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四十七、再会

 いよいよ、今日は地獄改革課の我々3名と(たかむら)さんとの会議の日だ。(にしき)さんと(くり)さんは別件の仕事がもう少しかかりそうとのことで、私だけ一足早く裁判所へ来ていた。しかし裁判所の中は何やら騒がしく、まだ裁判は終わっていないようだ。大方いつものように地獄行きになった亡者が抵抗しているのだろう。

 

「あぁ、茜さん。ちょっと裁判が長引いておりまして、もう少しお待ちいただけますか?」

 

「わかりました。錦さんと涅さんももう少ししたら来ると思います。」


 地獄行きを免れたい亡者が抵抗して裁判が長引くというのはよくあることなので、正直あまり気にしていなかった。反論したり泣き叫んだり逃亡しようとする亡者も、最終的には閻魔大王の一声で皆一様に獄卒によって強制的に連れていかれる。今日の亡者は後ろ姿だけ見るとまだ比較的若い男性のように見えるが、一体どんな罪を犯したのだろうか。

 

「茜……?おい、お前茜だよな!!??」

 

 一瞬にして私の思考を遮るように、こちらを振り向きながらそう言った亡者は、私が生前非常に見知った顔であった。忘れたくとも忘れられない、人生で1番苦しい記憶。私が死んだ原因とも言える男。その男が亡者特有の白装束を身を纏い、今、正座で閻魔大王の前に座っている。

 

「……えっ、なんで……」

 

 何でここにいるのかと言いかけて、その言葉を飲み込む。この状況で、もはやそんなことは聞くまでもないからだ。生前は幾度となく目の前のこの男の死を願ってきたが、私が死んだことでようやく逃げられたと思ったのに、まさかこんな形でまた会う羽目になるとは。

 

「お知り合いですか?」

 

「えっと………」

 

 篁さんに尋ねられて思わず言葉に詰まる。この状況で一体何と言うべきか。全く知らない人だというにはすでに無理があるだろう。しかしせっかく見つけた新しい居場所で、私の過去を話したくない。知られたくない。よりによってこんな私にとって1番嫌な記憶を……


 そう思って暫し答えに詰まっているうちに、この男は私の気も知らないで軽々しく口を開く。

 

「はい…!知り合いも何も、こいつは俺の彼女ですよ!てか、お前は何でこんな所にいるんだよ…!」


 ――最悪だ。一番消し去りたい記憶。現世での一番の汚点。過去に戻れるなら絶対にこんな男とは関わらないのに……

 

「……元、です。元。今は何の関係もありません。」

 

「は?何言ってんだよ!!別れてねーだろ!!」

 

「……お互い死んだんだしもういいでしょ。それに私は何回も別れてって言ってる。」

 

「勝手に言ってるだけじゃ別れたことにならねーんだよ!!俺は認めてねーからな!!!」

 

「……ふむ。まあ一旦落ち着いて下さい。」

 

 篁さんがパンパンッと手を鳴らして私たちの会話を止めた。正直この男と2人だけでは埒が開かないので、篁さんの静止にホッとした自分がいる。

 

「まずは気になっているであろう疑問に答えて差し上げましょうか。何故茜さんがここにいるかについてですが、それは茜さんが地獄で働いているからです。」

 

「は…?」

 

「もちろん亡くなった人間が地獄で働くことは稀ですし、本来は茜さんも転生予定だったのですが、まあ紆余曲折ありましてこうして現在は地獄で働いていただいています。」

 

「え……地獄で働くって……お前鬼にでもなったのか……?」

 

 さっきまで私へ大声で怒鳴っていた勢いは何処へやら、男は間抜けな顔で見当違いな質問をしてきた。

 

「地獄で働いているのは何も鬼ばかりではありませんよ。かく言う私も人間ですし。」

 

「……へ、へぇ……あ、じゃあさ!俺を天国行きにしてくれよ!な!茜!俺たちの中だろ!?」

 

「………………」

 

「それかさ…!それがだめなら俺も地獄で働かせてくれよ!あ、俺ベンチャー企業の社長やってたんですよ!会社こそまだ小さいけど利益は結構ありましたし、仕事ならコイツなんかより全然できますから…!」

