五 不安
その日の朝。
朝と言ってももう昼前。
起きた私たちは食堂で朝食をとったあとに一階のホールでくつろいでいた。
誰が点けたのかテレビではニュースをやっている。
その内容に私は驚愕した。
警察署が襲われ、所長と副所長が斬殺された。
邪羅威だ!!
咄嗟にそう直感した。
犯人は黒尽くめの服装で刀のような凶器を所持。
邪羅威が部屋から出て行くときに持っていた、布に包まれた長いものを思い出した。
大勢の警察官が発砲したもののほとんどが返り討ちに会い、警察署は地獄絵図だという。
その他に警察署以外で殺された刑事の顔写真が次々に画面に出た。
全部私が依頼した刑事だった。
「あれもしかして?」
「例の奴?」
蓮華と夏樹が小声で聞いてくる。
「うん……」
私はただうなずくことしかできなかった。
たった一人で本当にこれだけのことを、しかも半日にも満たない間にやるなんて……
驚きと恐れが心の中を占めた。
すぐ後に全く別の感情が沸き上がる。
それは心配。
警察官は銃を発砲した。
犯人は逃走中というけど、邪羅威は無事なのだろうか?
今日また戻ると言っていた姿を思い出した。
大丈夫なの……!?
嫌な汗が背中をツーッと流れた。
昼を過ぎたころに鯨螺たちの集まりに呼ばれた。
呼ばれたといっても、私たちは横に座ってお酒を飲んでイチャイチャしてやるだけ。
いつもの夜とやることは変わらない。
しかし、今日は最初からヒートアップしてた。
「警察の奴等が皆殺しにされたぞ!!しかもここに通ってて俺たちと阿吽の呼吸の幹部連中が!!」
いきなり仲間の一人が怒鳴る。
「これは只事じゃないぞ!!ボス!どうします!?」
今朝、この街の警察幹部や部下が殺された。
それもここに通い、鯨螺たちと通じていた奴等。
そして私たちを買ってた奴等。
「ふん。慌てるな。情報ならあるにはある。おい!」
「はい」
鯨螺が指図すると後ろに立っていた部下が前に出る。
「いろいろと情報を精査した結果……全員が鋭利な刃物……刀のようなもので斬殺されているとわかりました」
「か、刀…!?」
「全員一太刀です……」
「なんだそりゃあ?侍かなんかかあ?」
驚きと呆れが半々のようなリアクションで幹部の一人が言った。
たしかに、現代の世の中で「刀の一振りで絶命させる」なんてピンとこない。
普通は拳銃だろ?って思う。
「ま、待てよ…刀で思い出した……たしか好んで刀を使う凄腕の殺し屋がいるって……たしか名前は…じ」
「じゃ、邪羅威だっ!!」
「おい!殺した奴はどんな奴なんだ?」
「はい……それが防犯カメラが事前にハッキングされて録画されてませんでした……ただ、応戦した警察官の証言によると黒いスーツ姿に覆面、そして刀、恐ろしい身のこなしとか」
「ま、間違いない」
「あの悪魔の様な男がこの街に……!!」
「その理由は俺から説明しよう」
鯨螺が葉巻の煙をぶわっと吐くと続けた。
「邪羅威は俺たちを殺しに来たらしい……誰かが依頼したんだろう」
「な、なんだって!?」
「誰が!?」
「そこまではわからん」
「邪羅威は成功率90%以上の凄腕だぞ!!どうするんだ!!」
「わかってるわい!だから俺だって黙って殺られないように対策を立てたのよ」
鯨螺が醜い顔をさらに歪めて笑った。
「おい!お連れしろ!!」
「はい」
ドアの側にいた部下が部屋の外に出て、少ししてから戻ってきた。
「どうぞ」
ドアの外に声をかけると一人の男が入ってきた。
「でかっ…」
思わず口にしてしまった。
身長は2メートル以上ありそうで、深いシワが刻まれた眉間と鋭い目。
無精髭を生やした顔。
肩に垂れるウェーブがかかった長髪。
焦げ茶色のトレンチコートに同じ色のハットを被ってる。
「アドル様をお連れしました」
黒服が鯨螺に言う。
「この業界じゃあ知らぬ者はいない方よ」
鯨螺は誇らしげに胸を逸らしアドルという男を紹介した。
「相手は邪羅威だ。大丈夫なのか?……うっ!」
発言した鯨螺の仲間の方にアドルが一歩寄った。
両手はポケットに突っ込んだまま。
「フフ…心配か?」
「いや……万一というか……」
ガチャッ!!
「えっ!?」
その場にいた全員が息をのみ言葉を失った。
ポケットに両手を入れていたはずのアドルが拳銃を構えている。
その銃口は正確に、心配を口にした鯨螺の仲間の眉間を捉えていた。
私たち、この場にいる誰もが銃を抜く動作が見えなかった。
「ひゃっ!ひゃーー!!」
銃口を向けられた鯨螺の仲間は悲鳴をあげて身を屈めた。
「フン。どうだ?今の動きが見えたか?」
全員を見渡しながら聞くアドル。
鯨螺はじめ、みんなが首を振った。
「そうだろう?俺の射撃術は風よりも速い!俺と相対して額に穴があかなかった者はいない!」
言い終わるとアドルはゆっくりとコートの下にあるホルスターに銃を入れた。
「邪羅威が凄腕とは聞いている。だが刀と銃のどちらが強いか明白。戦う前から奴は死ぬ運命にある」
自信たっぷりにアドルは宣言した。
「そういうことだ!アドルさんがいる限り俺たちは安泰!大船に乗った気でいろ!!」
「そ、そうだな」
「これで安心だ!」
冷や汗を拭いながら幹部たちも笑を見せた。
「さあ、アドルさん、どうぞ」
鯨螺に促されて、アドルもソファーに座る。
その左右に後ろに控えていた女の子が着いた。
「さあ!安心したら飲め飲め!」
鯨螺がグラスを掲げると全員が倣ってから口をつけた。
「良かったなあ~これでおまえたちのことも守ってやれるぞ~」
鯨螺が満面の笑みで隣にいる私の肩を撫でながら言う。
「そうね。安心した」
私も笑顔で返した。
「おまえはここを出たら俺の妾になるんだからな。傷一つあっちゃならねえ」
このセリフに笑顔で相槌をうつしかなかった。
それにしても想定外だった。
邪羅威の存在がバレて、しかもこんな凄腕の用心棒が来るなんて……
チラッと夏樹と恋華の方を見ると、その顔には不安がさしているのがわかった。
ワインを口にしながら、さっきのアドルのセリフを思い出す。
銃は剣よりも強い!!
あたりまえのことだ……
しかも目にも止まらぬ速さ……
私の中でも不安が広がった。
でも必死にそれを表に出さないようにした。