二十八、花と祭
こうして若干のトラブルはあったものの、無事に亡者を現世へと帰し終わった私たちは仕事を終え閻魔庁から出る。閻魔庁の門を潜ると、その先には赤く光る提灯と色とりどりの屋台がずらりと並び、何処からともなく楽器の音色や賑やかな声が聞こえてきた。
「わぁ……」
「ね、すごいでしょ?」
思わず漏れた声に、隣の錦さんが自慢げな顔で聞いてくる。
「はい……壮観ですね。こんなに大きなお祭りは現世でも行ったことが無いかもしれません。」
「あの世でも閻魔庁のお盆祭りは有名なんです。我々獄卒以外にも様々な妖が来ていますよ。」
そう言われて辺りを見回すと、確かに様々な姿形の妖が祭りを楽しんでいるようだった。地獄で働いているとは言え、獄卒は鬼など人型の妖が多いためあまり見慣れない光景だ。
「じゃあとりあえず、端からぐるーっと周ろっか!気になる物あったら言ってね〜!」
「はい…!」
人混みの中で迷子にならないようにと錦さんに手を引かれながら、3人で屋台を見てまわる。りんご飴やかき氷の様な現世でもよく見る物から、恐らくあの世ならではであろう馴染みのない物もたくさんあった。
「あれは何ですか?」
「あぁ、あれは針口虫釣りですね。」
「針口虫釣り……」
針口虫とは地獄にいる虫の一種で、虫でありながら鳥のような硬いくちばしが特長だ。その硬いくちばしを生かし、屎泥処などでは亡者に喰らいついて苦しみを与えている。
「懐かしい〜!子供の頃たくさん釣って持って帰って、母さんにめちゃくちゃ怒られたな〜」
「金魚すくい……みたいな感じですかね?」
「そうですね。金魚すくいや亀すくいと似たような感じですよ。」
錦さんにやってみる?と言われて思わず全力で遠慮したが、近くで見てみると小さな釣竿に謎の生肉のような物を付けて釣り上げるらしく、あの世の子供達からは意外と人気のようだった。
「あ!りんご飴食べたいです…!」
「いいね〜!じゃあ俺はみかん飴にしようかな〜」
「――いらっしゃい!何にする?」
「ええと、りんご飴とみかん飴と……おや、仙桃もあるんですね。」
「あぁ、珍しいだろ?天国の知り合いから貰ってな!」
「ほほう。では仙桃飴もお願いします。」
「はいよ!」
「仙桃って何ですか?見た目は普通の桃っぽいですけど……」
「仙桃は天国で採れる貴重な桃ですね。これが甘くてなかなか美味しいんですよ。一口食べてみます?」
仙桃とは天国でのみ採れる貴重な桃で、現世ではその実を食べると仙人になれるだの不老不死になれるだのと様々な迷信があるが、実際あの世では少し高いが健康に良くて美味しい果物というぐらいの位置付けのようだ。
「本当だ!甘くて美味しいです…!」
「え〜!俺にも一口ちょうだーい!」
「あっ、こら!あなたは一口が大きいんですよ…!」
そうして色々と見て回りながら歩いているうちに、長く連なっていた屋台の列を抜け突き当たりに出た。そこは広場のようになっており、簡易的なテーブルと椅子が設置されていて飲食が出来るようになっていたり、奥にはステージも設置されていて何やら出し物も行っているようだ。
「じゃあこの辺座って買ったもの食べよ〜」
「そうですね。ステージの方もちょうど何か始まるみたいですよ。」
私たちは広場に設置されている椅子に座り、テーブルに買ってきた物を並べていく。焼きそば、たこ焼き、かき氷にチョコバナナ、可愛くデフォルメされた閻魔大王のイラストが袋に描かれている綿あめまである。どれから食べようか迷っていると、ステージ上から声が聞こえてきた。
「――続いては〜〜!毎年恒例の大人気企画!!衆合地獄の獄卒による演舞です!」
司会者と思しき妖がそう告げると、会場はたちまち歓声と拍手に包まれ、物見客も次々とステージ近くに集まってくる。
「さらにさらに!!今年は男性獄卒も新たに加わり、例年とはまた違う雰囲気となっております!それでは衆合地獄の皆さん、どうぞ〜!!」
賑やかな紹介が終わって司会者が捌けると同時に、音楽が流れ会場の空気もガラッと変わる。そんな中、最初にステージに現れたのは黒地に赤い花柄の着物を着て手に持っている扇子で顔を隠した女性。その姿に何処となく見覚えのあるような気がして、以前衆合地獄へ行った時に会ったことのある方だろうかなどと考えていると、振りに合わせて手が下へと下がり扇子で隠れていた顔が露わになる。
「えっ…!あれって檳榔子さんじゃないですか?」
「おぉ〜、本当だ!こうやって見ると本当に綺麗だね〜」
女性だと思いこんでいたその人は、今日も地獄で顔を合わせたばかりの檳榔子さんだった。
「そう言えば彼、面接の時にご実家が遊郭と言っていましたよね。それで踊りが得意なのでしょうか。」
そう涅さんに言われて納得した。遊郭仕込みの舞は艶やかで、その踊りを見ていた観客達は女性も男性も関係なくその美しさに思わず息を呑んでいる。買ってきたかき氷が溶けることにも気が付かないぐらい夢中になって見ていると、ステージ上の檳榔子さんと一瞬目があった気がして、応援のつもりで小さく手を振ってみた。
するとそれに気が付いたのか、こちらを向いて控えめに微笑んだ檳榔子さんは髪につけていた花飾りを何気なく1つ手に取り、ふわっと投げて寄越す。ステージから私たちの座っている座席まではまあまあの距離があったが、蜘蛛の糸でコントロールしたのだろうか。その花飾りは弧を描くように綺麗に私の手元に着地する。そして突如行われたファンサービスに、会場からは黄色い歓声が上がっていた。