 

「………………」

 

「まあ私も長らく地獄で働いておりますので、今回のように現世での知り合いと顔を合わすことも稀にあるんですよ。そういった場合、生前良い行いをしていた方には多少は口利きをしてあげたりもするんですけど……茜さん、どうですか?」


 そう言った篁さんはこちらを見ながら不敵な笑みを浮かべていた。そうか、篁さんは閻魔大王の補佐官。私の裁判の時も勿論隣にいて全てを見ていたし、今もこの男の裁判を行っていたのだから私がこの男からどんなことをされてきたのかも知っているのだろう。その上で、私に選択の機会をくれたのだ。目の前のこの男を許すのか、許さないのか。

 

「茜、俺たち仲良かったよな?飯だって毎回奢ってたし、好きな物も買ってやったし…!ほら、旅行とかも色々連れてってやっただろ?」

 

 どうしてそうも簡単に仲が良かったなどと嘘をつけるのだろうか。いや、この男の場合、嘘ではなく不都合な記憶は全て忘れて、本当に仲が良かったと勘違いしているのかもしれない。思い返せば生前もそうだった。

 


 ――――



「ねぇ、本当に別れたいんだけど……」

 

「は?何でだよ。」

 

「もう疲れたの。そろそろ解放して。」

 

「あー、はいはい。また生理前?いい加減どうにかなんねーかなぁー、そのメンヘラ。」

 

「そう言うことじゃなくて……」

 

「実際そうだろ。薬飲んでるし。お前は情緒不安定なんだよ。」

 

「それは飲まないと耐えられないからで……」


 生前の私は彼氏の所謂モラハラと呼ばれるような言動や行動により、急に涙が出てきたり、過呼吸になったりするまでに心身に不調をきたしていた。その為、薬局で買える心の薬……主に精神不安や動悸に効く薬などを常にお守りのように鞄に入れて持ち歩いていたのだ。何度駅やお店のトイレに駆け込み泣きながらそれを飲んだかわからない。それぐらいに、生前の私はこの男に追い詰められていた。

 

「ほら、今のお前は生理前のメンヘラ期で話になんないから却下。そもそも仲良い時期もあったんだから、お前が普通にしてればすぐ戻るんだよ。」

 

「そんなのもう無理だよ。私はもうあなたを好きじゃないから。」

 

「は?調子乗るなよ馬鹿女。それは嘘だし今の感情で言ってるだけ。そもそもお前が決められることじゃねーから。」

 

「じゃあ誰が決めるって言うの……」


 こんな具合にいくら自分の気持ちを伝えても、別れて欲しいと頼んでも、会話が成り立たず埒が開かない。私の気持ちは全部嘘だと言われ、無かったものにされる。そうして否定されているうちに、どんどん心は壊れていった。

 

「本当に無理ならいずれ自然消滅するもんなんだよ。そうなってない時点で俺らは大丈夫ってこと。」

 

「いや、それは私が別れたいって言ってるのにあなたが聞き入れてくれないからで……」

 

「それでも本当にダメならとっくに別れてるっての。まあ低脳なお前には分かんないだろうがな。」

 

「それはあなたが脅すからじゃん……逃げようとしたら職場に来るし……ネットに私の動画ばら撒くとか言うし……」

 

「うるせーな!脅してなんかいねーんだよ!!お前が逃げるのが悪いだけだろ…!!」


 何度別れ話を持ち出しても到底聞き入れてはもらえず、仕方なく一方的に連絡を絶って逃げようとしても職場まで着いて来られて脅される。どこまでも自分に都合の悪いことは全て私のせいにして、お前が悪いから、お前の責任だと全てを否定されてきた。


 そして自分はいつまでも付き合った当初のまだ不仲になる前の頃の幻影に縋って、それこそが自分たちの平常であるという勘違いをおこしている。そしてそれにそぐわ無い素っ気ない言動や行動を取ると怒るのだ。彼の言う仲の良かった頃とはただ単にまだお互いの人間性が見えていなかった、もしくは隠していただけであり、関係性の浅さゆえの偽りの平和だったというだけなのに。

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