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三十六、邪見 ⑴

 仕事に戻った私の頭を悩ませていたのは、次に取り掛かろうとしていた焦熱(しょうねつ)地獄のこと。焦熱地獄は仏教の教えとは相容れない教義を広め、自らを含めた多くの者の命や財産を損なった「邪見(じゃけん)」の罪を犯したものが落とされる地獄だ。仏教と相容れないとは言ってもただ単に他の宗教を信仰しているからダメということではなく、例えば殺生をすることは良いことだなどという誤った考えを持つ者が対象となる。


 ちなみに殺生をすることで天国に行けると述べた者たちが落ちる小地獄は実際にあり、名を大焼処(だいしょうしょ)という。その名の通り亡者の身体を外側からも内側からも焼き尽くす地獄なのだが、そんな信じ難いことを述べる亡者が本当にいるのだろうか。他にも焦熱地獄に付随する小地獄には、飢えて死ぬと天国に行けると説いた者や、殺人は悪くないと説いた者、火によって焼き殺された者は幸福を得られると説いた者など、普通の人間からしたら到底理解し難い罪に細かく分けられている。


 本当にそんな人が存在するのか、そして存在するなら何の意味があって亡者たちはそんなことを述べているのか、とりあえず考えていてもわからないので実際に見に行ってみることにした。

 


 ――――

 


「はいは〜い、焦熱地獄へようこそ!代表の瑠璃(るり)よ。よろしくね。」

 

「本日はよろしくお願いします…!地獄改革課の茜です。」

 

「茜さん、先に言っておきますが、この方はこう見えて男性の妖です。距離感にはお気をつけ下さい。」

 

「なんなのよ(くり)、その注意喚起は!?別にいきなりとって食いはしないわよ!」

 

「でも貴方飛縁魔(ひのえんま)ですし、一応伝えておいた方がいいかと。」

 

 瑠璃と名乗った焦熱地獄の代表は、綺麗な着物を見に纏い頭には頭巾を巻いていた。見た目は女の人と見紛うほどの美人だが、よく見ると身長は涅さんと同じぐらい高く性別は男性らしい。これは後から聞いたことだが、飛縁魔とはその美貌で男を惑わしとり殺す妖だそうだ。和製版サキュバスといったところだろうか。ちなみに瑠璃さんは男性でも女性でもどちらでもいけるらしい。


「全く失礼なんだから…!もう〜、茜ちゃんは気にしなくていいからね。」

 

「は、はい。」

 

「さあ、お小言のうるさい先輩は放っておいて早く見て周りましょ〜」


 焦熱地獄はその名前からも想像できるように、そこらじゅうで炎が燃え盛っており、他の地獄と比べても非常に暑い地獄である。付随する各小地獄でも炎を使った罰が多いのが特徴的だ。


「ここは分荼梨迦処(ぶんだりかしょ)。飢えて死ぬと天国に行けると説いた者が落ちる地獄ね〜」

 

 ここでは亡者の身体中から炎が吹き出し苦しみを与える。更に助けを求めて池に飛び込もうとすると、その池は水ではなく炎で出来ており、より一層苦しむことになるのだ。


「でも、何故そのようなことを説くのでしょうか?」

 

「これは私の推測なんだけど、昔は今みたいに豊だったわけじゃないし口減らしとかもあったでしょ?だから飢えて死ぬと良いことがあると信じさせることで、自分の食い扶持を増やそうとしたんじゃないかしら。」

 

「なるほど……」

 

「最近だと口減らしっていうのはあまりないけど、ネグレクトって言ったかしら?子供に食事を与えないで殺した親なんかも来るわね。」


 飢えて死ぬと天国に行けるなんて言葉を信じて亡くなった子供がいると思うと、あまりに可哀想でいたたまれない。亡くなった子供は(さい)の河原で石を積み転生を待つことになるだろうが、今度こそはいい家に生まれ変われることを願うばかりだ。


「こっちは鉄鑊処(てっかくしょ)ね〜。殺人を犯しながら、俺は苦しみから解放してやったんだ!悪くない!みたいな思考の奴らが落ちるところね。」

 

「なかなかのサイコパスですね……」

 

「そうですね。焦熱地獄自体、そういった者たちが集まる場所とも言えるでしょう。」


 ここではそれぞれ中身の違う6つの大きな釜があり、順番にその釜に入れられ煮られることになる。釜の中身は熱沸の銅であったり、鋭い刃が付いていたり、毒蛇が入っていたりと実に様々だ。


「そしてここが饒骨(にょうこつ)髄虫処(ずいちゅうしょ)。死んだら当たり前に人間に生まれ変われると信じて、自殺した者が落ちる地獄よ。」

 

「ここは茜さんが来る前に少々変更したんですよね。」

 

「あ!確か元の罪がかなり限定的な死に方だったやつですよね?」

 

「そうそう!最初は牛の糞に火をつけて焼身自殺した者が落ちる地獄だったのよ。」


「これは流石に我々も首を傾げましてね。私と錦が就任してから初めに変更したのが此処かもしれません。」


 何故そんな限定的な地獄を作ったのかは今となってはわからないが、結果的には私が来る前に既にいい形にまとまっているので問題なさそうだ。ちなみにここでは鉄の杵で形が分からなくなるまでどろどろに潰され、他の亡者とも混ざり合い肉の塊となったところに火をつけて燃やされる。遠目に見ればハンバーグでも作っているかのような工程だ。


 私からすると焦熱地獄の罪はどれもとても考えられないような思考だったが、世の中にはそう言った理解し難い考えを持つ人が意外にもいるということがわかった。最初は名ばかりの地獄かとも思っていたが、実際にそこへ落ち罰を受けている亡者は他の地獄に比べると少ないながらもそれなりにはいる。この期に使われていない地獄は改善なり廃止なりしようと意気込んでいたのだが、思いのほか未だに使われているということがわかったので、そのまま置いておいた方がいいだろう。


 となると、困ったことにこれといった改善点が思いつかない。

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