九、酒は飲んでも
「では詳しい内容は後ほど書類でお送りしますね。」
「は、はい……」
「よかったわね〜、やっと就職が決まって!ほら、この子こんな感じで引っ込み思案でね。だから普通の獄卒には向いてないし、それ以外のバイトもすぐクビになるしで困ってたのよ〜」
「やめてよ姉さん……でも僕なんかがほんとにできるかな……」
「大丈夫です!月白くんは魅力的なので絶対うまくいきますよ。」
そう言うと月白くんは小さな声で「が、がんばります…」と呟いたかと思うと、真っ赤な顔で逃げるように去って行ってしまった。姉の白百合さんも私たちに謝りながら、月白くんを追いかけるべく足早に帰っていく。そしてあっという間に部屋にはいつもの3人だけが残された。
「早速1人決まったじゃん!良かったね〜!」
「はい!そういえば衆合地獄に見学に行った時に、いい人知ってるって白百合さん言ってましたもんね。」
「少々不安要素はありますが、まあ慣れればなんとかなるでしょう。」
その後もポスターを見たという妖たちから少しずつ連絡が届き、週明けにまとめて面接をすることになった。ちなみに閻魔庁は週休二日制となっている。拷問担当の獄卒達などはシフト制で交代で休んでいるようだが、私たちのような亡者と直接関わりがない獄卒は固定で土日休みとなっている。この辺りは現世のよくある職場ともあまり変わらないだろう。
そして今日は花の金曜日。仕事が終われば翌日は休みなので何も気にすることなく羽を伸ばせる。それはあの世でも同じようで……
「茜ちゃ〜ん!飲み行かない?」
「今日ですか?」
「そうそう!ちょっと遅くなっちゃったけど、歓迎会も兼ねて!」
「それなら行かないわけにはいかないですね。」
「よっしゃ!じゃあ適当にお店予約しとくね〜。涅も来るっしょ?あとは……篁さんも誘っとこ〜!」
そうして錦さんの一言で、急遽私の歓迎会を兼ねた飲み会が開催されることになった。生前は会社の飲み会などただめんどくさいだけのイベントでしかなく、なんだかんだ適当な理由をつけては欠席していたが、あの世に来てからこうして誘われたのは初めてだったということもあり、ここの一員として認められたようで少し嬉しい気持ちになった。
――――
「ではでは!改めて、茜ちゃんようこそ地獄改革課へ〜!カンパーイ!」
仕事終わり、私は錦さん涅さんと共にあの世の繁華街へ来ていた。現世でいうと、上野のアメ横のような雰囲気だろうか。居酒屋や焼き鳥屋、寿司屋に焼肉屋など様々な飲食店が立ち並び賑わいを見せている。錦さんが予約してくれていたお店は居酒屋のようなところで、店内は小上がりで仕切りがあり半個室のようになっていた。
「篁さんは仕事が終わり次第来るそうですよ。」
「お忙しそうですもんね。」
「じゃあ先に始めちゃおっか〜!茜ちゃん何飲む〜?」
「うーん、甘い系のお酒ってありますかね?」
「それなら梅酒、桃酒、柚子酒とか……この辺りですかね?」
「じゃあとりあえず梅酒にします!」
「おっけー!おつまみは適当に頼んどくね!食べたいものあったら言って〜!」
あの世に来てからこうして居酒屋に来ること、もとい外でご飯を食べること自体初めてだったが、実際来てみるとお店の様子もなんら現世とは変わらないようでむしろどこか懐かしさすら感じる。
「すみませ〜ん!」
「はい、ご注文ですね。」
「えっと、飲み物がビールと烏龍茶と梅酒で、あとは唐揚げと和風サラダとだし巻き玉子と……」
「梅酒の割り方は如何されますか?」
「茜ちゃん、梅酒何割り?ソーダ?」
「あ、ロックでお願いします!」
――――
「――皆さんお疲れ様です。」
「「篁さんお疲れ様です〜!!」」
