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二十七、欲望

 茜が動き出そうとする少し前、遠くからそれを見つめる2人の男の亡者がいた。

 

「おい、あそこの女、人間みたいじゃないか?」

 

「本当だ……角も生えてないし見た目も日本人っぽいよな。」

 

 亡者2人は周りの獄卒達に気を配りながら、コソコソと会話をする。そしてそこからは早かった。バレない様に背後から静かに茜に近づき、腕を乱暴に掴んだかと思うとそのまま一瞬の隙に近くの岩陰へと連れ込んでしまった。

 

「痛っ……」

 

 腕を思い切り掴まれ思わず漏れ出た声はか細く、自分が人間の女であることを証明しているかのようだった。後になって思えばもっと激しく抵抗するなり助けを呼ぶなりすれば良かったのだろうが、咄嗟のことに自分でも驚くほど声が出ない。

 

「ほら!やっぱり人間の女だって…!!」

 

「うわっ、まじだ!ラッキー!」

 

「でもなんであんな所に人間の女がいたんだろうな。俺たちみたいな地獄落ちの奴とは違うみたいだし。」

 

「そんな事どうでもいいだろ!バレないうちに早くしようぜ。」

 

 そう言って男達は私を地面に押さえつけながら、亡者特有の白装束(しろしょうぞく)をはだけさせている。邪淫(じゃいん)の罪によって衆合地獄で罰を受けている男たちにとって、女……ましてや弱そうな人間の女というのは格好の餌食だろう。そんなことわかりきっていた筈なのに、自分の迂闊さに嫌気がさす。

 

「……貴方達、今すぐ離さないと罪が増えるだけですよ。」

 

 なるべく平然を装って、男達を見上げながら声が震えない様になんとか言葉を発する。

 

「はっ!今更罪の一つや二つ増えたところでなんだってんだよ。こっちは毎日鬼どもからクソみたいな拷問を受けてるんだよ!!」

 

「あぁ、久々に女を抱けるんだ。こんなチャンス逃すわけねーだろ。」

 

 まさか死んでもなおこんな目に遭うなんて。私は欲望を孕んだ男特有のこの目が大嫌いだ。男達は飢えた獣のような眼差しで、変わらず私を見下している。こんな状況ではもはや言葉での脅しなんて通用しない。私は自分が地獄で役に立つことを証明しなければならないのに、こんな失態を犯すなんて……これでは逆にお荷物ではないか。やはり人間の、しかも女の獄卒なんて使えないと思われてしまうのではないだろうか。そう思いながらも、私は精一杯の虚勢から男達を睨み続け抵抗を試みる。

 

「おっ、この状況でもまだ強がってんの?唆るね〜〜」

 

「え〜、お前そういうのが好みなん?俺はもうちょい泣いてくれたりした方がっ……!?」

 

 そんな男達の言葉が遮られるように、私の上にいた男達は一瞬にして私の視界から消えていった。そして代わりに私の視界に映ってきたのは淡い桃色の長い髪。

 

「う〜ん、肉体労働は専門外なんだけどな……」

 

長春(ちょうしゅん)さん……?」

 

「大丈夫?ギリギリ間に合ったかな。」

 

 そう言うと長春さんはそっと私を抱き起こし、乱れた衣服を整えながら自分の羽織りを肩から掛けてくれた。

 

「どう?惚れ直したでしょ。」

 

 相変わらず冗談なのか本気なのか適当なことばかり言っているが、今はいつも通りのその態度に安堵する。

 

「…………最初から惚れてませんので惚れ直すもなにも。」

 

「え〜〜相変わらず冷たいんだから。」


「わぁ〜〜!?大丈夫ですか!?お怪我は!?こっちの亡者が本当にすみません……!!」

 

 青ざめた顔で走りながら、こちらに着くなり謝罪をしてきたのは妖狐の月白(つきしろ)くん。自分より慌てている人を見ると、逆に落ち着くというのは本当らしい。

 

「大丈夫ですよ。どこも怪我してませんし、1人でいた私が悪いので……」

 

「本当にすみません……」

 

「いえいえ、大丈夫ですから……」

 

 終わりどころが分からず暫くこのすみません大丈夫合戦をしていたところに、先ほど長春さんに飛ばされた亡者2人を連れた檳榔子(びんろうじ)さんがやって来た。


「お怪我は……無さそうですね。この亡者達、どうしましょうか?一先ず縛っておきましたけど。」

 

 見ると完全にダウンしたと思われる亡者達は、檳榔子さんの蜘蛛の糸によって2人纏めてグルグルに巻かれながら引きずられていた。

 

「とりあえず現世には帰せないよね〜」

 

「もちろんです!ここの拷問で1番きついのってなんですかね…?」

 

「う〜ん、わかんないけど衆合地獄全てを順番に周らせるフルコースで良いんじゃない?」

 

「それは良いですね…!」

 

 相変わらず適当なことばかり言う長春さんと、なぜか変な方向に行ってしまっている月白くんの会話に、檳榔子さんは1人頭を抱えていた。

 

「……聞いた私が間違っていました。この亡者たちの追加の罪は大王が決めるとして、とりあえずは代表に報告してきます。あまり大事にはしたくないかもしれませんが……茜さんもそれでいいですか?」

 

「はい……お願いします。」

 

「あ、ちなみに今でしたら誰も見ていないと思いますので、一発ぐらい殴っておきますか?少しは気が晴れるかもしれませんよ。」

 

「……じゃあ、せっかくなのでちょっとだけ。ちなみに亡者を立たせてもらうことってできますか?あとちょっと足を広げた状態で固定してもらえると嬉しいんですけど……」

 

「ええ、出来ますが……」

 

 意識を取り戻した亡者が檳榔子の糸で吊るされる様にして立たされた後、悶絶する悲鳴と共にまた直ぐに意識を失ったことはここにいる4人しか知らない。

 


 ――――

 


「茜ちゃんごめんね…!大丈夫だった!?」

 

 その後、話を聞いてすぐに駆けつけてくれたのは白百合(しらゆり)さん。

 

「はい、皆さんがすぐ助けてくれましたし大丈夫ですよ。こちらこそ持ち場を離れてしまってすみません。」

 

「怖かったでしょ〜!こんなにか弱いのに…!」

 

 そう言って茜を抱きしめる白百合を見ながら、先程亡者の急所を思いっきり蹴り上げていたことは心のうちに止めておこうと思った檳榔子たちであった。

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