二十五、飲酒 ⑵
「なるほど、そう来たか…!確かに現世は車社会だもんなー。俺がいた頃はまだ馬だったんだけど、随分変わったよな。」
「乗り物って大きな括りなら象が全くの対象外になるわけでもないし、閻魔大王も流石に納得するんじゃないかしら?」
こうして、叫喚地獄一番の謎であった雨炎火石処の問題はなんとか解決したのだった。
「杏さん、ありがとうございました!」
「いいのよ〜!何かあったらいつでも来てね〜!」
雨炎火石処の杏さんに別れを告げ、叫喚地獄の見学へと戻る。それぞれの地獄に付随する小地獄は16個もあるので、それら全てを見て回るのは一苦労だ。
「とりあえず一番気になってたところは解決したかな?じゃあ次は殺殺処行くかー。」
「はい。ところで、シュテンさんって現世で生活してたことがあるんですか?」
「あー、うん。まあだいぶ昔の話だしちょっとした黒歴史だけどな……」
「そうなんですか?」
「若気の至りで調子乗って、現世でちょっとヤンチャしてた時期があったりなかったり……」
先ほどから叫喚地獄の案内をしてくれているのは、叫喚地獄の代表シュテンさん。気さくで優しいお兄さんという雰囲気で背は涅さんや錦さんよりも高く、立派な二本の角が生えているので種族は鬼だろう。
「あのさ……ちなみに酒呑童子って知ってる?」
「知ってます!と言っても、悪いことをして退治された鬼ということぐらいしか分かりませんが……」
「あ、うん。概ねそれであってる。……で、俺がその酒呑童子なんだけど……」
「えっ!?シュテンさんがあの酒呑童子なんですか!?」
「あ、でも怖がらないで!大丈夫だから…!ほんと頼光の奴にやられてから改心したし、なんなら禁酒中だし…!」
目の前で私に向かって必死に自身の安全性を力説している大柄の鬼がかの有名な酒呑童子とは俄かに信じがたいが、わざわざそんな嘘をつく必要はないので本当のことなのだろう。しかし酒呑童子と言えば、その名前に酒が付くぐらい酒好きで知られている鬼だ。そんな鬼が酒に関する地獄で働いているとは……
「酒呑さんはなんで地獄で働くことになったんですか?」
「あー、それは……」
酒呑童子について、現代にも残る御伽草子に書かれている内容はこうだ。酒呑童子は貴族の姫君を攫い側に仕えさせたり、刀で切って生のまま喰ったりと現世で悪行を働いていた。そこで見兼ねた一条天皇が源頼光を始めとする一行に討伐を依頼し、一行は酒呑童子に毒酒を飲ませ油断させた上で寝首を掻き成敗したのだ。
「――って言うのが現世に絵巻として残ってるらしいんだけど……確かに俺は好みの女は攫ったが、決して切って喰ったりはしてないからな…!そんなことしたら勿体無いだろ!側に仕えさせてただけだから!!」
「そ、そうなんですね……」
「まあそれで頼光の奴にやられた後、俺はなんとかあの世まで逃げてきた訳なんだが……瀕死の時に出会ったのがよりによって篁でな。助けてもらう代わりに死ぬまで地獄で働く契約をさせられたんだよ……」
「なるほど……」
「ついでにその時禁酒の約束もさせられたんだよなぁ……はぁ……」
まさか地獄で働く酒呑童子にそんな経緯があったとは。そもそも、いくら源頼光にやられ瀕死だったとは言え、鬼の大将相手に契約を持ちかけ労働させる篁さんは一体何者なのだろうか……
「しかもよりによって酒関連の叫喚地獄に配属されるしさ。罪人の気持ちがわかるだろとか言って。どう考えてもアイツの方が鬼だよなー。」
「あはは。敵には回したくないですよね。」
「茜ちゃんもアイツの発案でなんかやらされてんでしょ?」
「私は本来転生のところをここで働かせてもらえることになったので、ありがたく思ってますよ。まだ仮雇用の身ですけど……」
「ふーん。茜ちゃんみたいな可愛い子、俺だったら即採用なのになー。」
「側仕えとしてですか?」
「わぁー!ごめんって!反省してるからもうその話は掘り返さないで…!」
