EPISODE 21: CHECK YO SELF / THE BEST MAN I CAN BE
Feel that bouncin’, 何かさっきからガタガタと背中が揺れてる──Ain’t loud, but damn, うるさいって訳じゃねえんだけど、何つーか、that rumble comes real solid deep inside me, 内臓の奥まで振動が小刻みに伝わってくる感じ──ああ、これはいつものコータローさんのインパラの振動だな。
「Yo, 'bout time you woke your lazy ass up, sleepy-head. (やーっと起きたか、この寝坊助)」
「Mornin’, bro, my big meat-head. (おはよ、筋肉バカの兄貴)」
オレは両目をこすり、大きく両腕を伸ばしながら、あくび混じりにコータローさんに応えた。
「口答えできる元気が戻ったんなら何よりだ」
コータローさんは大きく溜息をついてから、少し優しい声でそう言った。
元気が戻った──あれ、じゃあオレ元気なかったんか──そういや何でオレ、コータローさんの車に乗ってんだ? 確か今日はこれから学校で、今日もコータローさんがインパラで迎えに来てくれるから、I got picked-up, and──then, what?
「あの場でお前が倒れた時はさすがにどうしようかと思ったが──お前が思いっきりいびきをかいて寝始めたから、学校着くまでこのまま寝かせておこうと思ったんだ。Ya good now? That sleep cleared your head──feelin’ ‘human again’ at last? (気分は良くなったか? 寝て頭スッキリして、ようやく「正気に戻った」か?)」
「Ya said──’human again’? (やっと「人間に戻った」──って?)」
オレはコータローさんの茶化し混じりの言葉の意味を掴み切れなかった。だってさっきまではオレ、ライガー族の若様だったし──ん、ライガーはそもそも学校行こうとしねえよな、あん時オレはモンスターとめっちゃ戦って、城に帰ってきてからメシ食って、そんで今からコータローさんのインパラで授業に行く──Shit, this is straight-up insane, yo, am I losin’ it or what, オレ頭おかしくなり過ぎじゃね!?
「やっぱり寝ても調子は戻らないか──well, ya ain't got much of a choice, just slump over the desk, and sleep through class today. (まぁ仕方ない、今日の授業は出席だけして、後は机で寝て過ごせ)」
一気に表情を曇らせたオレの様子を見て、コータローさんもオレを茶化すのを止めて、頼れる兄貴分として振る舞い始めた。コータローさんはいつでも、どこまでも真面目だ、こんなクソ派手なインパラを乗り回してはいるけど。
「Got it, I gon’ do that──sorry ‘bout that, but thanks, my big bro. (分かった、そうする──何かごめん、でもありがと)」
フロントガラスの向こう、前を走る車のナンバープレートをぼんやりと見つめながら、オレはコータローさんの提案を受け入れた。Still my head spinnin’ ‘round, stickin’ ‘round, 目が覚めても頭の中の霧が晴れる様子が、まるで一向になかったからだ。これじゃ授業で先生の話なんて、まともに聞いてられる訳がない。
「Ain’t nothin’, my lil’ bro (気にするな) ──けどどうした、やけに素直だな」
「別に、ain’t no big deal (大袈裟に言わなくていいんだよ), つーかさ、何か曲かけてよ、コータローさんの好きなヤツ」
きっとコータローさんは眠りこけるオレを気遣って、無音のままずっと運転してくれていたんだろう。けど何か強いビートがないと、今のオレはいつまでもハッキリしない頭と一緒に、どこまでも沈み込んでいってしまいそうだった。意識を繋ぎ留めるに、やっぱり音楽は必要だ。
「For sure, I gon’ make ya hype. (もちろんだ、ノリノリで行くぞ)」
コータローさんはニヤリと笑って、左手で素早くフロントパネルのオーディオを操作した。するとすぐに車内には、爆音のいつものウエッサイが流れ始めた。
Head-butt ya, you say you can't touch this, and I wouldn't touch ya; punk motherfucker, here to let you know boy, oh boy, I make dough, but don't call me ‘Doughboy’, this ain't no fucking motion picture, a guy or bitch-a, my nixxa get wit' cha, and hit you, taking that yak to the neck, so you better run a check, so come on and chiggity-check yo' self before you wreck yo' self, chiggity-check yo' self before you wreck yo' self, boy!
あードンピシャな曲かけてくるじゃん、コータローさん──オレは自然と自分の身体を揺らしながら強いビートと激しいライムに意識を集中させていると、ふと運転席からの視線を感じてコータローさんを見た。
コータローさんはオレの目を見ながら、少し笑ってこう言った。
「Ya gotta check yo self, boy! (自分を見失うなよ)」
あの後、結局オレは意識が今ひとつはっきりしないままコータローさんのインパラに乗って登校してコータローさんの指示通り、been all sleepy-headed, slumpin’ through the day, 教室の机の上で一日中寝て過ごした。授業やってくれた先生達には謝るしかない。
そして宣言通り、コータローさんはインパラでオレを病院近くまで送り届けて、今はタカヒロさんと共に近くのファストフード店で待機してる。つーかコータローさんだけじゃなくて、オレの付き添いにタカヒロさんまで来るとか、2人揃って暇な──いいや、お節介な兄貴達だ。They be real hard bros, beasts, bouncers or some like that, ya know, つーかこれじゃ2人共マジでオレの専属SPみたいじゃんかよ。
