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二十二、盗み ⑴

「――おはようございます!」

 

「お、茜ちゃんおはよ〜!」

 

「おはようございます。」

 

 楽しかった休日もあっという間に過ぎ去り、またいつもの日常に戻る。いつまでも休み気分に浸っているわけにはいかないので、自分のデスクに座りパソコンを立ち上げながら資料を開く。さて、次はどの地獄にしよう。衆合地獄、等活地獄ときたら、順番的には間の黒縄(こくじょう)地獄あたりが妥当だろうか。

 

 黒縄地獄は盗みに関する地獄で、(にび)さんが元々働いていたところでもある。そういえば以前鈍さんが、黒縄地獄の主任は綺麗好きとか言っていたのを思い出す。地獄で働いていて綺麗好きとは、あまり気難しい人じゃないといいのだが……

 


 ――――

 


「初めまして、 地獄改革課の茜です。本日はよろしくお願いします。」

 

「貴方が噂の……代表の(すい)様は別件対応中ですので、本日は私が案内させていただきます。主任の青柳(あおやなぎ)です。よろしくお願いします。」

 

 今までの経験から、何事も現場を見るのが一番と学んだ私は早速黒縄地獄を訪れていた。今まで地獄を訪れるときは錦さんか涅さんのどちらかと一緒だったが、今回は1人ということもあって少し緊張しながらここにいる。今回案内を引き受けてくれた主任の青柳さんは、すらっとした高身長で細い黒縁のメガネをかけ、長い髪はきっちりと一つに結ばれており真面目そうな雰囲気をしている。なんの妖かはわからないが、前髪の隙間から覗く額にも目があるようだ。着物から微かに覗く腕は包帯で巻かれており手には黒い手袋をつけている。

 

「では、順番にご案内させていただきます。ついてきて下さい。」

 

 黒縄地獄に入ってまず目についたのは、左右に連なる大きな鉄の山。山の間には1本の縄が張られており、その上を亡者が何か背負いながら渡っていた。青柳さんの説明によると、亡者が背負っているのは鉄の塊で、亡者が縄から落ちると背負っている鉄の重みで潰されて身体が砕けるか、縄の下に設置されている釜に落ちて煮られるそうだ。ちなみに黒縄地獄での苦しみは、先の等活地獄の苦しみの10倍とも言われている。

 

「こちらが等喚受苦処(とうかんじゅくしょ)で、生前間違った法を説いた者などが落とされます。」

 

 等喚受苦処では燃え盛る黒い縄に亡者が縛られており、高い崖の上からまるでバンジージャンプのように突き落とされる。さらに落ちた先には鉄の刀が突き出す熱した地面が待っており、そこで燃える牙を持つ犬に食い殺されるまでがセットだ。

 

「一つ疑問なんですけど、間違った法を説くって嘘を教えたってことですよね?盗みの罪じゃないのになぜ黒縄地獄にあるのかなと思って……」

 

「あぁ、等喚受苦処は嘘をついた上で盗みを働いた場合に落ちるんです。例えば、この壺には邪気が取り憑いているのでこちらで供養しておきますなどと根も歯もないことを言って高価な壺を盗ったり……とかですかね。」

 

「なるほど……」

 

 こうして見ると、どこの地獄に落ちるのかという判断基準も複雑でなかなかに難しい。裁判をしている閻魔大王や篁さんが毎日あんなにも忙しそうなことにも納得だ。


「次にこちらが旃荼処(せんだしょ)です。病人が用いるべき薬品を病人でもないのに用いた中毒患者が落ちる地獄ですね。」

 

 旃荼処では、烏、鷺、猪をはじめとした獣たちが亡者の眼球や舌をつついて引っ張り出し、他の獄卒たちが杵や大斧で罪人を打ち据えていた。

 

「黒縄地獄も獣獄卒が多いんですね。」

 

「そうですね。等活地獄ほどではないですが、少なくはないと思いま……」

 

