四十六、恋と欲
「そういえば、新しい飼い主は見つかりそうですか?」
「…………それ、本気で聞いてる?」
軽い雑談程度のつもりで聞いてみただけだったのだが、思ったよりも不機嫌そうな表情で返されてしまった。たしかに長春さんに新しい女性が見つかってしまえば当初の約束通り獄卒を辞めてしまうかもしれず、衆合地獄の人員にも穴が空くことになるので、出来れば私としては見つからないままの方がいいのは事実だが。
「君って鋭いんだか鈍いんだか分かんないよね。」
「え、何の話ですか…?」
「はぁ……そういうとこ。それとも、そういうことに関してだけ心が気づかないふりをしてるのかな。」
「だからどう言う意味で……」
私の言葉を遮るように、長春さんは自身の大きなベッドへと私を押し倒した。桃色の長い髪が顔にかかって少しくすぐったい。
「あの……どういうおつもりで……?」
「ん?こういうつもり。」
そう言った長春さんは少し苛立ちを含んだような顔で意地悪げに笑うと、私の首筋に顔を埋め唇をつけてきた。それは皮膚に触れるか触れないかというぐらい軽く、首筋から鎖骨、そしてその下へ。
「ちょっ……!やめ……ストップ……!!ステイ……!!」
「……英語で言われてもわかりませーん。」
「〜〜〜!!止めろって言ってるんです……!!もう分かりましたから、そろそろ冗談はやめて下さい。」
「分かってないじゃん。冗談だと思ってるんでしょ……」
長春さんは何やら不満げな様子で、私のちょうど心臓の上あたりに頭を置いている。死んだ私でも心臓の音は聞こえるのだろうか。
「でも……長春さんはそういうのじゃないと思って……今までそういう欲を感じなかったので……」
「何で?」
「だって目が……なんて言うか、下心のある男の人は目でわかるんです。もっとこう、怖いというか……嫌な目をしているので……」
「ふーーん。でもさ、僕は茜ちゃんが好きだよ?」
その瞳はただただ酷く優しげで、今まで私に好意を伝えてきた男達の欲望をはらんだ目とは全く違った。
「…………それはその……友達としての好きではなくて、あれですよね……?」
「うん、そうだね。」
「あの……」
「ん?」
「どうしましょう……?」
「ははっ、それを僕に聞くの?」
「だって、どうしたらいいか分からないんですもん……」
今まで人から好意を伝えられたことが無かったわけではないし、人並みに彼氏だっていた。別に今更初心なフリをしている訳ではない。しかしどうしてだろう。男性から一方的な欲望を向けられることには慣れていたが、こんなにただ甘いだけの瞳を向けられたことはなかった。
「うーん、茜ちゃんは男運がなかったのかな〜」
「それは、まあ仰る通りなんですけど……」
そう言いながら、長春さんは私の上から退き隣に寝転んだ。やめてと言う言葉だけですぐに止めてくれるのも、こんな状況で落ち着いて話を聞いてくれるのも、こうしてただ隣にいるのが心地いいのも、初めての経験だった。
「別にさ、好きと欲はイコールじゃないからね。茜ちゃんが過去出会った男達がどうだったのかは知らないけど、そんな怖いほどの欲望を向けてくるのは少なくとも愛じゃないでしょ。」
「そうですよね……」
「まあ人間の男は寿命が短いから生存本能もあるのかな〜?知らないけど。……と言う訳で、僕の方が良い男じゃない?」
「ふふっ……そうですね。」
「あ、今適当に流したでしょ。」
「そんなことないですよ。」
これは本心だ。そもそも顔は良いし背も高くて、見た目に関しては最初から言うことがない。いつも気怠げでやる気はあまりないが、隣にいるとなぜか落ち着くし不思議な心地よさがある。だからだろうか、この人の前だと、余計なことまで話してしまいたくなる。
「……前に、地獄で働くことになった経緯を話したの覚えてます?」
「大王に喧嘩売ってお試しで働くことになった話でしょ?」
「別に喧嘩は売ってないですけど……それです。実はそのお試し期間の期限がもうすぐ終わるんですよ。」
「……てことは、正式に採用されて獄卒としてここに残るか、転生するかが決まるってこと?」
「そうです……」
「そっか、それで最近……」
「……?」
「ううん、こっちの話。とりあえずさ、やれるべき事はやったんでしょ?」
「はい。」
「それなら後は待つしかないね。……慰めて欲しいなら慰めてあげるけど?」
そう長春さんが冗談っぽく言って手を広げてきたので、私は意趣返しのつもりで思い切りその腕の中に入ってみた。これぐらいは許されるだろう。その腕の中は意外にも温かくて、やはり落ち着く。
「本当に来るとは思わなかったんだけど…?」
「やられてばかりも癪なので。」
「うん、そう言うところが好きだよ。」