けどまぁ、コータローさんの言い分ももっともだ。自分の事を話さずに誰かと信頼関係を築くなんてそんな事出来る訳がないし、大体それじゃあ仲間や兄弟だなんてとても言えない。It’s all ‘bout our bond, and for sure, it real needs a heart-to-heart talk, けどいきなり全部を話すだけの勇気はないし、そもそも何から話して良いのかも分からない、話す内容をまとめようにも今日のコンディションじゃ頭だって上手く回らない。
だからオレは、今日の診察で先生と相談してから話せる範囲で話す、それまでちょっとだけ待ってて欲しいとコータローさんに車ん中で懇願したのだ──そしたらマジでファストフード店で待機してるとか──真面目過ぎるにも程があるだろ。
「なるほど、話は大体分かった──大変だったね、タイガくん、君が無事で良かったよ。この状況が落ち着くまでは、確かにバイクの運転は控えた方がいい」
オレの余りに余ったリタリンの残りが入ったボトル1つと、リタリンを飲んでオレの身に何が起こったのかをメモしといたルーズリーフ1枚を受け取りながら、クロキ先生はそう言ってオレに優しく笑いかけた。
It’s all ‘bout our bond, クロキ先生は1週間前、オレを信頼しているからこそリタリンを処方してみるって言った。だからオレもクロキ先生に信頼で応える為に、1錠以外、飲まずに余ったリタリンをボトルごと全てこの場に持ってきたのだ。オレは薬を乱用するつもりなんてさらさらない、I ain’t here to get high, ain’t no kiddie coke for that, そんなくだらない事の為にこの薬を飲んでみた訳じゃない。オレはただ、このオレが一体何者なのかってのを知りたかっただけだ。
「けど、このリタリンを飲んで体調を崩したのであれば、タイガくんの主症状がADHD由来ではない可能性がある、って意味になる。つまり今考えられるのは、残る『解離性障害』だ──タイガくん、これまでの生活を振り返ってみて、すごく──嫌な思いをした経験はないかな? 今よりもっと小さかった頃の事でも良いんだ、例えば──暴力や暴言とか」
クロキ先生の話し方から、先生が言うべき言葉を慎重に選びながら、ゆっくりと言い聞かせる様にオレに話しかけているのが分かった。けどオレはきょとんとした表情で先生に答えた。
「暴力や暴言っすか? ──そんなの、家に帰れば今でもほぼ毎日ですけど」
クロキ先生の顔から一瞬にして表情が消えた。暴力と暴言がオレにはあまりにも当たり前の事過ぎて、先生の表情の変化が何を意味しているのかをオレはすぐには理解できなかった。
「つまりそれは──親御さんから、って事?」
クロキ先生はオレの目を見つめながら、息を整えてから静かにそう言った。
「そっすね、両親からっすね。まぁ言っても誰も信じてくれないから、あんまし自分から言う事って普段ないんすけど──でもオレ達の『信頼関係』には必要なんでしょ、オレ、クロキ先生に嘘は言わないよ」
Now I’m talkin’ ‘bout our bond, クロキ先生の前で嘘や中途半端なごまかしをしたら、オレはクロキ先生からの信頼を裏切る事になる。だからオレは素直に答えた──そうか、今朝のコータローさんも、この事を言いたかったのかな──でもコータローさんの前だとオレは素直になり切れなかった。何でだろう、オレ甘えてんのかな──I might’ve been scared he'd hate me, and toss me away like garbage or some shit, やっぱりオレはただのビビり──also I might’ve been just a scaredy cat, ain’t the Lion-Tiger Man, だったのかもしれなかった。
「本当の事を言ってくれてありがとう。今回の事だけじゃない、今まで本当に良く頑張ってきたね、タイガくん」
クロキ先生はそうオレに言いながら、ちょっと涙目になってた──holy shit, when did I get wrong!? オレまた変な事言っちゃってたか!? 先生を泣かす様な汚い言葉使ってたか!?
「So sorry ‘bout that, my doc, it’s all my fault, though (先生ホントにごめん、全部オレが悪いんだ)──覚えてないけど、オレが余計な事言って先生を泣かせちゃったんだよね?」
「違う、そうじゃない。タイガくんは何も悪い事をしてないし、言ってもいない。これは僕の問題なんだ、君みたいな子供を見守る1人の大人としての、ね」
意味も分からないまま慌てて弁明したオレに対して、クロキ先生は穏やかな笑顔でそう応えた。
クロキ先生はそう言ったけど、じゃあ何で先生は泣いてんだろ──オレの為に、とか? Cute, ain’t no adult ever cried for a kid straight outta the streets like me, まさかそんな訳ねーよな、そんな大人オレ今まで出会った事ねーし。あ、でも、コータローさん、タカヒロさん、ジンさんの3人はもう大人か、じゃあ3人はオレの事で泣いてくれたりするんかな──けど泣いてくれなかったらどうしよう、そんなんオレが泣いちゃうじゃん──aight, now I get it, そっか、オレ3人の事をクラスメイトだけどもう立派な大人だと思ってて、そんでオレの為に泣いてくれる大人なんていないって思ってるから、だからオレは自分の事を素直に話せなかったんだ──。
オレは頭の中でコータローさんとの今朝の出来事を思い返していた。At that time, he said It’s all ‘bout our bond, いきなり全部を話すのは難しいかもしれない。けど相手を信頼して、自分を信頼してもらう為には──少しずつでも良いから、自分の事を話してみよう、とオレは思った。
「まずは目の前の課題を確実にこなしていこう。いきなり大きな課題に取り組んで、一気に全部の解決を図ろうと思っても、今はまだ力加減が上手くいかないだろうから──だからタイガくん自身にとって有益な情報をできるだけ集めて、ここで僕と一緒に作戦を立てていくんだ」
Now we’re in the operation, based on our real bond, ここは病院の診察室だってのに、オレは先生の『作戦』って言葉にワクワクした。だって『作戦』は、信頼関係のある戦士が協力し合わないと成功しないもんな?
