三十九、犯持戒人
束の間の休息も終わり、私は大焦熱地獄に来ていた。大焦熱地獄は「犯持戒人」の罪を犯したものが落ちる地獄である。犯持戒人とはあまり聞き馴染みのない言葉だが、童女や尼僧などの清く聖なる者を犯した罪だそうだ。
そんな大焦熱地獄を案内してくれているのは、大焦熱地獄の主任である千草さん。彼女は姑獲鳥という妖らしく、その脚と腕は鳥のようになっている。さらにその腕の中には大事そうに子供の姿の人形のような物を抱えていたが、それについてはあまり触れない方が良いと珍しく真剣な表情の錦さんから釘を刺されていた。
「貴方が茜さんね……まだ子供ではありませんか。可哀想に……私のことは地獄の母とでも思って下さい。」
「えっと……一応私、数年前に成人してまして……」
「千草さんの中ではまだまだ子供なんだよ〜」
こんな具合に千草さんは大層子供好きというか母性本能の強い妖のようで、特に子供に対して罪を犯した亡者に対しては容赦のない拷問を行っているとの噂だ。大悲処という恩師や教え子の妻や娘を騙して犯した者が落ちる地獄があるが、そこでは自ら亡者を捕まえ刀の生えたヤスリのような床に擦り付けて、大根おろしでも作るかのように元の形が分からなくなるまですり潰していた。
「ここって、被害対象は女性だけなんですか?」
「ええ、そうですね……」
千草さんは、返り血で汚れた着物を気にする様子もなく亡者を片手に平然と答える。
「何か気になることでもあったの〜?」
「被害者が娘じゃなく息子の場合は罪にならないのかなと思いまして……」
「……!そうよね……中にはそういった趣味の人もいるものね……男であろうと女であろうと子供達に何かするなんて絶対に許せないわ……」
「そうですよね。ではここは対象を少し変更しましょう。」
「えぇ、そうして下さる…?そんな最低な者は全員跡形もなくすり潰してあげるわ。」
そう言う千草さんの言葉には覇気がこもっており、本当に自分の手で亡者全員をすり潰してしまいそうな勢いだ。
「ここは雨縷鬘抖擻処……国が危機的状況に陥ったときに、その混乱に乗じて尼僧を犯した者が落ちるところです。」
「国の危機的状況っていうのは、戦争とかですか?」
「勿論それもありますし……自然災害なども考えられますね。」
「なるほど……」
確かに災害時などはその混乱に乗じて犯罪が起きやすいとも聞く。昨今は現世でも、避難所での性犯罪についての話題がメディアなどで取り上げられたりもしていた。ここでの対象は尼僧だけとなっているが……
「ここも尼僧だけではなく、普通の女性や子供も対象にするのはどうでしょう?」
「そうだよね〜、災害時なんかだと特に一般の女性とかが狙われるかもしれないし。」
「えぇ……私も賛成ですわ。」
ここでは自動で回転する刀が色々なところから生えており、身動きをするだけであっという間に切り刻まれてしまう。もちろん地獄なので死んでも身体はすぐに再生され、また切られてということが永遠に繰り返される。構造上、獄卒が直接手を動かす必要はないので至って効率的な地獄と言えるだろう。
そしてそんな地獄と対照的なのが……
「こちらは大身悪吼可畏之処……出家した女性を犯した者が落ちるところです。」
ここでは獄卒が毛抜き鋏を手に取り、亡者の全身の毛を周りの肉もろとも一本ずつ手作業で抜いていた。一本抜くたびに、大焦熱地獄には大きな悲鳴が響き渡る。
「わぁ〜、これは大変そうだね。」
「そうですね、これは獄卒の負担が大きそうです……」
「えぇ、実際に此処の担当にだけはなりたくないって言う獄卒も多くて……」
「獄卒の負担を減らせるいい方法があると良いんですけど……」
