三十三、妄言 ⑵
「そういえばさ〜ずっと気になってたんだけど、なんで茅は今日そっちなの?」
どうやら錦さんと茅さんは知り合いのようで、移動中、時々私にはわからない会話をしていた。
「……いや、こっちの方が人間ウケ良いって言われて……それに正直こっちの方が楽だし。」
「ウケる〜!人間は動物好きみたいなやつ?」
「なんか現世のカワウソは人間と握手するだけでキャーキャー言われるらしいぞ。」
「え〜!茜ちゃん本当〜!?」
「水族館とかの話ですかね…?確かにカワウソと握手体験が出来るところもあるらしいですよ。」
現に私も生前、水族館でカワウソと握手をしたことがある。ガラスの壁に小さく開いた穴からちょこんとでる小さな手が非常に可愛らしいのだ。しかし何となくカワウソの妖である茅さんの前でその話をするのは気まずいので黙っていようと思った。
「人間って面白いこと考えるよね〜。これが可愛いのかぁ〜」
そう言いながら、錦さんは自分の胸の背丈ほどの茅さんをマジマジと眺めながら首を傾げていた。
「少なくとも鬼よりは可愛いだろ。」
「え〜〜茜ちゃんはどう思う!?」
「そうですね……可愛さでいうとやっぱりもふもふしている方が……」
そんなことを話しながら歩いていると、如何にもここが地獄ですと言わんばかりの光景が見えて来た。そこには熱した鉄の器具で舌を引き抜かれている亡者や、目をくり抜かれ刀で肉を削られている亡者などがいた。ここは現代人が地獄と聞いて想像する地獄に1番近いような気がする。
「ここは受無辺苦処。海賊と結託して、船に乗っている商人達の財産を奪った船長が落ちる地獄です。」
「今って現世に海賊いるっけ?」
「いない……ですね。海外にはいるかもしれないですけど、日本ではまず無いと思います。」
「そういえば確かにここ数十年、新しい亡者は来ていないようですね。」
茅さんは手に持っていた分厚い資料をペラペラとめくりながらそう言った。現世で働いていた私からすると地獄での仕事はかなりアナログで驚いたものだが、この何千何万といるであろう亡者の管理も紙なのかと思うと気が遠くなりそうだ。もちろんいきなりは難しいだろうが、地獄改革課としてはその内何とかしたい問題である。
「じゃあ此処も変えなきゃだね〜」
「そうですね。海賊とか船には限定せず、利益のために仲間を騙して裏切った者……とかでどうでしょう?」
「おー!いいねいいね。」
「そうなると此処の亡者も増えそうですね。」
「お仕事を増やしちゃってすみません。」
「いえ、どの道そういう人たちは地獄行きですので、あとは何処の地獄になるかというだけであまり変わりませんよ。」
「なるほど……確かにこの罪に該当しないからと言って、急に天国行きにはなりませんもんね。」
「そうそう。まずはサクッと天国か転生か地獄かが決められて、その後でどこの地獄にするかが決まるからね〜」
そういえば、その天国か転生か地獄かを決める役割を担っているのが閻魔大王であり、その後どこの地獄へ行くかなどの細かい割り振りを行っているのはまた別の王であった。私は閻魔大王の裁判で、篁さんの気まぐれかはたまた別の思惑があったのか、お試しではあるが地獄で働かせてもらえることになったので、その後の裁判がどの様なものなのか詳しくはわからない。しかし通常の流れだと、その後にまだあと5回ほど裁判が行われるのだと聞いていた。
私は死んであの世に来てからも、暫くはあまり状況を理解できないまま周りに合わせて動いていた為はっきりとしたことは覚えていないが、閻魔大王は実際には5番目の裁判官だったらしい。確かによくよく思い返してみると、よく分からないまま刺々しい山を登ったり、大きな天秤に乗せられたりしていた。おそらくあれも裁判の1つだったのだろう。しかしその段階では地獄だ天国だ転生だなんて話は出ておらず、ぼんやりとした思考で言われるがまま指示に従っているだけだった。
閻魔大王のところへ来て転生という判決を聞いた時、ようやく意識がハッキリとして、このまま転生させられるのは嫌だという思いからそこで始めて自分の意思を口にすることが出来たのだ。後から聞くと閻魔大王の裁判は死後35日後に行われるものらしく、私が死んでから地獄で働くまでは1ヶ月以上もあったらしい。
と、少し話は逸れたが、要するに地獄の改革をするにあたって一見獄卒の負担が増えそうな罪に対する対象範囲の拡大も、結局は亡者が何処の地獄へ落ちるかということしか変わっていないため、地獄全体でみると亡者の数が増えるわけではなく獄卒の負担はさほど変わらないということだ。ただ受無辺苦処などのように獄卒が一人一人手作業で亡者を苦しめる地獄はその分獄卒の作業も増え負担も多いので、その辺りをどう効率的にしていくかは今後の課題である。




