四十三、鴉
「はぁ、全く……これだから力を持ったじじいは嫌いなんだよ。」
「癖のある方だとは思っていましたが、まさかいきなりあの様なことをなさるとは……そろそろ御隠居するべきでは?」
「…………うちの代表が大変失礼致しました。」
私たちは今、阿鼻地獄の主任で鴉天狗の海棠さんと一緒にこれから阿鼻地獄を見て周ろうかというところだ。あの後、山ン本さんはひとしきり私で笑ってから「こんなに笑ったのは久しぶりだ。娘、先程の詫びとしてこれをやろう。」と言って、小さな木槌を投げてよこした。何でも危機的状況に陥った時にこの木槌を打ち鳴らせば、何処からともなく山ン本さんが現れて助けてくれるのだそうだ。あまり使いたくはないなと思いつつも、一応は受け取り懐にしまっておいた。
その後山ン本さんは、阿鼻地獄の案内にはコイツを使えと言って海棠さんを差し出したかと思えば、自分は何事も無かったかのように先に帰って行ってしまった。何とも噂通りなかなか癖の強いお方のようだ。急にこの状況で生贄の様に差し出された海棠さんはやや困り顔で謝罪を述べつつ、案内役を請け負ってくれることになった。
「では、私が責任を持って阿鼻地獄をご案内させていただきます……」
「ほんと頼みますよ!あなたは悪くないけども…!!」
「そうですね……あなたは何も悪く無いのですが……」
「本当に申し訳ありません……とりあえずは城から出ましょう。」
海棠さんも普段からこの破天荒な山ン本さんに困らされているだろうことは想像に容易く、若干同情の気持ちすら湧いてくる。それはそうと、阿鼻地獄を見て周るには海棠さんの言う通りまずこの城から出なければならないのだが……
「もしかして、また階段で8階分降りるんですか…?」
「はい、そうなります。」
「大丈夫ですか?先ほどのこともあってお疲れですよね。」
「本当におんぶしてあげよっか?」
心配してくれる涅さんには申し訳ないが、恐らく先ほどの山ン本さんのことがなくても疲れはあまり変わらなかっただろう。自分の体力の無さが心底恨めしい。しかしそんなことも言っていられないと「大丈夫です。」と虚ろな返事をして歩き出そうとした時……
「では、私が飛んで運びましょうか?」
「え…?」
「鴉天狗ですので、私でしたら此処から飛んで直ぐに城の下へ降ろせますが……」
「でも、その……ご迷惑じゃ……?」
「いえいえ、私1人でしたらいつもそうしていますし、女性1人ぐらいでしたら何も変わりません。」
「良かったじゃ〜ん!俺らは歩いて降りるから先に連れてってもらいなよ。」
「じゃあお言葉に甘えて……海棠さん、お願いしても良いですか?」
「はい、お任せ下さい。」
そして私はすぐにこのお願いを少し後悔する。海棠さんは当たり前の様にさっと私をお姫様抱っこの様な形で抱え、窓際へと歩き出す。これなら錦さんにおぶってもらった方が恥ずかしくなかったのではないかと思ってしまう。しかし今更そんな事も言っていられないので、恥ずかしさを抱えつつも黙っていると「では、しっかり掴まっていて下さい。」と言われ、次の瞬間、私は空へと浮かんだ。
「わっ…!」
思わず反射的に海棠さんに掴まる手に力が入る。すると、「絶対に落としませんので大丈夫です。」と、先程まで山ン本さんの後ろで静かに立っているだけだった彼は、空こそが自分の領域とでも言うかのように自由に楽しそうに飛んでいた。
「どうですか?風が気持ちいいでしょう?」
「本当ですね……まるで鳥になったみたいです。」
「お2人が降りてくるまでまだかかるでしょうし、もう少し飛んでみますか?」
「はい…!」
そうして2人が城から出て来るまでの間、私たちはしばしの空中散歩を楽しんだ。