そしてクロキ先生はデスクの中から、ライトブルーのシートに並べて納められた10錠1セットの白い小さな薬を取り出して、それをオレに見せた。
「これは『カタプレス』って名前の薬だ。今までの薬と違ってこれには依存性が全くないし、副作用もほとんど起きない。そしてこれを常用じゃなくて、今回は頓服として処方する。
もし自分の中で何か嫌な気持ちが吹き出してきて、それをコントロールできなくなりそうな時、イライラして誰かを傷つけてしまいそうになった時に、これを1錠、その場ですぐに飲んでみてくれ。即効性もある──カバンの中にいつも忍ばせておくと良い。この薬はきっとタイガくんの役に立つはずだ」
This ain’t just other meds, this is my hype equipment, そう、この薬は今のオレにとって単なる薬じゃない、自分で自分をコントロールする為に自分の意思で使う、オレの『装備』なんだ。
診察が終わって、薬局で頓服のカタプレスの束を受け取った後、オレはコータローさんとタカヒロさんの2人が待つファストフード店に足を運んだ──テーブルには3人いる。窓側の席にコータローさんとタカヒロさんが向かい合って座ってて、そんでタカヒロさんの隣には──If ya wanna know the real deal ‘bout the three, well, let me tell ya they’re triple trouble, y’all, I gonna bring ya up to speed, so check it out, 何でシンヤくんまでいんだよ、オレの専属SPの人数、さらに増えてんじゃん。
「おっ、タイガ遅えぞー? 小腹空いてたからさ、待ってる間にアップルパイ1個食っちゃったぞー?」
アップルパイのベトベトのフィリングを口周りにつけたまま、そう言ってシンヤくんはオレに笑いかけた。オレとシンヤくん、あとジンさんとリョースケの4人は、綺麗に食べる、行儀よく食べる、ってのがどうにも上手くできない。We’re all raised straight outta streets, ain't had no manners, こういうのをきっと『育ちが悪い』って言うんだろう。
「Yeah, as ya like it (はいはいお好きにどーぞ), つーか何でシンヤくんまでココにいんの?」
「リョースケのヤツがさ、今日締切の数学のレポート課題まだやってなかったっつって学校に居残りで、それをソウタがマンツーで教えてて、けど俺、数学苦手だし? そんでジンさんは職場の飲み会だろ、ユッコさんは今日は同伴出勤だっつって、何か俺だけ暇になっちゃってさ。けどコータローさんとタカヒロさんに連絡したらすぐ捕まって、じゃあ今から4人でメシ食おうぜって話になったんだよ」
呆れ顔で訊きながらコータローさんの隣に座ったオレに、シンヤくんはいかに1人がさびしかったのかを丁寧に説明してくれた──けどまぁ数学じゃあしょうがねーか、I ain’t do no math, not even fractions, let alone equations, オレも数学は大の苦手で、方程式の解き方どころか、分数の計算すら未だによく分かっていない。オレもその場にいたら、全部ソウタに任せてメシ食いに行こうってなるだろうな。
にしても、my big bro's a furnace, コータローさん相変わらず体温高えなぁ。コータローさんはガタイが良い上に肩幅もめちゃくちゃあるから、ファストフード店の狭い座席で隣になると思いっ切り肩がぶつかり合う。シンヤくんはそれが分かってて、最初っからタカヒロさんの隣に座ってる。まぁでも、こういう時のコータローさんはインパラの座席とは勝手が違うのをよく分かってるから、頑張ってそのデカい身体を小さくしようとチマチマ一生懸命になってて、それはそれで面白かったりもするんだけど。
「タイガ、すまない。シンヤの行動力をすっかり忘れていた」
「No mind (気にしないでよ), メシは皆んなで食べた方が美味いんだしさ」
タカヒロさんが溜息混じりにオレに詫びを入れてくれたけど、別にタカヒロさんが謝る事でもないし、そもそもシンヤくんだって悪い事してる訳じゃない──ただ、he just ain’t up to speed on that, オレの事情を良く知らないってだけだ。そのタカヒロさんだって、コータローさんから今朝の出来事を全部聞いてる訳じゃないかもしれないし──けど何だか、kinda like playin’ our cards close to our chest, ya know, so, これじゃ腹の探り合いみたいでちょっとイヤだな。
オレたちは順番にレジに行って、それぞれに注文をテーブルに持ち帰ってきた。今日のオレの注文は──毎度おなじみ、いつものテリヤキバーガーセットだ。
Sweet, a bit savory, and that low-key smokey flavored hittin’ me deep, いつ食べてもテリヤキバーガーは匂いも味も最高だ。テリヤキバーガー、カルビやフライドレバーやケバブ、血の滴 (したた) るレアステーキを食えれば、これから先の人生もオレは楽しく生きていけるって本気で思う。
「タイガは本当、甘塩っぱい系の味が好きだよなぁ。どこ行ってもそういう味ばっか食ってるよな?」
シンヤくんがテーブルに片肘を乗せて、ダブルチーズバーガーをかぶりつきながら言った。
「あーうん、大好き。テリヤキバーガー食ってる時、オレすっげえ幸せだもん。あ、でもやっぱ血の味がする肉が世界で一番最高だと思うよ、where it’s at, レアステーキとか、フライドレバーとか──もちろんカルビも、あとはスパイスたっぷりのケバブも好きだな」
そう言いながらオレは包装紙の中のテリヤキバーガーの残りを、一気に口の中に放り込んだ。あまりにも美味過ぎるから、テリヤキバーガーはいつもすぐにオレの目の前から消えてなくなる。
そういや最近レアステーキとかレバフラとか、強い味のものを食ってない。血の味は美味い、血の味は懐かしい、血の味は落ち着く──別に、レアステーキを食べ慣れてる訳じゃないし、大体毎日そんな肉ばっか食えるほどバイトで稼いでる訳でもない。本当の意味でのノスタルジーとはちょっと違うんだろうけど──meat full of blood makes me hype, bloody smell is straight-up gas, though, あんま深く考える事はないけど、昔っから殴られて、口ん中が切れて、いつも血が舌や喉にこびりついてんのが毎日当たり前だったから、その味に慣れてるってだけ──かな。
「あー食いたくなるよな、レバフラもケバブも美味いよな──あ、そうだタイガ、俺こないださ、美味いケバブ屋見つけたんだよ。今度一緒に行こうぜ、つーかバイクで連れてけよ」
「Aight, my bro. Hop on ‘n I got ya, (もちろん、連れてくよ)」
おねだりするシンヤくんに、オレは口周りをテリヤキバーガーのソースでベトベトにしたまま、右手の親指を立てて応えた。
