三十五、誠と覚悟
ある日の休日、私は閻魔庁から30分ほど歩いたところにある道場の前に来ていた。篁さんから貰った地図を手掛かりに来たが、ここで合っているのだろうか。道場の門には試衛館と書かれた看板がかかっており、中からはなにやら賑やかな男達の声が聞こえてくる。恐る恐る重たい門を開け中を覗くと、ちょうど練習の合間の休憩中だったのか、そこには筋骨隆々な男達が衣服を乱しながら思い思いに寛いでいた。見たところ全員角や獣耳などはなく、普通の人間の様に見える。
「……ん?おーい、お客さん来てるぞー。」
「お、誰だ誰だ?道場破りには見えないが。」
「人間の女の子じゃない…?こんな所でどうしたのかな。迷子?」
私が声を掛けるより先に、私の存在に気づいた男性達は何だ何だとぞろぞろと集まってきてしまった。
「あ、すみません……篁さんから紹介を受けて来たんですけど……」
「お〜〜、すまんすまん!俺の客だ。」
そう言って中から出てきたのは、一際体格のいい30代ぐらいの男性だった。初めて会うはずなのに、どこかで見たような気がするのは何故だろうか。
「君が茜くんかい?」
「はい、閻魔庁で働いている赤銅 茜です。よろしくお願いします。」
「俺はこの道場で師範をやっている近藤 勇だ。篁さんから話は聞いてるよ。よろしくな。」
そう言われて差し出された手は大きくゴツゴツとしていて、私の手は一瞬にしてすっぽりと隠れてしまう。そして何よりも気になったのはその名前だ。どこか見覚えのある風貌と近藤勇と言う名前から、もしかしてと思っていると……
「近藤さん、その子が例の護身術がどうとかっていう子か?」
「あぁ、トシ。篁さんからの頼みだからね。それに地獄で働くなら自分の身を護る術はあった方がいい。」
「そうだな。うちは実践向きだし。とりあえず、今日は俺か近藤さんがつくか?」
「では、今日はトシに任せよう。」
――――
「――よし。で、次はこうだ。普通に力で対抗しても勝てないから、力を抜いて下に体重をかけろ。」
「はい…!」
「そして相手が怯んだ隙に急所を狙え!」
「いや〜、道場に女の子がいるってのは新鮮でいいな。」
「本当だな。うちは男所帯でむさ苦しいからな〜」
「おい、お前ら!無駄口叩いてる暇があったらさっさと稽古でもしてろ!」
今私に護身術を教えてくれている、トシと呼ばれていた彼の名前は土方 歳三だった。近藤勇に土方歳三とくれば、もうお分かりだろう。そう、彼らは新選組で、ここは新選組の運営している道場だったのだ。どうして新選組の皆さんがあの世で道場を営んでいるのかはわからないが、幕末の偉人と会えるというのは実に不思議な感覚だ。
ちなみに私は生前、新選組を題材にしたゲームにハマっていたことがあり、歴史上の人物では新選組が1番好きだと言える。そんな新選組の皆さんとまさか同じ空間にいて、更には直接指導を受けることが出来るなんて……この日ほど地獄で働いていてよかったと思ったことはない。
「今日はありがとうございました…!」
「おう、じゃあまた来週な。」
こうして週末の1日は、試衛館にて護身術を教えてもらえることになった。身体を動かすことは学生の時分より苦手だったが、推しに教えてもらえるとあれば何だか頑張れそうな気がする。今度は地獄で亡者に襲われても、なんとか自分で対処できるぐらいになるのが当面の目標だ。
――――
それから数日後、少し遅めのお昼休憩を取り、いつものように食堂でご飯を食べていると後ろから声をかけられた。
「おや、茜さんお疲れ様です。」
「篁さん…!お疲れ様です。食堂でお会いするのは珍しいですね。」
「今日は裁判がスムーズに進みましてね。おかげでゆっくり食事にありつけそうです。」
「そういえば先日、篁さんにご紹介いただいた道場に行ってきたんですよ。」
「それはそれは。行ってみて、実際どうでした?」
「それはもう凄かったです…!まさか新選組に教えてもらえるなんて…!」
