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三十四、妄言 ⑶

「お次は受鋒苦処(じゅほうくしょ)ですね。ここはお布施をすると言いながらしなかった者や、お布施の内容に言い掛かりをつけた者が落ちる地獄です。」

 

「お布施ってあれですよね?お葬式とか法事の時とかに渡す……」

 

「そうですね。僧侶に渡す謝礼のことです。」

 

 ここでは熱した鉄の串で亡者の舌と口を縫い付けるように刺していた。これでは言い掛かりをつけることはおろか、助けを求めることも泣き叫ぶこともできないだろう。


「ここに落ちる人たちは、要するにクレーマーってことですよね?」

 

「そうとも言えるね〜」

 

 クレーマーも難癖をつける相手が僧侶に変わった途端にこの罰だ。それならいっそお布施に限定せず、受けたサービスや購入品に後から言い掛かりをつけたり金銭を支払わなかった者などに変えても良いのではないだろうか。私も接客業をやっていたことがあるのでわかるが、彼らは何度も繰り返すし更には人を選んでやっているのでなかなかに悪質だ。若干の私情も入っているかもしれないが……

 

「ここもお布施に限らず少し範囲を広げたいんですけど……」

 

「確かにお布施だとかなり場面が限られてくるし良いんじゃない?」


 そうして1日のうちになんとか17個の小地獄も見終わり、残すはあと一つとなっていた。

 

「こちらの受苦無有(じゅくむう)数量処(すうりょうしょ)で最後ですね。ここは目上の者を陥れた人が落ちる地獄です。」

 

 受苦無有数量処は先程までの血に塗れた地獄の雰囲気とは打って変わり、地獄では珍しくあたり一面に植物が植えられていた。

 

「何だかあまり地獄っぽくありませんね。」

 

「まあ見た目はそうですね。うーん、ちょうど良いのがあるかな?」

 

 そう言うと(かや)さんはキョロキョロと辺りを見回し、目的の物を見つけたのか奥の方へと進んで行く。

 

「お2人も此方へどうぞ。あ、足元お気をつけ下さい。」

 

「お〜、随分茂ってるね〜」

 

 言われるがままに着いていくと、生い茂る草木の前で軍手を差し出された。

 

「ちょうど良い具合に成長したのがあったので、抜いてみますか?」

 

 茅さんの視線の先をよく見ると、草木の下には顔色の悪く精気の無い亡者がおり、辺り一面の植物は全て亡者の身体から生えていた。

 

「なるほど……そう言うことだったんですね。」

 

 それから改めて周りをよく見返すと、ここにある植物たちは全て亡者を苗床として成長している様であった。

 

「ここでは傷口に種を植えて、植物が成長して根を張ったら引き抜くのが罰となっています。」

 

「このまま抜いちゃっていいんですか?」

 

「はい。ぐいっといっちゃってください。」

 

 言われた通り亡者の身体から生えている草を思いっきり引っ張ると、反射的に気力の無い亡者の悲鳴が上がった後、抜けた植物だけが私の手に残った。植物に栄養を吸われているからか、はたまた植物と一体化していて動けないからか特に抵抗などは無く、自分の手で行う初めての拷問は呆気ないぐらい簡単に終わった。


「俺も抜いてみていい〜?」

 

「どうぞ。この辺りとか抜き時かな。」

 

「お〜、これは拷問というより草むしり感覚だね。」

 

 そうしてしばらくの間、私たちは亡者の草むしり……ならぬ拷問を体験させてもらった。

 

「なんだかここは穏やかな地獄ですね。」

 

「確かに大叫喚(だいきょうかん)地獄の中では少々異質かもしれません。」

 

 最初は大叫喚の他の地獄に比べると罰が優しすぎるのではないかとも思ったが、ここは目上の者を陥れたものが落ちる地獄。そんな野心家な者たちにとっては、派手に血を見る地獄よりも身動きも取れずに徐々に身体を植物に支配されていくという恐怖の方が案外いい罰になるのかもしれない。


 大叫喚地獄も一通り見終わりそろそろ帰ろうかと言う頃、なにやら慌ただしい様子でこちらへと走って来る獄卒がいた。


「茅さ〜ん!すみません、吼吼処(くくしょ)から亡者が逃げ出したみたいで…!」

 

「……ったく、担当の獄卒は何してたんだよ。……すみません、ちょっと問題が起こったみたいなのでこの辺で失礼します。」

 

「はい…!本日はありがとうございました。」

 

「いえ、また何かあればいつでも来て下さい。……んで、逃げた亡者がいるのはどの辺?」

 

「それが受苦無有(じゅくむう)数量処(すうりょうしょ)の方に逃げたみたいで……」

 

「ちっ……隠れられたら面倒くさいな。さっさと行くぞ。」

 

 すると先程までの可愛らしいカワウソの茅さんは一瞬にしてどこにも見当たらなくなり、代わりに見たことの無い茶髪で少し前髪が長く、目つきの鋭い男性が現れた。


「え、もしかして……?」

 

「ん?あぁ、あれは茅だよ〜。俺的にはこっちの方が見慣れてるから自然なんだけどね。」


 その姿に先程までの可愛らしい面影は一切なく、どこからどう見ても1人の成人男性であった。私より小さかった身長も、人型になった途端大きくなるのだから驚きだ。カワウソ姿の時に間違って撫でたりしなくて本当に良かったと思う。


「カワウソも狐みたいに変幻が出来るんですね。」

 

「知らなかった?カワウソは狐と狸にならんで化けるのが上手い妖として有名なんだよ〜」

 

「そうなんですか!?」

 

「ここは妄言、つまりは嘘の地獄だからね。化かすことの得意な妖たちが多く働いているんだよ。」


 確かに思い返すと、今日大叫喚地獄ですれ違った獄卒たちには耳や尻尾が生えている者が多かったような気がする。きっと狐か狸、それか茅さんのようなカワウソの獄卒もいるのかもしれない。あの世に来てから色々な種族の妖と関わってきたと思っていたが、まだまだ知らないことばかりだ。


 大叫喚地獄での見学を終えた私たちは、いつもの様に地獄のエレベーターに乗って閻魔庁へと帰る。等活地獄へはものの数秒でたどり着く不思議なエレベーターも、階が下がるほどやはり時間はかかるもので、大叫喚地獄だと5分程度だろうか。今回はさほど大きな変更点は見当たらなかったが、細かな部分の修正が沢山あるので帰ってから暫くはまた忙しくなりそうだ。

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