We the carnivorous boys club, lovin’ fresh meat, コータローさん、タカヒロさん、シンヤくん、今オレの目の前にいるこの3人にリョースケを加えた “The Wolf Pack” の4人だけじゃなく、ジンさんもソウタも皆んな肉が好きだから、オレ達が一緒にメシを食う店選びで今まで困った事はないし、オレの選ぶメシに文句をつけられた事だって一度もない。オレは皆んなとなら、いつも美味しくメシを食ってる。今日みたいにこうやって気の置けない仲間と一緒に笑いながら楽しくメシを食える事こそが、オレにとっては最高のスパイスになるんだってのを、今のオレは良く分かってる。
「美味いケバブか、それなら俺も食ってみたいぞ」
「シンヤがそこまで美味いと言うのなら、俺も興味があるな」
コータローさんとタカヒロさんも目の色を変えて、急に話に乗ってきた。Yeah, we the carnivorous boys club, lovin’ fresh meat, we wanna wolf down, ‘cause we’ve got good taste, 皆んな肉の話になるとすぐに食いついてくるからな。
「おっ、じゃあ皆んなで行こうぜ──タイガのバイクって4人乗り出来んのか?」
シンヤくんは<夜の狼の星>と同じで、しっかりしてる様でたまに謎めいた事を言う。例えサイドカーをつけたハーレーで乗りつけたとしても、バイクの定員は最大で2人だ。
「C’mon, ya trippin’ (何言ってんだよ), そんなん出来ませーん、オレのバイクは2人乗りでーす。3人のうち2人は現地集合でお願いしまーす」
「ふーんそうなのか、タイガのバイクは4人乗れないんだな」
真顔で返すシンヤくんがよっぽどツボだったんだろう、普段はポーカーフェイスのタカヒロさんが、必死に笑うのを堪えながらシンヤくんを諭し始めた。
「シンヤ──そんなバイク、世界中のどこを探したって1台もないぞ── 車じゃないんだ」
「え!? そうなの!? そういうもんなの!? 4人乗りのバイクってこの世にないの!?」
慌てふためいてテーブルに身を乗り出すシンヤくんに、このメンバーで唯一車を持っているコータローさんが声をかけた。
「騒ぐな騒ぐな、I got ya, bros (俺に任せろ), 俺が車を出してやる。タカヒロも来るだろう?」
「ああ、頼む。ガソリン代はオレが出す。お前のインパラなら、オレ達 ”The Wolf Pack” の4人にタイガを入れた5人でも何も問題ない──タイガはまだ本調子じゃないんだろう、バイクの運転はまだもうしばらく控えておいた方がいい。ソウタはジンさんと一緒にバイクで来ればいい、これなら皆んなで一緒に食べに行ける。リョースケのレポート課題の労いにもなるだろう」
少しだけ口元を綻ばせながら、タカヒロさんはコータローさんに応えた。
“The Wolf Pack” の年長組の2人は、あんまし多くを語らなくてもとても良いコンビに見える。
コータローさんには人柄、人望と周囲を納得させるだけの実力、そして統率力がある。きっと生まれながらにしてリーダー向きの人で、それを支えるのがタカヒロさんみたいな人なんだろう。オレの見た夢ん中でもそうだった。コータローさんは次代の長候補で、近衛隊隊長だったし、タカヒロさんはその長の周囲を固める村一番の弓の名手で、近衛隊副隊長だった。
タカヒロさんが普段からリョースケを気にかけてるのも、砂漠の国の皇子様の夢の中ではサブミセとサブミハの兄弟だったって事を考えればめっちゃ自然だし、納得もいく。まぁどれも納得するのは今んとこ、オレの頭ん中でだけなんだけど。
「ねえ、コータローさん、how d’ya think ‘bout──’the real bond’? (「ホントの絆」って──どんなモンだと思う?)」
オレは氷が溶けかけて少しヌルくなったペプシを片手に、運転席でハンドルを握り続けるコータローさんに話しかけた。
「’The real bond’ (「ホントの絆」) ? ──お前、今朝の事、まだ気にしてたのか」
インパラのバックミラー越しに、コータローさんはそう言ってオレに笑いかけた。
行きでコータローさんがセレクトしてくれた爆音のウエッサイじゃなくて、帰り道の車内では助手席に座ってるタカヒロさんセレクトのR&Bがゆっくりと流れてる。窓の外を流れていくネオンや街灯の光と、甘くて気怠いR&Bの音が、オレの目と耳の奥で溶けて、そしてひとつになっていく。
「Yap (うん), オレさ──自分の事話すのは苦手だけど、でも皆んなと信頼関係を築くのには、オレが皆んなの事をよく知ってるってだけじゃダメで、オレ自身が自分の事を皆んなに伝える努力を重ねてく事が必要なのかな、って──そんでそれがお互い無理なくできてたら、きっとそれが『ホントの絆』なのかもな、って今日思ったんだよね」
本当はさっきのファストフード店で、オレはコータローさんにこの話をしたかった。けど皆んなケバブの話で盛り上がってしまったばかりに、オレは自分の事を話すタイミングを見事に失ってしまって、それで結局この帰りの車の中にまで持ち越しになってしまったのだった。
「Word up, my lil’ bro (その通りだ), 何だ、本当はお前も良く分かってたんじゃないか」
そう応えたコータローさんの声は、とても穏やかで優しい声だった。
助手席のタカヒロさんは、正面を向いたまま静かに頷いてオレに応えてくれた。バックシートでオレの隣に座るシンヤくんは無言のまま、ずっと窓の外を遠い目で見つめていた。
Hell yeah, I ain’t just a scaredy cat, now I am the Lion-Tiger Man, ‘cause this is my real name, so lemme bring ya up to speed, だから、ちょっとずつでもいいんだ、自分の事を話してみよう。皆んなにオレの事をもっと知ってもらうんだ。
けどそう言えば──クロキ先生に『仲間には今の自分の事をどこまで話していいのか』って相談しようと思ってたのに、先生の『作戦』って言葉に気をとられて、相談するのをすっかり忘れてしまってた。何を話そう、何を話さないでおこう、what to share, what to hold back, for better choices, for better days, そして、オレは何から話せばいいんだろう。オレはひとり、今この場で決断しなければならない。
けど、hittin’ my words, killin’ it wit’ my vocab, オレは言葉を操る事に長けてる──そう自分でも思ってたはずなのに、now I’m stuck, no spit, こういう時に限って何も言葉がでてこない。
「俺も──俺もまだ皆んなに言ってない事がある。タイガが自分の事を話すって腹を決めたんなら、俺も自分の事を話す。それが──『ホントの絆』なんだろ?」
窓の外の流れる景色を見ていたはずのシンヤくんが、窓を向いたまま、急に大きな声を出した。その目つきはいつもの明るく能天気なシンヤくんと違って、とても険しい、どこか何かを思い詰めた様な表情だった。
コータローさんとタカヒロさんの生い立ちや日々の生活の様子は既に良く知っている。I know them, 2人ともそれぞれ片親だったって事を特に隠す事なくオープンに話してくれてたし、タカヒロさんに至っては兄マサヒロさんが切り盛りする自宅兼ショットバー ”B.B.G. (Bless the Bros on the Ground)” をオレ達の溜まり場にさせてくれてすらいる。
