四十四、重罪
「2人ともお待たせ〜!」
「空を飛んだ気分はどうでしたか?」
「すごく良かったです…! 海棠さん、ありがとうございました。」
「いえ、お気に召したようで何よりです。」
私たちは阿鼻城から出てきた錦さん涅さんと合流し、これから本格的に阿鼻地獄を見学しようかというところだ。阿鼻地獄は肉親の殺害や聖者の殺害など、仏教における最も重い罪を犯した者が落ちる地獄である。今までの地獄では1つ下の階に行くたびに苦しみは10倍になると言われていたが、今回の阿鼻地獄は大焦熱地獄のなんと1000倍もの苦しみと言われている。
「――まず阿鼻地獄に落ちることが決まると、亡者は地上からここまで逆さまの状態で落下して来ます。その為本来ですと辿り着くまで2000年程かかるのですが、そんなに待っている訳にもいかないので大体200年ぐらいで着くように調整しています。」
そんな調整が出来るということにもびっくりだが、何よりも本来なら阿鼻地獄に辿り着くまでに2000年もかかるということに驚いた。私たちが乗ってきた地獄のエレベーターではたかだか10分ちょっとで着いたのだが、阿鼻地獄とは想像よりも遥か遠い場所に位置しているらしい。
「と言うことは、今いる亡者は200年前……江戸時代以前に亡くなった方ということですよね。」
「そうなります。なので茜さんがいた時代の方々がここに来るのはしばらく先かと……あ、今ちょうど1人来ました。」
そうして海棠さんに指された方向に目を向けると、1人の亡者がものすごい勢いで頭から落下して来ていた。落下した亡者はもちろん着地の衝撃により身体が砕け散るだろうが、ここは地獄なのであっという間に元通り。その後は担当の獄卒が亡者を拾い、該当する小地獄へとそのまま連れて行くらしい。
「でも落ちるのに200年かかると言う事は、改善するにも時代背景を考えないとダメって事ですよね。」
「そうですね。今までは茜さんの現世の知識をそのまま活かせましたが、今回ばかりはそうも行かないかもしれません。」
「まあ何にせよ見てみた方が早いって!難しい事は後で考えよ〜」
と言うわけで、早速私たちはこの広い阿鼻地獄の中を歩きながら見て周ることになった。
「こちらは一切向地処。人々から尊敬される尼僧や聖者を強姦した者が落ちる地獄です。」
ここでは亡者が棒に結びつけられ、くるくると回転させられながら炎で焼かれている。その様はまるで豚の丸焼きのようだ。さらに裏も表もしっかり焼かれた後は、隣の大きな鍋のようなもので灰汁の中煮込まれていた。料理においては肉をあらかじめ焼いてから煮ると生臭さがとれるとか旨味が増すなんて言うが、地獄の拷問はまるで料理でも作っているかのようだなと不思議に思う。
さらに不思議な拷問といえば、実際に食べ物を拷問に使う小地獄もあり……
「ここは臭気覆処といい、僧の田畑や土地などを焼いた者が落ちます。」
ここでは逃げ回る亡者を針のついている燃え盛る網で捕らえ、身体中が傷つき燃やされた後で更に矢で射られる。そしてその後、完膚なきまでにサトウキビで叩かれるのだ。
「えっ、サトウキビ……??」
「はい、最後はサトウキビで身体中を叩きます。」
「最後のサトウキビ、要りますか…?」
「茜ちゃん知らないでしょ〜!サトウキビって意外と硬いんだよ〜」
「竹とほぼ同じ硬さと言われていますね。」
3人のこのサトウキビに対する信頼の厚さは何なのだろうか。もしや私が知らないだけで、サトウキビとは本来そういう用途のものだったのかとすら思えてくるような自信だ。
「でも、大変じゃ無いですか?逃げる亡者を網で捕まえて矢で打って叩いてって……」
「まあ……それはそうですね。」
「やっぱりサトウキビ、要らないと思うんですけど……」
「え〜!本当に!?」
ここのサトウキビ叩き拷問は、獄卒の負担軽減のためにも是非廃止の方向で進めさせてもらおう。サトウキビを抜いた拷問でも十分亡者は苦しめられるだろうから。そして結局なぜサトウキビを使っているのかというところは最後まで謎のままだった。
「次に見えるのが十一焔処。ここはお寺や仏塔、仏像などを破壊したり燃やした者が落ちる所になります。」
