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三十一、日常

「上タン2人前と特上カルビ2人前、それにホルモン盛り合わせとあと大盛りライスも追加で。」

 

「はぁ……お前の分は払わねぇからな。」

 

「おやおや、そんなご冗談を。」

 

「こっちが冗談じゃないっての…!」

 

 2人は終始こんな調子で仲が良いのか悪いのか。それにしても以前の飲み会の時にも思ったが、(たかむら)さんは同じ人間とは思えないぐらいによく食べる。その昔の人にしてはかなり高いであろう身長も、この食いっぷり故なのだろうか。


「そういえば、茜さんは現世へは帰らなかったのですか?」

 

 そう、お盆は亡くなった人々が唯一現世へ帰れる日。現在は地獄で仮雇用の身とはいえ働いている私にも、帰省の許可は降りていた。実際に、昨日は母が作ったであろう均整な形の精霊馬(しょうりょううま)も迎えに来ていたのだ。私も母に会いたい気持ちはあったが、しかしながら今の何も成し遂げていない状態で帰ってしまうことにはどこか抵抗があった。


 それに今母に会ってしまえば、せっかく地獄で頑張ると決めた決心が揺らいでしまうかもしれない。そう思い、私が帰るのは来年のお盆。つまり1周忌までに正規雇用を勝ち取り、胸を張って地獄の獄卒と言えるようになってからにしようと決めたのだった。まあ上手くいかなければ転生ルートへと戻されて二度と帰れないかも知れないのだが……


「今回は色々考えてやめておきました。でも来年、まだここに居ることができたらその時は帰ろうと思います。」

 

「なかなか良い心構えですね。さあさあ、茜さんも遠慮せずに食べて下さい。」

 

「はい、いただきます…!」

 

「そうだぞ〜!細いんだから地獄で働くにはどんどん食べないとな!」

 

 大柄な男性2人からそう言われ、次々とお皿に盛られていく肉を食べ進める。

 

「実は私も亡者に力で勝てるように、他の獄卒の皆さんみたいに筋肉をつけたいなと思っていて……」

 

「それは良いですね。茜さんが逞しくなれば地獄に見学に行く際なども楽になるでしょうし。」

 

「逞しい茜ちゃんかぁ……応援したいけどそのままでいて欲しいような……でも安全のためにはもう少し強い方が……うーん……」

 

 酒呑(しゅてん)さんは1人でブツブツ言いながら何やら複雑そうな顔をしている。


「まあ現実的な話、急に力をつけるのは難しいので護身術などから始めるのが良いのではないでしょうか?」

 

「なるほど…!確かに護身術なら力が弱くても出来ますもんね。」

 

「うんうん、いいじゃん!そんぐらいが良い…!ちょうど良い…!」

 

「それなら、知り合いに道場をやっている者がいるので話を通しておきましょうか?」

 

「良いんですか?ありがとうございます…!」

 

「茜さんは少々特殊な形での雇用でしたので知らないと思いますが、獄卒の新人研修なんかにもそこの道場から指導に来てもらったりしているんですよ。」

 

「へぇ〜そうなんですね。」

 

「まあ彼らなら一応人間ですし大丈夫でしょう。強さは鬼並みですが……」

 

 そうして酒呑さん篁さんと談笑しながらの食事はあっという間に時間が過ぎていった。篁さんから護身術が習えるという道場まで紹介してもらい、亡者に襲われてから心の何処かで引っ掛かっていた靄も少し晴れた気がする。来年のお盆は胸を張って帰れるように、今よりもう少しだけ頑張ろうと思えた。



 ――――



 3日間の休みはあっという間に終わりを告げ、地獄にも精霊牛(しょうりょううし)に乗った亡者達が次々と戻って来ていた。私はさっそく休みの日に買った赤い口紅を塗り、瞼にはいつもの物より光を拾うラメのアイシャドウをのせた。爪には薄紅色のマニキュアも控えめに輝いている。これだけでなんだか休み明けの気怠さも吹き飛ばしてくれる気がした。


「おはよ〜!3日間会わないと久々って感じだよね〜」

 

「おはようございます!」

 

「おはようございます。違ったら申し訳ないのですが、茜さん、お化粧変えました?」

 

「はい……もしかして派手ですかね?」

 

「いえ、そういう事ではなく、非常にお似合いだなと思いまして。」

 

「ありがとうございます…!」

 

「本当だ〜!キラキラで可愛い!爪も塗ってるの?」

 

 錦さんは「見せて見せて〜!」と無邪気な子供のように目を輝かせながら私の変化を楽しんでいた。


「お休みの日にそこの商店街で買ったので、早速つけて来ちゃいました。」

 

「あ〜!もしかして、ろくろっ首のお姉さんのとこ?」

 

「そうですそうです!入れ物とかもすごい可愛くて…!」

 

「1人で大丈夫でしたか?あの辺りは人通りも多いですが、変な妖に絡まれたりとか……」

 

「大丈夫ですよ!あ、でも途中で酒呑童子さんと篁さんに会って……」

 

 話の流れから、私は酒呑さんに口紅を選んでもらったことや篁さんを含めた3人で食事に行ったことなどを話した。


「あははっ、なにそれ面白い〜!見てみたかったな〜、その2人に囲まれる茜ちゃんの図。」

 

「閻魔大王の補佐官と叫喚地獄の代表ですからね。」

 

 あの世に来てからというもの、私の生活は現世では考えられないような非日常の連続で、いつの間にかそれが普通になっていた。しかしよく考えてみると、酒呑さんと篁さんは現世の会社だと他部署の部長と部門長……いや、組織長のようなところだろうか。そう考えると2人の反応にも納得がいく。確かに現世で働いていた時に休日に上司に会ったとしても、せいぜい軽い挨拶を交わすぐらいだろうから。


「そう言われると、何か失礼なことをしていないか心配になってきました……」

 

 現世基準に置き換えて考えてみると、昨日の自分の行動を思い出して急に不安になってくる。

 

「それは大丈夫でしょ!向こうからわざわざ声かけたってことは、茜ちゃんのこと気に入ってるんだよ〜」

 

「そもそも茜さんは錦のように失礼な行動をとる人ではないので心配いらないかと。」

 

「そうそう〜……って!ちょっと、それは俺に失礼じゃない!?」


 そんなこんなで短いお盆休みも終わり、地獄はすっかりいつもの日常に戻っていった。私もいつまでも休み気分ではいられないと、いつものように分厚い資料を開く。今まで等活(とうかつ)地獄、黒縄(こくじょう)地獄、衆合(しゅうごう)地獄、叫喚(きょうかん)地獄と4つの地獄を見てまわり改善を行って来た。八大地獄とも呼ばれるように、地獄は大きく8つに分けられている。ということは残す地獄はあと4つ。出来れば私の1周忌までに、とりあえず一通りは見てまわりたいところである。

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