けど、シンヤくんだけはその出自や普段の生活の様子を聞かせてもらった事がない。夜の仕事をしてるって事だけは前に聞いてたけど、具体的にそれが何を意味しているのかを、オレから訊ねた事はなかった。余計な事は聞かないし、言わない。Even if down wit’ o.p.p., プライベートに土足で踏み込んでその中身を暴く権利なんて、赤の他人にはない。This is how we get through the streets, だってそれがオレ達の流儀だったから。
オレは隣に座るシンヤくんの肩に腕をかけて、首ごとシンヤくんの身体を自分に引き寄せて、オレの顔を近づけた。けどシンヤくんはまるで抵抗しなかった──最初っからオレがそうするのを分かってたかの様だった。少しだけ汗ばんだシンヤくんの首筋からは、柔らかくて甘い匂いがした。
オレはフロントガラスのその先、インパラの前を走る前の車のバックライトを見つめながら、シンヤくんの肩に腕を回したまま言った。
「じゃあオレから言うよ。Now it’s my go (まずはオレだ), このまま頭で考えてても、きっと上手くいかねーし──今はできるだけシンプルに伝える。けどもしオレの説明が分かりにくかったりしたら、そん時はごめん。Well, ya know (えーっとさ), オレが親から虐待されて育った、つーか今も現在進行形でやられてる、ってのはもう皆んなには言ったと思うんだけどさ──」
オレは呼吸を整えながら、幼い頃からの虐待だけでなく、中学生の頃にクソ母親から性的虐待を受けた事、その後生活が荒れまくったオレをクソ母親は精神科クリニックに送り込んで、オレは薬漬けにされた事、オレを薬漬けにした医者はいなくなったけどまだ通院は続いてて、今のオレにADHDの疑いがある事、先週試しに処方されたADHD用の薬であるリタリンを飲んだせいで皆んなの前でブッ倒れてしまった事、今日の診察でそのいきさつを今の主治医に話して余ったリタリンは全て返却してきた事、今の主治医は信頼できる大人だって事、体調が落ち着くまでバイクはドクターストップになった事──オレは順を追って、そのトピックだけを並べて話した。
「Bros, I swear (誓って言うよ), オレはヤバいクスリをやってない、成分は麻薬と同じだって話だから相当ヤバいんだろうけど、それでもこないだのはちゃんとした薬だったんだ。でもオレには合わなかったみたいでさ、残ってた薬は飲まないで今日先生に全部返してきた。
何年か前に母親に犯されたのは確かなんだけど、例えじゃなくて、あの時オレは本当の意味での “motherfxxker”, 『母親と寝た男』になっちゃったんだよなって思うとさ、そんな事をしちゃった自分が気持ち悪いヤツだな、って感じる時もあるんだ──オレの話はそんなトコかな」
I know it ain’t my own call, I just got dragged into them trouble, but all my feelin’s was floodin’ inside me, and I couldn’t help them myself, ‘cause I was just a kid──起きてしまった事は仕方がない、それはもう今となっては受け入れるしかない。でもその出来事の意味をどう捉えるかは、今のオレ自身にかかってるのかもしれなかった。
オレがひと通り話を終え、いつの間にか入ってた両肩の力を軽く溜息と一緒に抜くと、ふと横からシンヤくんの視線を感じた──さっきみたいな思い詰めた表情じゃなく、シンヤくんは今にも泣きそうな顔をしていた。
シンヤくんはさっきのオレと同じ様に、自分の腕をオレの肩に回してオレの首ごとオレの身体を自分の方に思いっきり引き寄せて、そしてこう言った。
「何でタイガとこんなにウマが合うんだろってずっと思ってたけど、これでやっと分かったぜ──俺達、似た者同士だったんだな」
シンヤくん自身が語る、シンヤくんのこれまでの人生は、とても激しいものだった──it’s real hard-locked, ain’t no way winnin’ that shit, though, 幼い頃から両親に虐待を受け続けた、そこまではオレとスタートが一緒だった。
「思春期に入ったらさ、男はチンコ使える様になるだろ? むしろそっからが次の地獄の始まりだった──オレは両親から売春を強要されてたんだ。相手は男女問わず、年齢も職業もバラバラ、政治家のお偉いさんや有名な会社の社長さん、芸能人やスポーツ選手まで、抱いたり抱かれたり、色んな事をやらされた。有名人に買われてソイツの家に呼ばれて行ってみたら、ドラッグ使った乱行パーティーだった事もある。もちろん全て非合法──つまりオレとやったヤツは全員、未成年を寄ってたかって暴行した犯罪者、って事になるな。実際にしょっぴけるかどうかは分かんねえけどさ。
19歳になった今も、オレはその仕事を続けてる──どこにも名前は出さないまま、決まった太客の相手だけをしてるんだ。1回ヤッただけで、何十万って貰えたりするからさ、だから生活は結構楽なんだぜ。それに、今はあんまし嫌な思いをしなくなった──親とも縁を切ったし。
何より学校で皆んなと出会ってから、”The Wolf Pack” の4人でダンスの練習して, “B.R.O.H.” の3人でグラフィティに熱中してさ、今は毎日が充実してるんだ。でも時々、何もかもが嫌になって、消えてしまいたくなる時もあるんだ。何でだろうな、毎日楽しいはずなのにな──悪ィ、話長くなっちゃったな」
はにかんだ様な笑顔を見せて、シンヤくんは話を終えた。
──と突然、インパラの車体が大きく斜めにせり上がりながら加速し、車は一気に追越車線にレーンを変えて、前を走ってた車をあっという間に追い越した──whack, holy shit in 3-wheel motion, コータローさんがフロントパネルを操作して、今朝と全く同じ様にインパラをいきなり三輪走行に切り替えたのだ!
「タカヒロォ、音楽のボリューム上げろぉ!」
「全くお前というヤツは──分かった」
ノリノリでハンドルを切りながらバウンドをし続けるコータローさんからの指示に、タカヒロさんは溜息を吐きながらも素早く冷静にオーディオパネルを操作して応えた。さっきまで静かに流れてたはずのR&Bが、今は爆音で車内に響き渡る。
I'm sitting here alone , trying to face another day, gotta stay strong, to endure this pain, I'm dealing with right now, it flipped my whole life upside down, I don't want your help, I don't need your sympathy, no──What can a brother do for me? See, he can you help you up when you are down, what can a brother do for me? He can be your eyes when you can't see, what can a brother do for me? He can help me be the best man I can be, oh I can be, I can be, oh I can be, I can be, he can help me be the best man I can be.