酒呑さんと話しながら歩いているうちに、いつの間にか次の目的地である殺殺処へと着いていた。
「ここが殺殺処で、簡単に説明すると女に酒を飲ませて無理やり関係を持った男が落ちるところだな。」
「現代でも結構いそうな罪状ですね。」
「そうだなー。ここは時代に関わらずアホな男共から人気の地獄だな。」
亡者が男ばかりの地獄なだけあって、ここは獄卒たちも全員屈強な男性で揃えられているようだ。そんな獄卒たちは熱せられた小さな鎌のようなものを持ち、次から次へと亡者の性器を切り取っていた。さらに地獄では身体の一部が無くなったとしても勝手に再生されるので、ただただ永遠とそれが繰り返される。その様は、悲痛な亡者の悲鳴さえなければまるで畑の収穫作業のようであった。
「ここでの拷問は見ての通り熱鉄の鉤でアソコを切り取ることなんだが、あまり女の子に見せるような場所ではないな……」
「それを言うと、そもそも地獄自体が普通の女の子に見せるようなものではないので大丈夫ですよ。」
「まあ、それもそうか。」
「それよりも、あそこに逃げてる亡者がいませんか?大丈夫ですかね?」
他の地獄では逃げようとする亡者を追いかける獄卒の姿をよく見たが、ここの獄卒はそんな亡者を追うこともなく、本当に淡々と作業を繰り返しているだけであった。
「あー、大丈夫大丈夫。もうすぐ来るから。ほら。」
酒呑さんが指をさした先には鷹や鷲、烏などの大群がおり、逃げ出した亡者はみるみるうちに食い尽くされていった。
「なるほど……拷問をする獄卒と脱走を捕まえる獄卒とに完全に別れているんですね。効率的でいいですね。」
「そうなんだよ……ってか、本当に何見ても大丈夫なんだな。」
かつて酒呑童子が攫ってきた貴族の姫たちは、皆鬼である自分の姿を見るだけで悲鳴を上げて泣き叫ぶか、あるいはあまりの怖さに震えながら一言も発せないような者がほとんどだった。故に、人間の女とは皆そういったものだと思っていたのだが……目の前のこの女はどうやら違うらしい。地獄の血生臭い光景に目を背けるどころか、拷問の効率を考え何やら持参した手帳にメモまで取っている。この地獄に似合わぬ小さくか弱い人間の女が、怯えることもなく真剣にメモを取っている姿は新鮮でつい笑いが込み上げてしまう。
「……?何かありましたか?」
「いや、ごめんごめん。気にしないで。じゃあそろそろ次行くか?」
「はい、お願いします!」
そんな調子で酒呑さんに案内してもらいながら叫喚地獄を周り、改善点など気になったところをメモに取りながら進んでいく。話しながら進んでいるうちにいつの間にかほとんどの小地獄を周り終わり、最後の火雲霧処というところへやってきた。
「ここは人に酒を飲ませて酔わせ、笑い者にした者が落ちる地獄だな。」
「飲み会とかで結構ありそうですね。」
「そうだな。ここも殺殺処と同じで今も昔も賑わっている地獄かもなぁ。」
火雲霧処では読んで字の如く、地面から吹き上がる炎の熱風に舞い上げられた亡者が空中で回転し、縄のようにねじれたかと思えば最後は霧のように消滅してしまう。ここにいる亡者たちは酒の席でのちょっとしたおふざけ程度の感覚でやっていたのかもしれないが、それが死後このような罰を受けることになろうとは微塵も思っていなかったであろう。
「俺も若い頃は部下に酒の席で、面白いことやれよ〜とか、つまんなかったら打首〜とか言っちゃってたもんな。反省するわ。」
「人も鬼も変わらないんですね。打首は流石に聞いたことないですけど。」
「茜ちゃんはそういう絡まれ方はしないでしょ?それより殺殺処的な方が心配だよなー。」
「そうですね。でも私お酒はそこそこ強いので、そういう人は返り討ちにしてるので大丈夫です。」
「ははっ!まじか。ほんと見た目によらず逞しいね。禁酒中じゃなかったら一緒に飲みたかったな〜」




