰り道で死神が言った。


「ということは?」


「2,664円」


「安いな」


「4時間分だ」


「計算の話してない」


     ◇


 2人目は、17歳の女の子だった。


 親友と喧嘩した次の日、事故で亡くなった。


「最後に言った言葉がね」


 少女は俯いた。


「大嫌い、だった」


 でも本当は嫌いじゃなかった。


 仲が良かったからこそ、些細なことで喧嘩した。


 明日謝ればいい。


 そう思っていた。


 でも、その明日は来なかった。


 彼女のスマホには、送信されないまま残っているメッセージがあった。


『昨日はごめん。本当は大好き』


 母親に事情を話し、そのメッセージを親友に見せてもらった。


 親友は画面を握りしめながら泣いた。


「私も、ごめん」


 その瞬間。


 隣にいた少女が笑った。


「聞こえた?」


「うん」


 身体が淡い光に包まれていく。


 消える直前。


 少女は俺を見た。


「生きてるうちに言っといた方がいいよ」


「何を?」


「好きとか、ありがとうとか」


 そう言って。


 彼女は消えた。


     ◇


 その週の日曜日。


 俺は実家に帰った。


 帰り際、母親がいつものように食料を大量に持たせてくれた。


「冷凍してるから。ちゃんと食べや」


「うん」


「カップ麺ばっかり食べたらあかんで」


「分かってる」


 玄関を出る前。


 俺は少し迷ってから言った。


「母さん」


「何?」


「いつもありがとう」


 母親が固まった。


「……何?」


「いや、だからありがとうって」


「お金ないん?」


「なんでやねん」


「何かやらかした?」


「俺への信用どうなってんねん」


     ◇


 それから半年。


 俺は大学に通いながら、死神の助手を続けた。


 色んな死者に会った。


 孫の成人式を見たかった祖母。


 飼っていた犬を心配していた男性。


 弟と喧嘩したまま亡くなった兄。


 初恋の相手に気持ちを伝えられなかった女性。


 最初は正直、面倒だった。


 時給666円。


 呼び出しは突然。


 夜中でも関係なし。


 死神は愛想が悪い。


「なあ」


「何だ」


「昇給ないん?」


「ない」


「ボーナスは?」


「ない」


「有給」


「ない」


「福利厚生」


「死後の送迎無料」


「いらんわ」


 それでも。


 いつの間にか、辞めたいとは思わなくなっていた。


 死者たちはみんな、同じことを言った。


 明日。


 今度。


 そのうち。


 いつか。


 そして。


 その「いつか」が来なかった。


 死者と話していると、生きていることが少しだけ怖くなる。


 同時に。


 少しだけ、大事にも思える。


     ◇


 助手を始めて半年が過ぎた頃。


 死神がいつものように現れた。


「仕事だ」


「今?」


「今だ」


「明日1限なんやけど」


「死者には関係ない」


「大学生にはあるんよ」


「行くぞ」


「せめて着替えさせて」


     ◇


 依頼人は34歳の女性だった。


 名前は美咲。


 3か月前、病気で亡くなった。


 美咲は病院の屋上にいた。


「娘がいるの」


「何歳?」


「6歳」


 美咲は少し笑った。


「もうすぐ7歳」


 誕生日は1週間後。


 俺は聞いた。


「未練は?」


「約束」


「約束?」


「7歳の誕生日に、水族館に行くって約束してたの」


 娘は昔からイルカが大好きだったらしい。


 病気になる前、美咲は毎年娘の誕生日にどこかへ連れていっていた。


 動物園。


 遊園地。


 映画館。


 そして7歳は、水族館。


「去年からずっと楽しみにしてた」


 美咲は笑う。


「でも、行けなかった」


 死神が尋ねる。


「それが未練か」


「……多分」


「多分?」


「本当はね」


 美咲は少し俯いた。


「娘に、我慢させたまま死んじゃったことかもしれない」


 病気になってから。


 娘はわがままを言わなくなった。


『ママしんどいから大丈夫』


『今年は誕生日何もしなくていいよ』


『水族館も、また元気になってからでいいよ』


 6歳の子が。


 ずっと大人みたいな顔をしていた。


「最後くらい」


 美咲が言った。


「あの子に、子どもらしく笑ってほしかった」


     ◇


 数日後。


 俺は美咲の家を訪ねた。


 夫は突然現れた大学生を、当然のように警戒した。


 そりゃそうだ。


 事情を全部話すわけにもいかない。


「生前、美咲さんに少しお世話になって」


 無理のある説明だったが、美咲しか知らない話をいくつか伝えると、夫は話を聞いてくれた。


 リビングの棚には、家族写真が並んでいた。


 その中に水族館のパンフレットがあった。


「これ」