オレとシンヤくんはインパラの繰り返されるバウンドと急加速で、後部座席で2人してもみくちゃになっていた。どっちが頭で今どこに自分のケツがあるのかも分からない、now we’re hangin’ on to each other, not to lose ourselves, 必死にしがみつくシンヤくんの肌から伝わってくる体温だけが、オレ自身の今の身体の位置を教えてくれていた。
I made a big mistake, and I'm feeling so ashamed, and I don't want to lose my friendship over it, I've gotta keep the faith, yes I do, ‘cause I'm still your boy, I've got your back, that'll never, never, never, never gonna change, so I can just cite the truth, and keep smiling in your face ──What can a brother do for me? See, he can you help you up when you are down, what can a brother do for me? He can be your eyes when you can't see, what can a brother do for me? He can help me be the best man I can be, oh I can be, I can be, oh I can be, I can be, he can help me be the best man I can be.
やがてインパラは大きくカーブしながら突然停止して、コータローさんは三輪走行を解除した。
車は止まって車体も平行になったはずなのに、まだ頭の奥と腹の底がずっと揺れ続けてる様な気がする──オレとシンヤくんはようやく息をついて、後部座席に沈み込んだそれぞれの身体を起こした。車内ではまだ爆音でR&Bが流れ続けてる。
I keep struggling but I'm trying my best, I got some issues with my own confidence, Lord help me to forgive and forget, can you please help me to be a better man? For the rest of the darkest nights, shines the brightest sun, I hate the man I used to be, I'm better than before──What can a brother do for me? See, he can you help you up when you are down, what can a brother do for me? He can be your eyes when you can't see, what can a brother do for me? He can help me be the best man I can be, oh I can be, I can be, oh I can be, I can be, he can help me be the best man I can be.
エンジンキーをコータローさんが抜いて、爆音の音楽とインパラの激しい振動はようやく完全に止まった。周囲は急に静寂に包まれて、さっきまでの音量との落差に高い金属音の様な耳鳴りがオレの両耳を襲ってきた──だがそれもやがて静寂と窓の外の暗闇の中へ、いつの間にか溶けて消えていった。
「コータローさん、三輪にするならするって言ってよ──つーかここどこ?」
オレはシンヤくんの肩越しに窓の外を見ながら、コータローさんに文句を言った──真っ暗闇だけど、所々に遠く街灯やマンションの光が見える。暗くて何も見えないかと思えば、よく目を凝らせば絶え間なく揺れ続ける、some flickerin’ on that surface, 鈍い光の乱反射が見える──どうやらすぐ近くには大きな川が流れているらしかった。
コータローさんはオレの疑問に答えずに、インパラのドアを開けながらこう言った。
「Catch me outside, step to me (出ろ、外で話をするぞ)」
そこは大きな川の土手、堤防の上にある大きなスペースだった──そうか、ここが高い位置にあったから街灯の光が川面に反射するのが見えて、それでオレは近くに川があるって分かったんだな。Here’s a riverbank wit’ a view, now we’re on that space open wide, underneath the jet-black sky, 暗くて見えにくいけど、でもどっかで見ことある様な川の雰囲気なんだよなぁ──ああ、そうだここって、いつもギンガの散歩で歩く川の土手沿い、そのもっと下流にある、より都心部に近いエリアだ。雑多な都心部と長閑で自然の多い地区とのちょうど境目にある、it’s kinda like a boundary, ちょっとした『境界線』みたいな場所だ。
暗闇の中で明滅するかすかな水面の光をじっと見ていると、変拍子の様に独特なその光の明滅のリズムにいつの間にか意識が合わさっていって、オレはいつも上の空になってしまう。I go wit’ the flow, sounds like changin’ time signature, ‘cause some flow moves in the nature of jazz, 今もオレの身体から魂が抜けて、空高く昇りそうに──。
「うごっ」
突然オレの背後から、コータローさんがその太い腕をオレの肩にかけ、そのままオレの首と身体ごとコータローさんの身体に引き寄せてきた──死ぬ死ぬ、窒息して死ぬから、I tap out, my big bro, I’m ‘bout to jet-black out, マジでホントにオレ死んじゃうって。オレはそのまま数メートル先まで引きずられた挙句、コータローさんに足払いをかけられ、堤防の上面に綺麗に整えられた芝生の上で、派手に仰向けで倒れ込んだ。
How the hell is the starry sky this amazin’──オレの頭上には全方位に星空が広がってる。ここは川の土手の上で、周囲には高い建物もなくて視界を遮られてないし、邪魔な強い光源も少ないから、今夜も『夏の大三角形』──はくちょう座の1等星デネブ、わし座の1等星アルタイル、そしてこと座の1等星ベガを結んで、夏の夜空に浮かび上がる細長い三角形──が、とてもはっきりと見える。
「ぎゃー何で、オレもなのー!?」
