二十三、盗み ⑵
こうして黒縄地獄の代表である翠さんも合流して、我々は3人で黒縄地獄を見て回ることになった。
「主らは地獄の改革を計っておるのであろう?どうじゃ?そなたの目から見た黒縄地獄は。」
「そうですね……かなりきっちり管理されているなぁという印象を受けました。」
「まあそれはこやつの性格故のところもあるがな。大体のことは柳に任せておるゆえ。」
「はい、今後ともお任せ下さい。」
2人はよほど長く仕事を共にしているのだろうか。青柳さんと翠さんは、普通の上司と部下というよりももっと近しい関係のように感じられる。それに青柳さんは翠さんが来てからというものどこか嬉しそうで、先ほどまでの淡々とした態度は何処へやら、今では無いはずの尻尾と耳までもが見えるようだ。
その後も2人に案内してもらい黒縄地獄を見て回ったが、他の地獄のような大きな改善点は見つからず、規定の文章を少し変更する程度で済みそうなものがあるぐらいだった。
「お二人から見て、管理が大変なところや改善したいところなど、何か気になる部分はありますか?」
「そうじゃなぁ……畏熟処の子らは他の地獄と比べても体力仕事で大変ゆえ可哀想とは思うが。」
「まあその分ガタイがよく体力のありそうな獄卒を採用してはいますが……異動希望が多いのも事実ではありますね。」
確かに畏熟処の獄卒たちは休む間もなく逃げ回る亡者を追いかけ回し、金棒で殴ったり水をかけたりと大変そうであった。亡者に同じだけの苦しみと恐怖を与えられて、獄卒たちが少しでも楽になる方法があれば良いのだが……
「……あっ!床をランニングマシンみたいにするのはどうですか?」
「らんに……何じゃそれは?」
「ええっと、つまりは獄卒が追いかけるのではなく、亡者を乗せた床だけが動くようにするんです!」
「……亡者だけが勝手に走る状況を作るということですか?」
「はい!現世にはこういう機械がありまして……」
「ほう……なるほど……」
「ははっ!それは面白そうじゃな。」
それから数週間後――
「ハァ……ハァ……何で床が動いて……これじゃいつまで逃げても……」
「おい、止まったら最後だぞ……鬼たちにやられる……!!」
「うわぁっ!?……今度は水が……クソっ……!!」
畏熟処は大規模な改修工事を行い、名物である鉄の棘が生えている地面を自動回転式とすることに成功した。これにより獄卒たちは以前のように休む間もなく亡者を追いかける仕事から解放され、今では棘の地面を走っている亡者に時々横から水をかけたり、疲れて走れなくなったり転んで流されてきた亡者を待ち伏せ金棒で殴るだけで済んでいる。
「勝手に回る地面を一生懸命走り続ける亡者……これはなかなか面白い光景じゃな。」
「そうですね。一先ずはこれで獄卒の負担軽減と業務の効率化が計れました。」
「はい、上手くいって良かったです。……これで鈍さんを引き抜いた借りは返せましたかね?」
「えぇ、十二分に。何ならもう1人ぐらい連れて行っても構いませんよ?」
「あはは……それは後が怖いので遠慮しておきます。」
こうして黒縄地獄に顔を出しているうちに、淡々としていて少し冷たい印象のあった青柳さんとも少しは冗談を言い合えるぐらいの関係になり、大規模な改修工事も終わったことで黒縄地獄の案件も一旦終わりを迎えた。
――――
「今回は初めて1人で行ってもらったけど、どうだった〜?」
「不安はありましたけど、結果的には上手くいったので良かったかなぁと……」
「そういえばこの前青柳さんに会ったのですが、茜さんが異動するときは是非うちに…と言われてしまいました。」
「え、本当ですか…?」
青柳さんはそんなことを言うタイプには見えなかったのだが、仕事ぶりを評価してもらえたのだとしたら嬉しいことだ。
「ダメダメ〜!茜ちゃんはうちの子なんだから、黒縄地獄になんてあげません…!!」
「えぇ、もちろん私もそのつもりです。」
「茜ちゃんも、うちの方がいいよね?ね?」
そう言うと錦さんは大きな身体を精一杯屈めて、私の顔を覗き込むような形で聞いてきた。その姿はまるで大型犬のようで、れっきとした鬼であるのに何故か可愛らしく見えてつい笑ってしまう。
「はい、ご迷惑でなければこれからもここに置いていただけると嬉しいです。」
「迷惑なわけないじゃ〜ん!」
「そうですよ。ここ、地獄改革課があなたの職場ですから。」
「うんうん、どこにも行かないで〜!!」
「……そんな調子では本当に嫌気がさして、そのうち出て行かれてしまうかもしれませんよ。」
「えぇ〜!?酷くない!?絶対嫌なんだけど…!!」
この2人と話していると、何だか本当に自分の居場所はここなんじゃないかと思えて安心する。ここはあの世の地獄だけれど、私にとっては現世よりも呼吸がしやすい、そんな所だ。
生前は学校、職場、どこに居てもなんだか居心地が悪くて、自分の居場所はここでは無いんじゃないかなんて漠然と考えながら日々過ごしていたことを思い出す。そんな中で一番居心地の悪かった元彼の元から逃げるようにしてここへ来たのがもう何ヶ月前になるだろう。期限となる1周忌を迎えた後、私はまだここに居られるだろうか。