実際に道場に行った際はそんな素振りを見せないように気を遣っていたが、内心はかなりテンションが上がっていた。そのため、新選組を知っているであろう誰かに話したくて仕方なかったのだ。
「おや、茜さんは新選組をご存知でしたか。」
「もちろんです!ご存知もなにも、実は生前からファンというかなんというか……」
「そうでしたか。新選組の皆さんは現代人にも人気があるのですね。」
「名前を聞いた時は本当にびっくりしましたよ。それにしても、新選組の皆さんは何でこちらで暮らしているんですか?」
「あぁ、それはですね……まあ簡潔に言ってしまうと、私がスカウトしたからなのですが……」
「そうなんですか!?」
「あれは確か、慶応4年頃だったでしょうか……普通裁判の時はどんな屈強な亡者でも少しは不安を伺わせるものですが、閻魔大王の前でも妙に堂々としている人物がおりましてね。」
――――
「なるほど、其方が新選組の近藤勇か。時代とは言え、多くの者の命を奪っていることに変わりはないな?」
「はい。私は幕府の為、自らの夢のためにこの手を汚してきました。地獄に落ちる覚悟はとうに出来ています。」
「ふむ……ここまで豪胆で実直、さらに剣の腕まで立つ人材をただ地獄に落とすというのは実に惜しいですね。」
「……篁くん、また何かよからぬことを考えてない?君は優秀な人材を集めて地獄でも乗っ取るつもりかい…?」
「人聞きが悪いですね。私は地獄の運営をより良いものにする為に色々と考えているだけですよ。」
その頃近藤勇はというと、自分を前にコソコソと話し合う閻魔大王とその補佐官をみて、「これは何かを試されているのだろうか?」などとあらぬ誤解を生んでいた。
「……では、其方の判決を言い渡す前にこちらから一つ提案がある。」
「はい、何でしょうか。」
「新選組で振るったその力、地獄のために役立てる気はあるか?」
「……それは、鬼になり地獄に落ちた人間を苦しめるということでしょうか?」
「いいえ、貴方にやってもらいたいのはその鬼達の育成です。」
「育成……」
「地獄に落ちた人間は鬼をはじめとした獄卒から罰を受けるわけですが、当然逃げようとしたり暴れたりと抵抗する者もいます。貴方は人間ですので、同じ人間として人間に対する戦い方を獄卒達に教えていただきたいのです。」
「……それは構いませんが、それでは私の罰にならないのではありませんか?」
「そうですねぇ……ではこういうのはどうです?現世で殺した人の10倍、貴方の手で獄卒達を育てて下さい。それが貴方の償いとなるでしょう。」
「……わかりました。そう言うことでしたら、やらせていただきます。」
――――
「――という感じで、新選組ではじめにスカウトしたのが近藤勇さんですね。」
「なるほど……」
「それから彼には、自分が地獄に落ちるのは構わないが、今後ここに来るであろう仲間達はどうにかならないかと言うご相談を受けまして……これは私も非常に迷ったのですが、罪の軽く有能な者のみを特別に補佐としてあの世へ置くということでまとまりました。」
「そんな経緯があったんですね。」
「もちろんその都度ご本人のご意向もお伺いして、中には転生した者もおりますが。今道場にいるのは近藤、土方、沖田、永倉、原田の5名ですね。」
「みなさん新選組で隊を率いていた方ですよね。」
「えぇ、そういえば来月も中途採用の獄卒を対象に指導をお願いしているんですよ。彼らは実践向きですし、何より人間ですがその辺の鬼よりも強いので我ながらなかなか良い判断だったと自負しています。」
まさか新選組の皆さんも私のように篁さんから驚きの提案を受けていたとは……。それにしても、生物学上は同じ人間であるはずなのに、鬼よりも強いとは本当に凄いのだなと尊敬と畏怖の念を抱いてしまう。それと同時に、私も数年後か数十年後か、篁さんに採用して良かったと思ってもらえる人材になりたいと強く思った。