オレの頭のすぐ近くからシンヤくんの喚き声が聞こえてくる。オレは頭を仰け反らせた──視界は天地が逆になってたけど、シンヤくんは馬乗りになったコータローさんから顎を掴まれて、芝生の上で思いっきりキャメルクラッチを喰らっていた。He turned out to be pullin’ off the WWE’s heel vibe, I know well deep down he's mad serious, though, 全然意味分かんねえけどめっちゃ面白い絵面だから、タカヒロさん、写真撮っておいてくんないかな。
「ギブギブギブ、死ぬ死ぬ死ぬー!」
腕を何度もタップされたコータローさんは、ようやくシンヤくんを解放した。死んだ様に脱力して地面に突っ伏したシンヤくんは、やがてゆっくりと仰向けの姿勢に寝返った──芝生の上に寝ているオレとシンヤくんの身体は、互いの頭を境にして鏡面の様に対称的になっている。
「マジ、死んでお星様になったのかと思ったぜ──」
オレの頭の上のシンヤくんが大きく息を吐いてから力なく呟いて、シンヤくんをお星様にしようとした張本人であるコータローさんがその言葉を継いだ。
「──今まで溜め込んできた分へのオレの気持ちだ、遠慮せずに受け取れ」
それを聞いて、オレは思わず大声で笑い出してしまった。だって、he’s just a mad serious, busy-body bro, but he ain’t crossin’ no boundaries, I know he's mad worried, even through his arms like that, コータローさんが本気で心配してるって思いを、オレは全身で受け取ったってのが分かったから。
「What the hell’s so funny, bro? (何笑ってんだよ、おい) こっちは本気で心配してたんだ」
オレの笑い声を聞いて、コータローさんは憮然とした表情のまま、オレとシンヤくんの側の芝生の上に座り込んでしまった。
オレは芝生の上に寝そべったまま、笑顔でコータローさんに応えた。
「Aight, I got ya now, my big bro! I know ya just tryna reach out──through your arms! (違うって、今なら分かるよ、ちゃんと気持ちを伝えようとしてくれたんだなって──まさかの物理でだったけどさ!)」
オレがそう言い終わった途端、オレの顔面は突然冷たい感触でいっぱいになった──オレの真横で、タカヒロさんがオレの顔面に冷たいペットボトルをいきなり押し当ててきたのだった。
「うひょっ、冷てー! ってタカヒロさん、これ、どしたの?」
「堤防の下にあった自販機で買ってきた。飲め、奢りだ」
オレの素朴な疑問に対し、タカヒロさんは片手に2本ずつ、つまり左右で合計4本のミネラルウォーターを指の間に器用に挟んで持ったまま、そう答えた。
コータローさんがオレに足払いをかけ、シンヤくんにキャメルクラッチをかけてるわずかな時間の間に、タカヒロさんは堤防斜面遥か下で蛍光灯の鈍い光を放ってる自販機まで、その足で軽快に買い出しに行っていたのだった。さすが、やっぱタカヒロさんは “Quiet Storm” だ。
「よっせっと──ありがと、my big bro.」
オレは上半身だけを腹筋の力だけで起こして、タカヒロさんから冷たい水滴のついたペットボトルを受け取った。シンヤくんもオレと同じ様に腹筋の力だけで身体を起こして、タカヒロさんからボトルを受け取った──Hey, ya dead but breathin’, bro? シンヤくん全然死んでねえじゃん。
最後にコータローさんにボトルを手渡したタカヒロさんはオレとシンヤくんの並びを境にして、コータローさんと向かい合った位置の芝生の上に座った。
「──ぷっはー、生き返ったぁマジで──あー死ぬ、もう無理」
ボトルの冷たいミネラルウォーターを一気に飲み干したシンヤくんは、再び芝生の上に寝っ転がった。死んだり生き返ったり、また死んだりと、シンヤくんの動きは相変わらず忙しい。
オレもボトルから数口水を飲み、キャップを閉めて身体のすぐ側に置いて、芝生の上に横になった。さっきと同じ様に、芝生の上に寝ているオレとシンヤくんの身体は、互いの頭を境にして鏡面の様に対称的になっている──オレとシンヤくんの2人の身体で、1本の真っすぐな線、’I’ の文字が出来上がった。
「死んだり生き返ったり、シンヤくん、今日は随分と忙しいんだな?」
「うっせー放っとけ、お前もコータローさんのキャメルクラッチ受けてみろよ、瀕死になる上に持続ダメージまで食らうぞ、ありゃ卑怯だ」
オレの半笑いのからかいに、シンヤくんはゲーマーみたいだけど容易に想像がつく表現で応えた──Chunked down to 1 HP, as a bonus, still got DOTed, and now we’re in the blender, what the fuck, yo! そういやシンヤくんの口調が、さっきの車内の時とは違っていつもの調子に戻ってる。自分の事を話して、少しだけでも気が楽になったのかもしれない。それだけの重荷を、シンヤくんは今まで1人で背負って生きてきたのだ──そしてそれはたぶん、このオレもなんだろう。
「Ugh, I be good, gotta bounce (え、いいよそんなん、遠慮しとく), だってオレまだ死にたくねえし、皆んなと楽しい事してえし?」
「そうだな、タイガとシンヤはこれから俺達と、もっと楽しい時間を過ごせるようになる──これで『本当の絆』ができたんだ、2人共、話してくれてありがとう」
オレのシンヤくんへのふざけた返しを、タカヒロさんが穏やかな口調で継いだ。
タカヒロさんはオレとシンヤくんの縦に並んだ頭ととなり合わせにしながら、オレとシンヤくんの2人で作る直線に対して90度になる様にして寝転んだ──オレとシンヤくんとタカヒロさんの3人の身体は、今や ‘T’ の文字を描いてる。
「2人共、今まで良く頑張ってきたんだな。Ya both held ‘the real bond’, and made me proud, my lil’ bros (『本当の絆』を守った、お前らは俺の誇れる弟達だ), 話してくれて、俺は嬉しいぞ」
低く優しい声でコータローさんはそう言いながら、両手でオレとシンヤくんの頭を力いっぱいグシャグシャと撫でた後、タカヒロさんとお互いの頭のてっぺんを境にして反対の姿勢になる様にして寝転んだ。タカヒロさんとコータローさんの2人の身体で、2本目の真っすぐな線が出来上がった──2人の身体は、2つ目の ‘I’ の文字を描いてる。つまり今オレ達4人の身体は、90度で重なり合う2本の直線──’X’ の文字を夜の芝生の上に描いてるんだ。
何だろう、皆んながオレを受け入れてくれたからオレの気持ちがじんわり温まってくるってだけじゃなくて、同時にすごく懐かしい感覚がオレの胸の奥底から湧き上がってくる。これって一体、どこから来る感覚なんだろう──what does it even mean──A replay for the most part the same, but a diff spin on that ol’ bit, so, where’s the damn twist, then??
