二十六、初盆
叫喚地獄の見学を終え戻った私は、居室でいつものように改善案をまとめた報告書を作成していた。叫喚地獄はこれまでのように施設の工事が必要になるような改善点はなかったが、時代に合わせたルールの変更などはそれなりにある。まとめたら一度、涅さんか錦さんに確認してもらってから篁さんに持っていこう。そうして篁さんのokが出たら閻魔大王が最終確認をして承認というのがいつもの流れだ。
「そういえば、そろそろお盆だね〜」
同じく居室で作業をしていた錦さんが不意に口を開く。
「今年ももうそんな時期ですか……茜さんは地獄のお盆は初めてですよね。」
「はい。地獄にもお盆があるんですか?」
「うん、まあ現世のお盆とはちょ〜っと違うかもしれないけどね。」
「……??」
「現世のお盆は先祖の霊を迎える行事ですよね?」
「はい。お墓参りに行ったり……あ!胡瓜と茄子で馬と牛を作って飾ったりもしますね。」
「お盆の期間はその馬が地獄にも亡者を迎えに来て、現世の家族の元へ帰ることが出来るんですよ。」
「え、本当にアレに乗って帰ってくるんですか!?」
「ええ。あれは精霊馬と言うのですが、最近は凝った物もあってなかなか面白いですよ。」
「あ〜!去年なんか龍みたいなのいなかったっけ?」
「いましたね。あとは車とかバイクとか飛行機とか……」
たしかに近年はお盆の時期になると、SNSなどで変わった形の凝った精霊馬がバズっているのを見かけることもあったが、まさか本当にそれに乗って帰ってきているとは……迎えを待っていたご先祖様もびっくりであろう。
「そうそう!それで亡者の霊を現世に返したら俺たちの仕事も休みになるんだよ。」
「地獄の釜の蓋が開く日、なんて言われていますね。」
「なるほど…!休みがもらえるのは嬉しいですね。」
「それにお盆の初日に霊を返したら、夜は閻魔庁の前でお疲れ様会ならぬ夏祭りもやるよ〜!」
「お祭りですか…!」
「出店なんかも結構出ますし、毎年賑わっていますよ。」
「うんうん、茜ちゃんも一緒に行こうね〜!」
「はい!楽しみです。」
――――
「こっち全員帰しましたー!」
「おっけー、こっちもあと少しで終わりそうだから向こう手伝いに行ってもらえる?」
「了解です!」
今日は待ちに待ったお盆の初日。私達のようないつもは机仕事の獄卒たちも、今日ばかりは筆を棍棒に持ち替え地獄に立つ。今日の私たちの仕事は、精霊馬が迎えに来た亡者から順に現世へと帰していくことだ。また、その際逃亡しようとしたり、他人の精霊馬に乗って帰ろうとする亡者たちを監視する目的もある。
「お疲れ様です。お手伝いに来ました。」
「あら、茜ちゃん久しぶりね〜」
そう声を掛けてくれたのは衆合地獄の白百合さん。白狐の妖である彼女は相変わらず肌も髪も真っ白で雪の様な美しさだ。衆合地獄では基本的に男性の亡者には女性獄卒、女性の亡者には男性獄卒がついて拷問を行っているが、今日ばかりは拷問はお休みの為、ただのご褒美にならない様に男女入れ替えて仕事をしているらしい。
「――ということで、茜ちゃんは私たちと一緒に女性亡者の監視をお願いね〜」
「わかりました!」
――――
「お迎えが来ましたよ。どうぞお帰りください。」
「ありがとうございます…!」
「ちなみに最終日までに地獄に戻って来なければ強制送還で罪が重くなりますのでお気をつけ下さいね。」
「は、はい……」
こうして淡々と亡者を現世に帰しているが、皆家族や子孫の元へ帰れるからか、この期に及んで逃亡や悪事を働こうとするものは殆どいなかった。おかけでこの見かけだけの棍棒を使うこともなさそうでホッとした。私は他の獄卒の様な力も無ければ妖力もないただの人間のため、万が一亡者に襲われたら大変だからと念の為ハリボテの棍棒を持たされている。ちなみに最初は本物の武器を持とうとしたのだが重すぎて全く持ち歩けなかったため、見た目だけでも強く見える様に……と、獄卒に憧れるあの世の子供達御用達の木製おもちゃ棍棒を用意してもらったのだ。こういう時はつくづく妖と人間の違いを思い知らされる。
亡者の迎えと監視のため動き回っているうちに、いつの間にか白百合さんたちとの距離が少し開いてしまったことに気がつく。「茜ちゃんは人間なんだから、絶対に誰かと一緒に行動してね!危ないから!」と、今朝錦さんに言われた言葉を思い出し皆の元へ戻ろうとした瞬間、急に視界が大きく揺れた。