 青柳さんの説明を聞きながら歩いていると、どこからか亡者の目玉が勢いよくこちらに飛んできた。幸いぶつかりそうなところを青柳さんが手で払ってくれたので私はなんともなかったが、青柳さんの手袋は血がついて汚れてしまう。

 

「すみませんーー!!大丈夫でしたか!?」

 

「……チッ。無闇に汚すなと日頃から言っているでしょう。拷問は効率的に美しく行いなさい。」

 

「はっ、はい…!!すみませんでした…!!」

 

 青柳さんは血のついた手袋をその場で投げ捨て、謝罪してきた獄卒はそれを急いで拾っていた。そして青柳さんはどこからか全く同じデザインの新しい手袋を取り出し、何事もなかったかのようにそれをはめている。手袋を変える際にチラッと見えてしまったのだが、青柳さんは額だけではなく手のひらにも目が付いていた。名前はわからないが、きっと目のたくさんある妖なのだろう。


「次は畏熟処(いじゅくしょ)へご案内しますが、地面に鉄の棘が生えているのでこの靴に履き替えてから行きましょう。くれぐれも転ばないように気をつけて下さい。」

 

「は、はい……」

 

 畏熟処とは、自分の欲のために人を殺し、食べ物を奪って飢えさせた者が落ちる地獄である。地面には鉄の棘が生え、炎で燃える刀や弓矢などを持った獄卒に休む間もなく追い回され続ける。さらに獄卒に捕まると、金棒で何度も殴られては水をかけられるようだ。

 

「そういえば、鈍という獄卒を知っていますか?」

 

「あ、はい。今衆合地獄にいる鈍さんですよね?実はその件の担当だったので……」

 

「やはりそうでしたか。彼が元々働いていたのが畏熟処だったんですよ。」

 

「そうなんですね…!」

 

「あの体躯と力のある者はなかなかいないので非常に便利……いえ、有能だったんですがね……」

 

「そ、それは申し訳ないです……」

 

 たしかに鈍さんは他の鬼や妖たちと比べても一際大きく力もありそうなので、こういう場所ではなおさら重宝されていたのかもしれない。しかし当の本人は見た目に反して気が弱く拷問が苦手だと言うのだから、いつまでもここで働くというのも可哀想な話だ。


「これ、(やなぎ)。そんなに幼き人間の子を虐めるのはやめよ。」

 

(すい)様…!お戻りだったんですね。虐めるなんてとんでもない。そんな人聞きの悪いことはしておりませんよ。」

 

 翠と呼ばれる女の子が現れると、青柳さんは片膝をついてしゃがみ込んだ。地面には変わらず鉄の棘が生えているが、そんなことはお構いなしの様子だ。そういえば黒縄地獄の代表の名前も翠と言っていたような気がしたが、目の前の女の子はどう見ても小学生ぐらいにしか見えない。しかし妖なら見た目と年齢は関係ないのかもしれないが、それにしてもこんなに可愛らしい子が地獄の代表なんてことがあるのだろうか…?

 

「あぁ、わしが黒縄地獄の代表翠じゃ。お主が思っている通り妖ゆえ、こんな見た目でも其方の何百倍も先輩でな。間違っても小学生などではないぞ。はははっ。」

 

「は、初めまして…!地獄改革課の茜といいます。」

 

 まるで私の心の中を見透かしたかのような発言に、思わずドキッとしてしまう。

 

「うむうむ。わしは(さとり)という妖でな、人の心……つまりは考えが読めるのじゃ。」

 

「そうなんですね……失礼なことを考えてしまってすみません。とてもお若く見えたので……」

 

「よいよい。若く見られる分には悪い気はしないしな。はははっ。」

 

 そう言って笑いながら、翠さんは青柳さんの背中をバシバシと叩いていた。確かに見た目は完全に小学生の女の子だが、話し方などはどちらかといえば昔の人っぽくもある。……ダメだ、これも失礼に当たるだろうか?なるべく何も考えないようにしよう……

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