ここでは獄卒たちが鉄の棒を持ちながら逃げる亡者を追いかけていた。さらにそこら中には炎が燃え上がっており、道端には鋭い牙を持った蛇もうじゃうじゃといる。亡者は獄卒に捕まり鉄の棒で打ち据えられるか、逃げている最中に蛇に咬まれるか炎に焼かれるかと言った具合で、どこへ逃げても逃げ場は無い。
そしてお寺を燃やした罪といえば、歴史上の人物で1人思い浮かぶ人がいた。
「もしかして、織田信長ってここにいますか?」
「織田信長ですか?ええっと……織田、織田……あ、いますね。200年前ぐらいにここに来ているようです。」
「誰それ?現世の有名人?」
「はい。戦国時代の武将で、すごく有名な方なんですよ。」
「この方、他にも僧殺しや童殺しなど色々と罪が重なっているので、他の地獄とも被っていて今はどこにいるのか……」
ちょっとした好奇心から聞いてみただけだったが、思っていたよりも重い罪により複数の地獄を掛け持っているためお目にかかることは出来なそうだ。当然のことだがあの世には亡くなった方が来る為、教科書で習うような歴史上の人物も既に転生しているか天国行きでなければこの地獄のどこかにいるのだろう。それにもっと身近なところで言えば、今はまだ年齢的に早いかもしれないが、その内私の知り合いなんかも現れるかもしれない。そう思うと何とも不思議な感覚だ。
「そしてここが無彼岸常受苦悩処。自らの母を犯した者が落ちる地獄です。」
そういった性癖については理解できないししたいとも思わないが、ここでは今まで見た地獄の中でも少々特殊な拷問が行われていた。ここの獄卒が手にしているのは棍棒や刀ではなく、小さな鉄の鍵だった。その鍵を亡者のヘソに差し込むと、なんとそこから魂が現れたのだ。獄卒はその魂を取り出し、取り出した魂に次々と鋭い棘を刺していく。そしてその後はヘソに鉄の釘を打ち、口には熱した鉄を注いでいた。
「魂ってこんな感じなんですね。」
「なんかふわふわ〜って感じで面白いよね。」
「貴方はまた随分とふわふわした感想をお持ちで……」
「そう言えば、自分の子供を犯した者が落ちる地獄って無いですよね?」
「そう言われてみると、たしかに衆合地獄の悪見処は他人の子供が対象ですし……」
「う〜〜ん、無い……ね!」
「母親だけではなく肉親を犯した人などに範囲を広げて、子供も対象に入れるのはどうでしょう?」
「良いんじゃない?」
「そうですね。それでしたらすぐ承認も下りると思いますよ。」
そうこうしているうちに、莫大な広さを誇っていた阿鼻地獄も何とか全て周り終わった。私の体力もとうに限界を超えており、立っているのがやっとなぐらいだ。
「何とか1日で見終わって良かったですね。」
「ほんと阿鼻は広いよね。もうすっかり夜だよ〜」
「そうですね……本当に疲れました……」
「大丈夫ですか?お疲れなら閻魔庁まで抱えて飛んでいきますが……」
「いえ…!大丈夫です!それは流石に…!」
断ったのにはもちろん海棠さんを足代わりに使うことに対する申し訳なさもあったが、何よりもお姫様抱っこで抱えられているのを知り合いに見られるのは避けたかったというのが正直なところだ。実際、誰にも見られないのであれば、お言葉に甘えてしまいたいぐらいには疲れている。
「そうですか……」
「本当にありがとうございます。お気持ちだけ頂いておきます…!」
「はい、また阿鼻地獄にいらっしゃる際はいつでもご用命下さい。」
何故か少し寂しそうな様子の海棠さんに別れを告げ、私たちは閻魔庁へと戻った。阿鼻地獄はその罪の重さから、働いている獄卒たちもベテランの方が多いそうだ。おそらく妖の中では若い方であろう海棠さんにとっては、山ン本さんを初めとするそういった獄卒たちの中で働くことはなかなかに苦労が絶えないだろうなと心の中で勝手に同情する。
「そう言えば週明けの会議ですが、篁さんに茜さんも連れて来るよう言われましたのでそのつもりでお願いします。」
「会議ですか?」
「うん、涅がよく行ってるやつだよ〜。篁さんと今後の地獄について話すやつ。」
「えぇ……そんな大層な会議に私が参加していいんですか?」
「大丈夫ですよ。ちょうど年末なので、1年を通しての反省会の様なものだと思っていただければ。」
「そうそう!俺も行くから大丈夫だって〜」
「錦さんも一緒なんですね。」
「ええ、錦より茜さんの方がしっかりしていますのでご安心下さい。」
「ちょっと…!俺の方が一応先輩なんだけど!?」