私たちは大身悪吼可畏之処の前で暫し立ち止まり検討する。この作業を自動化出来るような何かいい物はないのだろうか。役に立ちそうな現世の機器などがないかと考えながら毛を抜かれている亡者を見ていたら、ふと一つのものが頭によぎった。
「これって、肉ごといっちゃっていいんですよね?」
「えぇ、むしろその方が罰になりますし……」
「1本1本では無くなってしまうんですけど、コンバインを使うとかどうですかね…?」
「コンバイン……って何だっけ?聞いたことあるような無いような。」
「稲刈りの時とかに使う農機具なんですけど、刃が回転して作物を刈り取る感じですね。」
「それで亡者の毛を刈り取ると言うことですか?」
「はい、毛だけではなく肉も一緒に巻き込まれる感じになると思うので上手く行くかはわからないんですけど……」
「お〜、面白そうじゃん!失敗しても良いからとりあえず一回試してみよ〜」
その後、私たちは現世から手押し式の小型コンバインを取り寄せ、実際に大身悪吼可畏之処の亡者で試してみることにした。
「これだと、ちょっと巻き込まれすぎですよね。」
「じゃあもっとガッチリ亡者を固定してみたら?こう、なるべく真っ直ぐ伸ばす感じで。」
「亡者を横並びにして、その上を走らせる感じにするのはどうでしょう?」
「お、それいいじゃん!」
「確かにそれでしたら毛を1本1本抜いていた時のジワジワ感も残せますものね……でも人間に使うには少し大きいかしら…?」
「もう少し小型の物があると良いんですけど……」
「じゃあ開発部に頼んでみる?」
そんな錦さんの一言によって、現世から調達した手押し式コンバインは開発部の拷問器具課へと送られ、数日後には人間の身体に合わせたサイズまで小さくなった状態の試作品が返って来た。コードレス掃除機ぐらいのサイズ感になったそれを試してみると、ちょうど身体全体は持っていかれないものの周辺の肉は巻き込まれるといった具合で、まさに理想としていた出来だ。今までは身体を屈め目を凝らしながら1本1本毛を抜いていた獄卒たちも、立って掃除機をかけるような感覚で亡者の上を滑らせるだけになったので負担は減るだろう。
「この機械……さっそく獄卒たちにも試してもらったのですが、かなり楽だと好評ですよ。」
「それは良かったです…!閻魔大王の承認もおりましたし、開発部にも追加で制作をお願いしておきますね。」
「はい、お願いしますね……また何かあったらいつでもいらして下さい。」
そう言うと、千草さんはまるで子供にでもするかのように、ふわふわとした羽根のような手で私の頭を優しく撫でてくれた。こんなことをされるのはいつぶりだろうか。何だか温かいようなくすぐったいような不思議な気持ちになる。
大焦熱地獄では他にも、自分と関係を持たなければ王に嘘を吹き込み罰を受けさせると脅迫して僧を誘惑し堕落させた女性が落ちる苦鬘処や、酒に酔った勢いで姉妹を犯した者が落ちる髪愧烏処などがあった。苦鬘処は王という部分を現世の情勢に合わせて上司や親族などの逆らいずらい人へと変更し、髪愧烏処は酒を飲んでいるかいないかに関わらず姉妹を犯した者へと範囲を広げることにした。この辺りは書類上の変更だけなので、いつものように篁さんと閻魔大王の承認さえもらえれば完了である。
こうして大焦熱地獄の案件は一旦切り上げとなり、残すはいよいよ地獄の最下層、最も重い罪を犯した者達が落ちる阿鼻地獄だけとなった。もちろん私に残された時間も刻一刻と迫ってきており、残すは1ヶ月と少し。約束の期間が過ぎた後も此処にいられるのだろうかという不安を抱えながら、どちらに転ぼうとも悔いだけは残らないように、せめてやれるだけのことをしようと前向きに考えることにした。