「なかなか楽しんでいるみたいですね。涅さんは瀕死の様ですが。」
「あはは……」
篁さんが合流した頃、すでに私たちはそこそこお酒を嗜み、涅さんはテーブルにもたれ掛かり完全に潰れていた。なぜそんな状況になったのかというと、それは篁さんが来る1時間ほど前に遡る。
「茜ちゃんって結構飲めるんだね〜!意外!」
「お酒はもともと好きで……そういえば涅さんは飲まないんですか?」
「えぇ、私はあまり強くないので……」
「そうなんだよ〜!コイツほんっとに弱くてさ、1口で顔真っ赤になって寝ちゃうから。」
「1口は盛りすぎです。私だって2〜3杯なら飲めますよ。」
「またまた〜!強がるなって〜!」
「強がってません。本当です。ちょっと貰いますよ。」
そうして錦さんのビールを奪い取りグイッと一気に飲んだ涅さんは、みるみる頬が赤く染まっていき目もトロンとして、普段のきちんとして真面目そうな姿からは想像も出来ないようなふわふわした雰囲気になってしまった。
「ほら、にひき!わたしだってすこしはのめるんれすから。」
「あ〜〜、そうだよね。ごめんごめん。俺が悪かったから。はいはい。」
「あかねはんもみてまひたよね?」
「も、もちろんです…!」
「はいはい、茜ちゃんにまで絡まないよ〜。こっちおいで〜。」
そう言いながら錦さんは涅さんの頭をポンポンっと撫でると涅さんはまるで喉元を撫でられた猫の様に気持ちよさそうな顔で寝入ってしまった。飲めないと言っても吐いたり酒癖が悪くなるわけではなくこんなに可愛らしい一面が見られるなら、本人には申し訳ないがたまには良いのではないかと思う。
「――というようなことがありまして……」
「なるほど。涅さんもずいぶんと可愛らしいところがありますからね。」
合流した篁さんを加え、私たちは4人……正確には潰れた涅さんを除いた3人で飲み直していた。篁さんは初っ端から日本酒を頼み、私たちと話しているうちに1人で一升飲み干しそうな勢いだ。しかもどれだけ飲んでもその飄々とした雰囲気が崩れることはなく、いつものどこか掴めない笑顔のまま。私もお酒は比較的強い方だと自負していたが、篁さんはもはやザルを通り越してワクだろう。
「そういえば、いい人材は見つかりましたか?」
「はい!実は衆合地獄の白百合さんの弟くんが来てくれまして、正直かなりの逸材だと思います。」
「白百合さんに弟さんがいらしたんですね。」
「なんか狐というより子犬って感じだったよね〜」
「そうなんですよ!中性的で可愛い系だったので歳上のお姉様方からウケると思うんですよね。」
「それは楽しみですね。まぁ実年齢は彼の方が上でしょうけど。」
たしかに見た目のイメージで勝手に自分より年下の様な気になっていたが、彼も妖狐ということはそれなりに長く生きているのかもしれない。
「……何歳ぐらいなんですかね?」
「そうですねぇ……少なくとも人型ですので、300歳以上ではあるかと思いますが。」
狐は300年生きると人に化けられるという言い伝えがあるらしい。今更ながら先日の月白くん……いや、月白さんと呼ぶべきか。そんな彼への態度を思い出しては心の中で1人反省する。
「まあ妖は寿命が長い分成長もゆっくりですし、皆さん自分の年齢なんてはっきり覚えていないでしょうからそこまで気にする必要は無いと思いますよ。」
「そうそう〜!俺も自分の歳とか覚えてないし!篁さんよりは若いけどね!」
「そういうものですか……そういえば篁さんは平安の生まれなんですよね?」
「えぇ、私は西暦802年生まれですよ。」
802年ということは今年は2023年なので……と少し考えて思考を止める。下手したらそこら辺の妖より歳上であろうこの人は、ニコニコと変わらぬ表情で楽しそうに笑っていた。