何気にサムライブルーには個人的に恩があってだな……という話
サッカー? それともフトボール?
4年ごとだから、チョイチョイ人生のポイントに絡んで来るFIFAワールドカップ。
これはそんなエピの一つです。
サッカー。何それ、おいしいの?
そんな認識だったワタシが、典型的なW杯にわかになったのにはワケがある。
てか、恩義があるので。
サムライブルーに救われたことがあるのだ。
◇◇◇
結構前の話だ。
クレーム対応で客先に呼び付けられた日が、ちょうど日本チームの初戦だった。
「ええから、出て来いッ‼」
それがまあまあヒドイ話で。
既にまとまった約束ごとを書面に起こし、最後に押印をもらう段階でちゃぶ台をひっくり返されたのだ。しかも当事者じゃなくて、その親父に。
当事者は成人女性だった。学生とかじゃない。若かったけど大人だ。
大人なんだから、自分で言って欲しい。それもできれば、もうチョイ前の段階で。
「勝手に話進めやがって……‼」
ある時、突如入った怒りのパパコール。もうトホホである。
もしか血の繋がらないパパじゃなかろうな?
それに勝手にって。そんな、おざなりに進めたはずもない。
比較的にも若年層だと認識してたから、幾つかの段階で都度意思確認をしていた。だから気に入らないなら、何処かでそう意思表示してくれればよかったものを。
何回も何回もチャンスはあったじゃん。
お子ちゃまじゃないんだから。青年の自己主張なら、せめてセルフでしてくれよ。
今更パパが出て来てコンニチハ。ともかくイチからやり直せ! とか。
ないわー。コレ、相手もある話なんですけど?
勘弁してくれよ。頼むわー。
「――とりあえず、行くか」
でも行く。行きますとも。こっちはオトナでおシゴトだから。
◇◇◇
(げ。門とかあるし。……これ潜っても、ダイジョウブなんだよね?)
指定された午後、辿り着いたお宅はなかなか立派な日本家屋だった。
おそるおそる玄関目指して進む。当時はカイシャ方針により女性一人では客先訪問はさせてなかった。過去になんぞあって大ゴトになったらしい。それで同僚男子が付いて来てくれていた。ファーストビューの瞬間に、単独行動じゃないことを心の底から感謝した。
家屋入口までの長いアプローチは飛び石。
しかしその両側がら、犬達がガウガウギャンギャン吠え立てる。小心者のワタシは思わずヒッ! と飛び上がった。
幸い、檻には入ってる。しかし小型犬とかじゃない。どう見ても中型犬以上……てか、猟犬とかじゃあないですか⁈
熊――はいない地域のはずだ。もしかイノシシ撃ちとかに連れてくの?
(い、今から揉めたら、この犬達をけしかけられたりするんじゃあ……⁈)
せめて狂犬病の予防注射はしてますよねっ⁉
ワタシは怯えた。同行してくれた同僚もビビっていた。
どうぞと家に招き入れてもらってからも、気が気でない。
瞬時に観察したが、猟銃とかは飾ってなかった。日本刀の類もなさそう。
あと身の丈すっぽり入りそうなデカい壺とか、いかにもな甲冑とかもない。
(コレはっ! 一般人の住宅――でいいのか?)
やがて通された応接間には見るからにコワそうなオッサンが。
ちゃんと一般人に見える奥さんもいて、ごく普通にお茶まで出してくれた。
暑かったでしょうと、ご親切にも冷たいお茶を。
カイシャでは不用意にお茶を出さない習慣だから、なんか新鮮に感じた。
だいたいウチはたとえ冬でも熱い茶を出さない。これは暗黙の不文律で、事故防止のためだ。逆上した客に熱湯をブッ掛けられると、地味に傷害事件になる。
世間的にも認知されたカタギの商売のはずなのに、シビアにブラック稼業だった。
(コ、コワいの顔だけだよね? あくまで普通の家、一般人だよね?)
内心ではヒヤヒヤものだ。どうやら血の繋がらないパパとかでもないっぽい。
「儂が言いたいのはだな。もうチョイ、本人の意向を確認してもらわんと――」
そのまま比較的すぐに本題が始まった。しかし何故か、当事者本人=娘さんはいない。
(いや、何回目よ? その話)
確認してるだろが。何回も。電話でさんざん怒鳴り倒して、挙げ句わざわざ呼びつけてまでの不毛なやり取り。こちとら情けないったらありゃしねえ。
ワタシは帰社後のデスクを想像してうんざりした。トイレに立った三分間だけでも最低伝言メモが三枚以上は張られる日常だ。コールバック案件潰すだけで何時間取られるんだろう。今日は何時に終わる? もう今からげんなりである。
「………?」
内心では超憂鬱、超々ブルーなワタシの耳に、かなり絞ったテレビの音が聞こえてきた。すごく緊迫した気まずい雰囲気の中、まるでBGMみたい。
で、それがどうやらスポーツ中継。てか、サッカー。ワールドカップかよ?
