郊外の沼地に伝わる怪異について
その伝承は一人の男の悪ふざけから始まった。
魔法都市アルテミオアの喧騒から遠く離れた、都市の外れ。
そこには、地元住民ですら寄り付かない淀んだ沼地が広がっていた。
腐った水。
湿った土の臭い。
そこにひときわ異様な存在がある。
岸辺に聳え立つ「不気味な黒い大木」だ。
雷に打たれたようなねじくれた幹。
葉を一枚もつけず、苦悶の表情を浮かべた亡者のように枝を空へと突き出している。
そんな風景を、別次元の安全で快適な室温に保たれた「オペレーションルーム」のモニター越しに見つめている男がいた。
男の名はビャルネ。
彼は退屈を持て余していた。
「へへっ、ちょっと実験してやるか」
取り出したのは【銅印】金丸エフェクト専門店の最新ガジェット。
ビャルネはニヤニヤしながら、ターゲットをこの不気味な大木に定めた。
「まずは、一つめ」
彼が操作盤を軽く叩く。
とたん、モニター越しの風景が一変した。
漆黒で不気味だった大木の幹に、毒々しいショッキングピンクのネオンサインが浮き上がる。
点滅する『HAPPY DAY!』の文字。
「ヒャヒャっ」
ビャルネは思わず吹き出した。
呪われたような古木と、安っぽいファンシーなネオン。
「いいね〜。じゃあ、二つめ!」
彼は調子に乗って次々とエフェクトを取り出した。
独り笑い転げるビャルネ。
だが、この奇行は目撃されていた。
魔法都市郊外に住む少女ミミは、村一番の臆病な子供。
大きな音がすれば飛び上がり、暗い場所には絶対に近づかない。
そんな彼女が、「呪われた沼地」の近くを通りかかったのは、逃げた飼い猫を探していたからに他ならない。
「こ、こわいよぉ……チビ、どこ行ったのぉ……」
涙目で茂みをかき分けていた、その時だ。
パーパラパッパパーン!
静寂な沼地に、突如として間の抜けたラッパ音が鳴り響いた。
恐る恐る音の方を見る。
すると、あの不気味な黒い大木が、毒々しいピンク色にピカピカと発光。
キラキラした紙吹雪を噴き上げている。
「きゃあぁっ!?」
ミミは腰を抜かし、泥だらけになって村へ逃げ帰った。
「あ、あのね! 木が! 木がピンク色で、ピカピカって!」
村の広場で、ミミは必死に訴えた。
しかし、大人たちは鼻で笑うだけ。
「嘘じゃないもん! 本当だもん!」
赤髪ツインテのラムーは面倒見がいい姉御肌。
「ミミは嘘つきじゃないよ!みんなで確かめに行こう!」
ラムーの号令で、ミミを含めた仲良し五人組の「沼地探検隊」が結成された。
泣きべそ状態でラムーのスカートの裾を掴んで離さないミミ。
カイは木の棒を振り回す。
「何かあったら、俺がぶった斬ってやる。」
金髪のフィンは魔法のほうきにまたがった。
「お宝があるかも!」
冷静に魔導書を閉じたリリー。
「異常現象は必ず理由があるわ。」
夕暮れ時、沼地は昼間よりもずっと陰気だった。
「ほら見ろ、やっぱりミミの嘘じゃねーか。ただのボロ木だ」
カイが退屈そうに石を蹴る。
その時だ。
モニターを見ていたビャルネが再びニヤリと笑った。
「おっ、観客が来たな。じゃあ、とっておきのやつ、いってみようか」
彼は最後のエフェクトを取り出した。
ボワンッ!
安っぽい出現音と共に、黒い大木の一番太い枝の上に、巨大な影が現れた。
それは、禍々しい紫色に発光する、巨大な猫のシルエット。
だが、よく見るとその顔は、市販品特有の妙に愛嬌のあるデフォルメ顔。
さらに、体は半透明のゼリーのようにプルプルと震えている。
しかし子供たちの理性を吹き飛ばすには十分だ。
「ぎゃあああぁぁぁ!!!」
「で、出たぁぁぁ!!! 化け猫だぁぁぁ!!!」
フィンが真っ先に悲鳴を上げる。
他の子供たちもパニックになって我先にと逃げ出した。
それ以来、沼地には誰も近づかなくなった。
「黒い大木には、紫の化け猫が棲んでいる。」
……そんな噂が、まことしやかに語り継がれることになったからだ。
噂は真実から生まれるとは限らない。
恐怖とは、心の中で完成する魔法なのかもしれませんね。
異世界とか来てる場合じゃないんだが
〜猫にご飯あげたいから帰りたい〜
【銅印】金丸エフェクト専門店での買い物後のうらばなしです。
本編はこちらから。
https://ncode.syosetu.com/n7538lg/20/




