四十、石積み ⑴
いよいよ八大地獄の最後の砦、阿鼻地獄の改革に取り掛かろうかとしていた頃、地獄改革課の居室にある1本の電話が鳴った。
「はーい、こちら地獄改革課です。……あ〜、なるほどなるほど……それならうちの茜ちゃんですね〜。了解です〜、じゃあそちらに向かわせますね〜!はーい!」
何やら電話口から自分の名前が聞こえてきて思わず身構える。話している内容は一切分からなかったのだが、もしや何か問題になるようなことをしてしまったのだろうかと不安に思っていると、電話を受けていた錦さんが声をかけてきた。
「茜ちゃん、賽の河原から茜ちゃんにお助け要請来てたよ〜」
「賽の河原って、親より先に亡くなった子供たちが石を積むところですよね?何で私に…?」
地獄改革課は他の部署からの相談事なども随時受け付けている為、お困り事が起こった際に助けを求めた連絡が来ること自体は珍しくない。しかし何故行ったこともない所の方が、わざわざ私を名指しで指名してきたのだろうという疑問が残る。
「賽の河原って三途の川の近くにあるんだよね。前に三途の川の問題を解決したじゃん?どうもそれで三途の川の獄卒から話を聞いたらしく、あの子にお願いしよう…!ってなったみたいだよ〜」
「なるほど……それなら納得です。」
「涅は今会議行っちゃってるし、実は俺も他の仕事あってさ〜……ついて行きたいのは山々なんだけど、1人でも大丈夫そう?」
「はい。三途の川には前行きましたし、そこから近いなら大丈夫です!」
「助かるよ〜!じゃあ気をつけて行ってきてね!」
――――
と言うわけで、私は再び三途の川まで来ていた。此処に来るのは3回目だが、三途の川に何度も訪れる人間というのはそうそういないだろう。錦さんの説明だと賽の河原は三途の川よりももう少し奥に進んだところにあるとのことだったが、パッと見える所にはそれらしきものが見当たらない。こういう時にスマホがあれば、マップを開いて目的の場所を検索するだけですぐ分かるのにと心の中で1人愚痴る。
「ん?改革課の嬢ちゃんじゃないか。」
1人悩んでいる時に声をかけられて振り向くと、そこには三途の川の獄卒である碧さんの姿が。ちょうど道に迷っていた所に見知った顔を見つけ、少し安心する。
「碧さん…!お久しぶりです。」
「おう、こんな所でどうしたんだ?」
「それが賽の河原へ行きたいんですけど……」
私が事情を説明すると、それならと碧さんが賽の河原まで案内してくれることになった。こうして碧さんに助けられるのも3度目だ。態度こそ素っ気ないが、本当に優しくていい人……いや、いい鬼なんだなと思って歩いていると、遠くの方に子供達とそれを監視するように立っている獄卒たちが見えてきた。
「お、見えてきたな。あそこが賽の河原だ。」
「ありがとうございます…!本当に助かりました。」
「いや、別に。おかげで少しだが仕事もサボれたしな。」
碧さんはそう言って笑いながら私を賽の河原まで送り届けると、また直ぐに仕事へと戻って行った。
「こんにちは。地獄改革課から来ました茜です。」
「お待ちしておりました〜!さあさあ、とりあえずこちらへどうぞ。」
案内されるがまま着いていくと、河原では何やら不満気な様子の子供達とそれを嗜める獄卒たちがいた。両者の会話に耳を立ててみると、規則故に石を積ませたい獄卒と石を積みたくない子供達で対立しているようだ。
「見てもらえればわかると思いますが、この通り最近は素直に石を積んでくれない子供たちが増えておりまして……」
「なるほど……」
どうやら私に解決して欲しい問題とはこの事のようだ。賽の河原では親よりも先に亡くなってしまった3歳ぐらいから小学生ぐらいまでの子供達が集められ、毎日石を積み上げてはある程度のところで獄卒にそれを壊される。積み上げては壊され、積み上げては壊されということを繰り返していると、そのうち地蔵菩薩がやってきて転生させてくれるらしい。そのため、この賽の河原から出たかったら大人しく石を積み続けるしかないのだ。
しかし、彼らは何故石を積むことを拒否しているのだろうか。一先ず本人達に話を聞いてみる必要がありそうだ。
「こんにちは〜」
「……こんにちは。」
「お姉さん誰?」
「あれ?ツノが無い!鬼じゃないの?」
声を掛けるとよほど来訪者の姿が珍しいのか、子供達はすぐにわらわらと私の周りに集まってきた。
「お姉さんはみんなと同じ人間だよ。」
「何で大人の人がここにいるの?」
「ここは子供しか来れないんだよ。」
「お姉さんもね、みんなと同じで修行中なんだ。でも大人だから、石積みじゃなくて別の所で別の修行をしてるの。」
「えぇ〜、僕もそっちがいい。石積みつまんないもん。」
「どうせ鬼に壊されちゃうし意味ないよね。」
「私も石積みやだ〜。動画見たい〜」
「ねーねー、お姉さんなんか面白いもの持ってないの?」
子供達と話してみて見えてきたことは、まず単純に石積みという至極単純で面白味のない作業が子供にはひどく退屈だと言うことだ。これはその退屈な作業を続けること自体が修行のようなものなのだが、確かにテレビやタブレットやゲームが当たり前にある環境で育ってきた現代の子供達にとっては中々に辛いだろうと言うのも理解できなくはない。
更に石を積んでも鬼に壊され、それをどれほど繰り返したら良いのかわからないという終わりの見えなさも、子供達のやる気のなさの原因となっている気がする。特に年齢の高い子や、長くここに居る子の方がその態度は顕著であった。実際に地蔵菩薩が迎えに来るタイミングは人によっても大きく異なり、1年で転生できる子もいれば5年以上も転生できずここに居続ける子もいるのだ。
一説には、親が子供の死を嘆き悲しんでいる内は賽の河原から出られないなんていう言い伝えもあるらしい。子供の死を嘆くなんて至極当たり前のことだが、どこかで折り合いをつけなければならないのだろう。
「どうですか?何かいい案はありませんかね……」
「そうですね……ちなみに本来は一日中石を積まないといけないんですか?」
「えぇ、規則だと1日12時間積まないといけないことになっておりまして、本来は朝の6時から12時までと、13時から19時まででやっています。」
親より先に死んでしまったと言うだけで、こんなに小さな子供達が1日に12時間も石を積まなければならないなどそもそもの設定がおかしいのではないだろうか。更に子供達の手を見てみると、石積みで出来たのかその小さな手には傷や赤切れが出来ている。唯一の救いは流石の獄卒達も石を積まないからと言って子供相手に手を出すようなことはなく、やっていることは本当に石を積むように指示することと、積まれた石を壊すことだけだということだ。そのため、子供達もさほど鬼を怖がっている様子はないのである。
「なるほど……ちなみに時間を減らすことって出来ませんかね?」
「それは我々だと何とも……」
「つまり閻魔大王の承認さえあれば良いってことですよね?」
「まあ、そうなりますね……」
「分かりました。では一旦持ち帰ってもいいですか?閻魔大王に直談判してきます。」