(ああ。今って日本の初戦か……)
ちょうどこの日がワールドカップの一次リーグ、日本チーム最初の試合だった。初陣はド平日なるも幸いデイタイム。この日の視聴率は相当に高かったらしい。
「ちょ、ちょっと、失礼」
そして、気付けばどうやら親父も気もそぞろ。
「そこ! 開けてくれ」
奥さんに続きの居間とのガラス戸を開けてもらうと、そこには大型テレビ。
さらに娘さんもそこに、テレビの前に張り付いていた。
(アンタ。……人を呼び付けといてだな。しかも親父使って呼び出させといて)
リモコンを握りしめた親父が一気にボリュームを上げる。
とうにキックオフは過ぎていた。正直、パパの視線と関心はテレビ画面の方に奪われちゃっている。
(――だから。何で今日呼ぶ?)
「――仰る内容とお気持ちは、わたくし共も理解致しますが」
「うん? あ。だから、やり直しを、だな、」
「はあ。ただなにぶん、相手もあることですので」
ワタシ達の会話に、リアル実況がチョイチョイ被さる。
『シュートォォォッ!‼』
そして、しばし怒涛のシュートラッシュ。
その都度、親父の意識はテレビに行く。てか、釘付けだ。
ただでさえ平行線の話が、もうさっぱり進まない。ここで奥さんが一言。
「――話は、試合が終わってからにしたら?」
「「「………」」」
この状態で集中できる?
ごもっともである。結局、ハーフタイムまで一時中断。
「まったく。こんな国民的行事の日に来てもらうなんて」
誠にごもっとも。仰る通りです、奥様。
しかし。
スポーツ観戦。それも自国チームの善戦と言うのは実に不思議なもので。
短い時間でも日の丸戦を一緒に見てると、謎に連帯感が生まれるものらしい。
どう考えてもおかしいんだけど。ホラ、シチュエーション的に。
『あああ……っ。惜しいっっっ‼』
解説者の絶叫。歓喜しかけては落胆。そういうのが何度か繰り返された。
そうして遂に。
『ゴオオオオーールッッッ‼‼』
入ったあッ‼ その大会、実に日本初ゴールが決まった瞬間だった。
「「「おおおっ‼」」」
気まずい面談当事者達すべてが、同時に叫んでいた。意図せず全員立ち上がる。
ワタシまでもが、だ。無意識に手を取り合い、共に喜び掛け――で、即座に皆ハタと我に返って、かなり意識的に自重。
「あ、」
「え、」
「えーっと」
失礼しました。決まり悪く全員が座り直すと、奥さんが冷茶のおかわりを出してくれた。重ね重ね申し訳なし。
「……このまま勝てそう」
奥さんの予言は見事に的中した。結果、サムライブルーは大会初戦を勝利で飾った。このゴールが決勝点だったろうか。そこらは忘れたちゃったけど。
ただ、テンションが爆上がりし切ったためだろうか。みんなもう、たいていのことはどうでもよくなっちゃったのだ。要はメモリが振り切れたんだな。
「いやあ。忙しいとこを来てもらって悪かったな」
パパの態度も激変していた。
「いえいえ」
「悪いな。じゃあ、ダメ元でいいから一回だけ、先方に条件変更を聞いてみてくれるか? ダメならそれで諦める」
「わかりました」
「ホント悪いな。無理ばかり言って」
「いえいえ」
「ははは」
クレーム本体についてもサクサク和やかに仮妥結して、無事終了。
サムライブルー様サマである。果たしてあのゴールがなかったら、どうなっていたことやら。
◇◇◇
「こんな日に来てもらって……」
こんな用件でも平常モードで見送ってくれた奥さんは、とても素敵な方だった。
最後の最後に当事者の娘さんも出て来た。赤ちゃんを抱いていて、実家で絶賛育児中っぽいとわかった。
(赤ちゃんファーストだから、ややこい事務的電話連絡なんかいちいち相手にしてられなかったのかな?)
それでいざハンコ! の段になってアレ⁈ てなったのかもしれない。
赤ちゃんに全集中してるから、親父が勘違いに逆上&暴走したのかも。
帰り道のワタシは、非常に優しい気持ちになれていた。
げに勝利とはすべての些事を許し、洗い流しててくれるのだ。
そして、ラッキーなことに帰りは犬達にも吠えられなかった。
奥さんが犬達を叱ってくれたからだ。
カイシャへ戻る道すがら、社有車の窓から見上げる空は真っ青だった。
それは澄みきった、サムライブルーの空だった。
了
オチを少々。
安心しまくったのか、この日は帰社途上で道に迷っちゃいました。
戻りが遅いと心配してくれていた別の同僚に
「クレーム対応に行ったのか、ドライブに行ったのか」
と嫌味半分に怒られてしまい;;;
ごめんなさい。&どうもありがとう、です。




