三十七、邪見 ⑵
「あら、何だか難しい顔してるわね〜」
「あ、瑠璃さん……実は特にこれと言った改善点が思いつかなくて……」
「あら〜、良いことじゃない。変える必要がないってことでしょ?」
「良いこと……そうですよね。」
改善点が見つからないと言うことは、無駄な業務もなく適切な運営が出来ているということなのだから確かに良いことで間違いないだろう。しかし地獄改革課の私からすると、何も手をつける場所がないと言うのは仕事がないというのと同じだった。もっともっと働いて成果を出さないといけないのに……
一通り焦熱地獄の見学を終えた私たちは、瑠璃さんに挨拶をして焦熱地獄を後にする。せっかく涅さんについて来てもらったというのに、何の成果も得られず申し訳ない気持ちを抱えながら、階が下がり到着まで少し時間がかかる様になったエレベーターが着くのを待つ。
「茜さん、何か焦っていますか?」
「え……?」
「いえ、思い違いだったら気にしないで下さい。ただ、何というか……生き急いでいるように見えましたので。」
涅さんにそう言われて、初めて自分が焦っていることに気がついた。しかし何で焦っているのかと聞かれれば、答えは明白だ。今は10月で、私が亡くなったのは12月。つまり篁さんとの約束の期限である1周忌まで、あと2ヶ月しかないのである。私はその時まだここに居られるのか、それとも転生させられてしまうのか。そんな不安から、無意識に焦りを感じていたのだろう。
「生き急ぎすぎてもう死んでるんですけどね。……でも、確かに涅さんの言う通りです。成果を出さなきゃって無意識に焦っていたのかもしれません。」
「そうでしたか。……そうだ、この後少し寄りたいところがあるのですが、ついて来てもらってもいいですか?」
「はい、もちろんです…!」
そうして涅さんに連れられて来た場所は、等活地獄。等活地獄に来たのは久しぶりだなと思っていると、以前来た時には無かったであろう建物が目に入ってくる。獣獄卒たちの古びた住居があった場所には、見違えるほど綺麗な新しい建物が出来ていた。そしてその周りには緑の芝生が生い茂る広場の様なものもあり、休日と思しき獣獄卒たちが数匹走り回っている。さらにその横には住居より小さい建物も出来ており、ガラス張りになっているベランダから中を除くとそこでは小さな犬や狐たちが楽しそうに遊んでいた。
「ここって……」
「えぇ、新しい獣獄卒たちの住居と託児所ですよ。」
「託児所が出来たって話は聞いてましたけど、住居も完成したんですね。」
「つい先日全ての工事が完了したとの連絡を受けまして、時間のある時に茜さんを連れて来ようと思っていたんです。」
託児所の前あたりで涅さんと話していると、中から子犬を抱いた小柄なお爺ちゃんが出てきた。
「おやおや、涅さんじゃないですか。今日はお仕事で?」
「綱吉さん、お疲れ様です。今日は仕事終わりにちょっと様子を見たくて寄ってみただけですよ。」
綱吉さんと言うことは、この人が江戸幕府の5代将軍、徳川 綱吉だろうか。将軍と言われると何だか近寄り難いイメージがあったが、目の前の綱吉さんは穏和で優しそうなお爺ちゃんにしか見えない。
「そうでしたか。それで、隣の方は?」
「初めまして…!地獄改革課の赤銅 茜です。」
「おや、と言うことはあなたがここの発案者ですね。見ての通り、あなたのお陰で子犬たちはこうして元気に過ごしていますよ。」
「それは何よりです…!」
託児所の庭で綱吉さんに挨拶をしていると、預けている子供達を迎えに来たのか、仕事終わりと思われる獣獄卒たちがやって来た。
「お、人間の嬢ちゃんじゃねーか!元気にしてたか?」
「はい、お疲れ様です。」
「そうそう、何日か前に俺たちの家も出来上がってな!いや〜、前の所とは比べ物にならないぐらい良いよ!」
「本当ですか?それは良かったです。」
「色々ありがとな!」
「ね?茜さんは既に十分な成果を出していると思いますよ。」
「そうですかね…?」
「えぇ、皆さん茜さんに感謝してるじゃないですか。ここの獄卒たちの顔を見ればわかります。」
涅さんは、不安を抱えて焦っている私を安心させるためにここに連れてきてくれたのだろう。そんな優しさに、私も焦っているだけじゃダメだと、例えどんな結果になったとしても今やれるべき事をやろうとそう思えた。