「シンヤくんさ、さっき車ん中で、その──『消えてしまいたくなる時がある』って言ってたろ? オレも──そうなんだ、時々ものすごくイライラして、周りに当たり散らして、でも冷静になった途端にそんな事した自分が嫌いになって──そのまま死んで消えたくなる時がある。
シンヤくんはそういう気持ちになった時──今まで、どうやって乗り越えてきたの?」
オレは頭上の夏の大三角をぼんやりと見上げながら、シンヤくんにそう訊ねた。
シンヤくんが今日までタフな日々を送ってきたってのはよく分かった。分かったけど、実際どうやってここまで切り抜けてきたのか、I gotta learn the rules ‘fore I get played, so spit your game──but unpaid, 1歳違いではあるけど人生の先輩であるシンヤくんなりの、『人生のサバイバル術』ってのをオレは聞いてみたくなったのだった。
「そういう時は、人肌に逃げてた──かな、それが仕事でもあったしな。でも今はちょっと違うんだ、”The Wolf Pack” で思いっきり踊って身体を動かして、”B.R.O.H.” で自分の気持ちをグラフィティで表現する様になって、俺はそれで乗り越えられる様になった──いや、さすがにそれはカッコつけ過ぎか。今も乗り越えてる最中だよ、こうやって皆んなの力を借りて、さ」
シンヤくんは穏やかな口調でオレの問いに答えた。けどお互い寝そべって夜空を見上げてるから、シンヤくんがどんな顔をしてオレに応えてくれたのかは分からなかった。そしてシンヤくんは急に口調を明るくして、オレに質問を返した。
「お前は? タイガこそ、どうやってここまで乗り越えてきたんだ?」
「オレは──バイクと、グラフィティと、ゲームと、本と、マンガやアニメと、音楽、かな、多分──」
Now Mr. Mumbles as emcee here, talkin’ like a damn mouse, ain’t no lion nor tiger, but I gotta compere, 『バイク』と『グラフィティ』と『ゲーム』と『本』と『マンガやアニメ』はちゃんと言えたのに、同じくらい大好きなはずの『ラップ』とか『ヒップホップ』って言葉自体をハッキリと言えずに、『音楽』って大きな括りで曖昧にして、しかもそれをボソボソとした小さな声でオレは答えた。
オレはめっちゃヒヨった──皆んなの前でハッキリと断言する事が、何故だか急に怖くなってしまったのだった。
「声小さいぞ? 随分歯切れ悪いなぁ──タイガはラップ大好きなんだろ? 自分でラップしたらスッキリしないのか?」
「Yap, yap, するよ、めっちゃする。けど、有名なラッパーのリリックをオレなりの言葉に変えてスピットするばっかだから、それカラオケと同じじゃん!って言われたら、全然何も言い返せねえんだけど──オレのオリジナルだけで、1曲分のリリックを完成させた事が今までないんだ」
シンヤくんの投げてきた直球の問いに、オレは慌てふためいて言い訳混じりに応えた。
No roar, no fang, still ain’t no pride──damn, just frontin’, I’m such a fuckin’ cub or puppy, 何度も何度もレコードに合わせて、レジェンド達が流れるようにスピットするラップを真似て、オレは中学生の頃からずっと地道に練習を重ねてきた。けど、誰かの言葉を自分流にアレンジしてスピットしてるってだけで、完全に自分だけのオリジナルって訳でもないし、そんなんでも『オレはラップが好きだ!』なんて言っていいもんなのか──今の自分には、よく分からなくなってしまっていたのだった。
どうにも煮え切らない感じのオレに、シンヤくんは自分が思ってる事をズバッと言ってきた。
「オレは英語よく分かんないけどさ、自分流に変えるのってそれだけでも充分すごい事なんじゃないのか? それならタイガ、今度は自分でまるごと1曲、オリジナルのリリック書けばいいじゃんか、そんでそれを声出してラップしてみろよ。今よりもっとスッキリするかもしんないぞ? 腹から声出すのも、踊るのと同じくらい身体使うだろうしな──つーか、タイガが今までオリジナルを1曲も作ってなかったって方が、オレからすると何か不思議だけどなぁ」
「そうだな、タイガはもっと身体を使って動いた方がいいのかもしれないな。That steel dumbbells don’t lie, so ya don’t waste your breath (無駄口叩いてないでやってみろよ), 筋肉は裏切らないからな」
「お前の恵まれた体格と何でも一緒にするな、誰もついてこれないぞ──だが、コータローの言う事にも一理あるし、シンヤの提案にオレも賛成だ。タイガ、これからは自分だけのリリックをたくさん書いて、オリジナルのラップをやってみたらどうだ? もうしばらくバイクには乗れないんだとしたら、今が始めるのにはちょうどいいタイミングなのかもしれないぞ」
コータローさんとタカヒロさんが、シンヤくんの話を継いで優しくオレに言った。
「自分のオリジナルで──オレ、ラップしていいの!?」
オレがオリジナルのリリックだけで1曲ラップする──実は今まで、オレはちゃんとその事を考えた事がなかった。Kinda like a baby- bird missin’ its cue to fly, but now I got kicks on the one givin’ me a cue, so I gotta go fly, ラップのリリックをもっと深く理解して言葉を自由に操れるようになる為には、もっと英語の勉強が必要だ、と思って今の通信制高校に入り直したクセに、日々レジェンドのスタイルを模した地道な練習を重ねる事ばかりにハマってて、そこから先の自分の姿をまるで想像できていなかったのだ。
「そんなの、一体誰の許可を取る必要があるんだ?」
ますます不思議だと言いたげな口調でシンヤくんがそうオレに訊くと、タカヒロさんとコータローさんが一緒になってオレに発破をかけた。
「もしあるとするのなら、許可を出すのは今のお前自身、だろうな」
「俺が今言ったばかりだろう? やるか、やらないか、だ──そしてやれば、それは必ずお前に応えてくれるはずだぞ」
That steel mic ain’t lie, so no time to waste my breath anymore, 今のオレが、なりたいオレに許可を出す──。
「それ何だっけ──ああ、『求めよ、さらば与えられん』だ──聖書の言葉だっけ?」
コータローさんの言葉を受けて、シンヤくんがふとそう言った。
Ask, and ya gon’ receive, これからオレ、自分だけの言葉で、リリックを1曲、書いてみてもいいかな──? そう『求めた』オレは、オレの頭ん中で許可の言葉が『与えられた』のをはっきりと聞いた。
「C’mon, for sure──ya know I got you. (何言ってんだよ、当たり前だろ? オレはお前の事、ちゃんと分かってんだぜ)」
オレは思わず、再び腹筋の力だけで上半身を勢いよく起こして、そして言った。
「オレ──やってみる。自分の言葉で、オリジナルのリリックを書いてみるよ」
語彙力はまだまだ少ない、罵り言葉やスラングを駆使してるだけじゃ、きっといずれ表現には限界がくる。文法だって相変わらずめちゃくちゃだ、『正しい英語』なんてオレにとっちゃ遠い星の彼方だ。それでも、今のオレでやってみる──Now I just keep movin’ wit' all I got, グラフィティと同じだ、何でもいいからまずはとにかくアウトプットしてみよう。悩むのはそれからでもできる。
「タイガの誓い、ちゃんと聞き届けたぞ、now we three be your witness (俺達3人が証人だ), 誓いがちゃんと守れてるか、これからも俺達がお前のそばでちゃんと見届けていくからな」
上半身を起こしたオレの背中に向かって、コータローさんも身体を起こしながらオレにそう言った。
『誓い』、かぁ──タカヒロさんとシンヤくんの2人が続けて身体を起こす気配を背中で感じとりながら、オレは上半身だけを起こして両足を伸ばした状態から、芝生の上に胡座 (あぐら) をかいて座り直した。そして顎を上げて背筋を伸ばし、夏の大三角を見つめながら、オレは大きく息を吸った。




