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三十八、甘味

「――で、なんで僕がランニングに付き合わなきゃならないわけ…?」

 

「だって、今日は道場お休みなんですもん。皆さんで温泉旅行に行くらしいですよ。それで土方(ひじかた)さんに1人でできることないですかって聞いたら、とりあえずもっと体力つけろって言われて……」

 

「いや、誰それ……僕だってランニングじゃなくて温泉がいいよ……」

 

「あの新選組の副長ですよ…!」

 

「だから知らないんだって……」


 私はあれから休日の度に道場へと通い、護身術の稽古を受けていた。しかし生前は運動とは無縁の不健康生活を送り、基礎体力も人並み以下だった私はすぐにバテてしまうため、今日はたまたま休みの被った長春(ちょうしゅん)さんを引き連れて体力作りをしようとランニングに来たのだ。いつもは着物の私たちも下に袴を履き、髪も一つに結んで準備は万端だ。


「はぁ……君が珍しくお願いがあるなんて言うから……二つ返事で了承した僕が馬鹿だったよ。」

 

「まあまあ、今度長春さんの予定にも付き合いますから。」

 

「……言ったね?あー、何してもらおっかなー。」

 

「あの……買い物に付き合うとかそれぐらいのつもりで言ったんですけど……」

 

「最初に言われてないので却下。正当な権利として行使させてもらいまーす。」

 

 そんなことを話しながら閻魔庁近くの道をぐるっと周り、30分ほど走っただろうか。既に体力は限界を迎え、息を切らしながら近くの木陰に座って休憩を取る。


「はぁ……はぁ……」

 

「本当に体力ないね。最初はあんなにやる気に満ち溢れてたのに。」

 

「いや、結構頑張ったと思うんですけど……鬼と一緒にしないでくれます?それにしても、長春さんは意外と何ともなさそうですね……?」

 

「まあこれぐらいならね。」

 

「えぇ〜、長春さんはそういうキャラじゃないじゃないですか。絶対仲間だと思ってたのに……」

 

「残念でしたー。これでも一応鬼だし男なので。」


 長春さんは常日頃から気怠げな態度で、自ら肉体労働は専門外なんて言うぐらいだからてっきり私と同じ様に軟弱な部類だと思っていたのだが、どうやらそう思っていたのは私だけだったようだ。思い返せば男の亡者を吹っ飛ばせるぐらいの力はあったし、長い髪と中性的な見た目をしているがよく見れば身長は高いし身体つきもしっかりしている。やる気さえあれば意外にも身体能力は高いのかもしれない。


「はぁ〜……私も強くなりたいです……」

 

「強くなった茜ちゃんかぁ……想像すると普通に怖いな〜…」

 

「理想は棍棒をブンブン振り回して亡者を薙ぎ倒せるぐらいムキムキになることです。」

 

「ふはっ、それは強くなりすぎじゃ無い?逆に見てみたいかも。」


 現世にいた時に言われていた女の子らしいだの細いだの白いだのと言う他者の評価なんて、所詮は私のことを何も知らない人が見たただの上澄みでしかなく、本当にそうだったとしても何の役にも立たない事ばかりだ。そんなことよりも、私は男の人にも負けないぐらいの強さが欲しい。亡者が襲ってきても蹴り飛ばして退けられるぐらい強くなりたい。いつまでも逃げるだけの、誰かに守られてばかりのお荷物ではいたくないのだ。


「まあ地獄で働いてたら、嫌でもそのうち強くなるんじゃない?」


「そうですかね…?」


「衆合地獄のお姉さん達だってああ見えて凄いからねー。亡者の1人ぐらい、こうポーンと飛ばせる様になるって。」


 そう言って長春さんは、道端の石を拾って後ろに流れる川に向かい緩やかに投げて見せた。石は水面に当たり、ポンっポンっと何度か跳ねた後そのまま沈んでいった。

 

「ふふ、それは良いですね。」


 私も真似して川に向かい石を投げてみる。石と一緒にモヤモヤした思いも飛んでいったような気がして、なんだか少しスッキリしたような気持ちになった。


 

 ――――


 

「そういえばさ、この近くに新しく異国のお茶を取り扱ってるお店が出来たんだって。走って喉乾いたし行ってみない?」


 しばしの休憩の後、息を整えてから寮へ向かって歩いていると長春さんからこんな提案をされた。ランニングですっかり疲れていた私にもちろん断る理由も無く……

 

「良いですね。異国って言うと紅茶とかですか?」

 

「そうそう、他にもインドのお茶とか中国のお茶とかもあるらしいよ。あとチャイって言う飲み物が美味しいって聞いた。」

 

「それは良いですね。でもチャイは苦手なので違うのにします。」

 

「そうなの?」

 

「どうもスパイス系が苦手で……普通のミルクティーの方が好きなんです。」

 

「まあ色々あるらしいし好きなの頼むと良いよ。甘味もあるみたいだしさ。」


「わぁ〜、何があるんでしょう!紅茶ならスコーンだし、中国茶なら月餅ですかね〜。」


「ご機嫌になったみたいで良かった。」


「え?」


「何でもなーい。早く行こ〜」


 それから私たちはそのカフェに行き、暫しの間仕事のことも忘れてゆっくりと過ごした。私はまさかあの世でお目にかかれるとは思わなかった生クリームたっぷりのパンケーキとフルーツティーを注文し、ペロリと完食しては長春さんを驚かせたのだった。

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