 俺が指差す。


 夫が苦笑する。


「妻が入院中に取り寄せたんです」


 パンフレットには付箋が貼ってある。


『イルカショー』


『クラゲ』


『お昼ここ』


『お土産』


 美咲が隣で顔を覆った。


「恥ずかしい」


「めっちゃ計画してるやん」


「楽しみにしてたから」


 夫が小さく言った。


「娘には見せられなくて」


「どうしてですか?」


「妻が亡くなってから、水族館の話をしなくなったんです」


 少し間が空く。


「誕生日も、何もいらないって」


 隣で。


 美咲が泣いていた。


     ◇


 その日の帰り道。


「死神」


「何だ」


「俺、今まで何時間働いた?」


「突然どうした」


「いいから」


 死神が本を開く。


 しばらくページを確認した。


「ちょうど100時間だ」


「100?」


「ああ」


「給料は?」


「時給666円。したがって」


「66,600円」


「そうだ」


 半年働いて。


 66,600円。


「……ほんまに安いな」


「今さらか」


 俺はスマホで銀行口座を確認した。


 死神助手として貰った金は、ほとんど使わずに置いてある。


「死神」


「何だ」


「これ、俺の金やんな」


「ああ」


「何に使ってもいい?」


「当然だ」


「じゃあ決めた」


     ◇


 美咲の娘の7歳の誕生日。


 俺は朝から、美咲の家にいた。


 玄関から娘が出てくる。


 眠そうな目で俺を見る。


「誰?」


「怪しい人」


 父親が吹き出した。


「自分で言うんですか」


「初対面の大学生が家の前にいたら怪しいでしょ」


「確かに」


 娘は俺をじっと見た。


「今日な」


 俺は言った。


「お母さんから、誕生日プレゼント預かってる」


 娘の表情が変わった。


「ママから?」


「うん」


 俺は水族館のチケットを3枚取り出した。


「今日、行こか」


     ◇


 水族館に着いた瞬間。


 娘は走った。


「走ったら危ないで!」


 父親が追いかける。


 俺は少し後ろから歩く。


 そして、その横を。


 美咲が歩いていた。


「嬉しそう」


「うん」


 美咲はずっと娘を見ている。


 イルカショー。


 巨大な水槽。


 ペンギン。


 クラゲ。


 娘は朝の大人しさが嘘みたいに笑った。


「パパ! 見て!」


「分かった、分かったから走るな!」


「次あっち!」


「ちょっと休ませて!」


 その様子を見ながら、美咲が笑う。


「よかった」


 昼。


 パンフレットに付箋が貼ってあった店で食事をした。


 俺が代金を払う。


 父親が慌てた。


「いや、それは僕が」


「今日はいいんです」


「でも」


「これは」


 俺は少し考えた。


「美咲さんからなんで」


 父親は何も言わなかった。


 ただ、小さく頭を下げた。


     ◇


 最後に。


 お土産売り場へ行った。


 娘がイルカのぬいぐるみを抱えていた。


 値札を見て戻す。


「買わへんの?」


「いい」


「欲しいんやろ?」


「でも高いから」


 7歳の子が。


 また我慢する。


 俺はぬいぐるみを取った。


「今日は誕生日やろ」


「でも」


「誕生日ぐらい、わがまま言ったらええねん」


 娘は黙った。


「欲しい?」


 少し迷って。


 小さく頷いた。


「……欲しい」


「よし」


 その瞬間。


 隣で美咲が泣いた。


 俺は会計を済ませた。


     ◇


 帰る前。


 娘が言った。


「今日、楽しかった」


「それはよかった」


「ママも来たかったかな」


 俺は美咲を見る。


 美咲は泣きながら、何度も頷いていた。


「来てたと思うで」


 娘が不思議そうな顔をする。


「ほんま?」


「多分な」


「じゃあ」


 娘はイルカのぬいぐるみを抱きしめた。


 そして、水槽の方を向いた。


「ママ!」


 大きな声だった。


 周りの人が振り返る。


「7歳になったよ!」


 美咲が口を押さえる。


「今日、めっちゃ楽しかった!」


 涙がこぼれる。


「ママも一緒やった?」


 もちろん。


 娘に美咲の姿は見えない。


 声も聞こえない。


 それでも。


 美咲は娘の前にしゃがんだ。


「うん」


 震える声で言った。


「ずっと一緒にいたよ」


 娘が笑った。


「また来ようね!」


 美咲も笑った。


「うん」


 その身体が。


 淡い光に包まれ始めた。


 俺は何度も見てきた。


 別れの光。


「行くん?」


 美咲が頷く。


「うん」


 娘を見る。


 夫を見る。


 そして最後に、俺を見る。


「ありがとう」


「俺、金払っただけやけど」


「そのお金で」


 美咲は笑った。


「あの子が、7歳になれた」


「誕生日なんやから、何もしなくても7歳にはなるやろ」


「そういう意味じゃないの」


「分かってる」


 美咲が笑った。


「ありがとう、悠斗くん」


 光が強くなる。


 そして。


 彼女は消えた。


     ◇


 帰り道。


 俺と死神は2人で歩いていた。


「残高、124円」


「言わんでええ」


「半年間の助手給与、ほぼ全額消失」


「分かってるって」


「勤務時間100時間」


「うん」


「時給666円」


「それも知ってる」


「合計66,600円」


「改めて言われると、ほんま安いな」


「後悔しているか?」


 死神が聞いた。


「何を?」


「半年働いて稼いだ金を、1日で使ったことだ」


 俺は少し考えた。


 今日の娘の笑顔。


 必死に追いかける父親。


 最後に笑って消えていった美咲。


「してない」


「そうか」


「また貯めればいいし」


「100時間働けばな」


「それ聞いたら急に後悔してきた」


     ◇


 しばらく歩いていると。


「神谷」


 死神が言った。


「何?」


「もう辞めてもいいぞ」


「え?」


 足を止める。


「お前の死亡処理の修正が完了した」


「何それ。初耳なんやけど」


「今言ったからな」


「そういう意味ちゃう」


「つまり、助手を続ける義務はない」


「……マジ?」


「ああ」


 半年。


 ずっと辞めたいと言っていた仕事。


 夜中に呼び出される。


 給料は安い。


 死神は無愛想。


 休みもない。


「辞めたら」


 俺は聞いた。


「幽霊、見えへんようになる?」


「ああ」


「声も?」


「ああ」


「そっか」


 死神が俺を見る。


「どうする?」


 俺は考えた。


 82歳のおじいさん。


 17歳の女の子。


 今日の美咲。


 そのほかにも。


 俺が出会った、たくさんの死者。


 みんな、生きている間にやり残したことがあった。


 伝えたかった言葉があった。


 もう1度だけ会いたい人がいた。


「なあ」


「何だ」


「まだ、おるんやろ?」


「何が」


「困ってる人」


「……死者だが」


「どっちでもええやん」


 死神が少しだけ笑った。


 半年一緒にいて。


 ようやく分かるくらいの、小さな笑顔だった。


「続けるのか?」


「まあ」


 俺は歩き出した。


「もうちょっとだけ」


「そうか」


「ただし条件あるで」


「聞こう」


「時給上げて」


「却下」


「まだ金額言ってないやろ!」


「規定だ」


「せめて1,000円!」


「666円」


「最低賃金!」


「666円」


「交通費全額!」


「要相談」


「そこだけ何で頑なに要相談やねん!」


 死神は本を開いた。


「ちょうどいい。次の依頼だ」


「今日?」


「ああ」


「俺、今朝から働いてるんやけど」


「死者は待ってくれない」


「労基に行くぞ」


「死神界に労働基準監督署はない」


「作れ!」


 死神は俺を無視して歩いていく。


 仕方なく、その後を追う。


 俺の本業は、大学生。


 そして。


 もう1つの職業。


 死神の助手。


 時給666円。


 安い。


 どう考えても安い。


 半年働いて、66,600円。


 それも今日、ほとんどなくなった。


 でも。


 多分。


 あの66,600円で買ったのは、水族館のチケットでも、昼飯でも、イルカのぬいぐるみでもない。


 1人の母親が、最後に見たかった娘の笑顔。


 そして。


 1人の7歳の女の子が、我慢しないで過ごせた誕生日。


 そう考えれば。


「……まあ、悪くないか」


「何か言ったか?」


「何も」


 死神がこちらを見る。


「早く来い」


「はいはい」


 夜の街を、死神と俺が歩いていく。


 生きている人には聞こえない。


 誰かの、最後の願いを探しながら。


 明日言えばいい。


 今度でいい。


 いつか伝えればいい。


 そんな言葉を残したまま。


 誰かがこの世界を去らなくて済むように。


 時給666円。


 安い。


 本当に、めちゃくちゃ安い。


 それでも俺は。


 もう少しだけ、この仕事を続けてみようと思う。

お読み頂きありがとうございます!!

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― 新着の感想 ―
666、死神と言うより悪魔とか獣の数字。そこに拘ると言うことは上層部に悪魔が居る…? いやまあ、一神教からすれば「神」以外の神様は全て悪魔だろうけども。しかし、ここは日本なのになぁ。 日本円を拠出して…
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