二十一、深淵
「2人ともおはようさん!」
「おはようございます。お待たせしてしまってすみません…!」
「列車の時間までまだ余裕あるし大丈夫やで〜!」
「長春さんはそろそろちゃんと起きてください。」
「う〜ん、起きてまーす……」
私はいつもの如く朝に弱い長春さんを叩き起こし、半ば引きずりながら鉛丹さんとの待ち合わせ場所まで連れて来た。今日向かう深淵湖は、閻魔庁近くの駅から怪火列車で1時間半ほどかかるそうだ。ちなみに怪火列車とは、妖の炎を原動力に動いている列車であの世では主流の交通機関らしい。
「そういえば、茜ちゃんはこっち来てからどれぐらい経つん?」
「えっと……4ヶ月くらいですかね?」
「そら1人で出歩くの怖いわな〜。じゃあ休みの日とか何してるん?」
「うーん、部屋でダラダラ……ですかね。」
「もったいないな〜。また休み被ったらいつでも誘ってや!」
「はい…!」
まだ半分ぐらい寝ている状態の長春さんを引きずって鉛丹さんと話しながら歩くこと15分、私たちは目的の駅に着いた。駅は無人だったが見た目は現世のものと大差なく、少し田舎の駅と言われれば納得するような雰囲気だ。
「長春さん、駅着きましたよ。」
「……うん、起きてる起きてる。」
「お、ちょうど来たな。これ乗るで〜」
「そういえば、茜ちゃんは寮住まいだし列車乗るのも初めてだよね?」
「そうですね。現世では勿論ありますけど、こっちのとはまた違うので……」
「たしかに現世で妖が火吹いとったらびっくりやもんな。」
そうして私たちは怪火列車に乗り込んだ。車内にはポツリポツリと妖たちの姿があったがそこまで混んではおらず、3人並んで席に座ることが出来た。
「怪火列車っていつもこんなに空いてるんですか?」
「通勤時間とかはもうちょい混むと思うけど、まあこんなもんやない?」
「羽の生えてる種族とかは飛んで移動したりもするしね。」
たしかにあの世で暮らしている妖たちは様々な姿形をしており、その生態も多岐にわたる。空を飛んだり翔けたり出来る者も多いので、人間ほど交通機関を必要としていないのかもしれない。何にせよ毎日満員電車で通勤していた身としては、こうしてゆったり座れるのはありがたい。窓から覗くあの世の景色はどれも新鮮で、外を眺めているうちにあっという間に時間は過ぎ、深淵湖の最寄駅へと着いた。
「煉獄堂は深淵湖のほとりにあんねん。せやからちょっと歩くで〜」
「そういえば、長春さんは来たことあるんですか?」
「んー、あるにはあるけど、もうだいぶ昔だから。あんまり覚えてはないかな。」
「なるほど、女の人と来てたんですね。」
駅から深淵湖までは遊歩道が続いており、あの世ではあまり見たことのなかった草木生い茂る道を歩いていく。遊歩道のおかげで迷うことは無さそうだが、一度道を外れると樹海に飲み込まれ二度と戻ることが出来無さそうな雰囲気がある。
「あの世にもこういう自然ってあるんですね。」
「あの世ゆうても広いからな〜!何もみーんな地獄みたいに岩や炎に囲まれた所ばっかやないんやで。」
「そうそう。前の僕のアパート周りだって花咲いてたでしょ?」
「花は咲いてましたけど……彼岸花は如何にもあの世っぽいというか……」
遊歩道を歩くこと30分、道の先には開けた広野と大きな湖が見え、湖の向かいには煉獄堂と書かれた看板と和風な作りの小さな建物が見えてきた。
「お、着いたで〜!ここが深淵湖や!」
「わぁ〜!綺麗…!」
「本当だ。綺麗だね。」
こうして湖を見たのは一体何年振りだろうか?小学校の頃、遠足か何かで山を登り湖のほとりで記念撮影をしたような気もするが、もしかするとそれが最後かもしれない。当時はなんの感動も無かったが、大人になってから見ると湖とはこんなに綺麗なものだっただろうかと少し感動した。
青緑色に光る水面は、あの世でもわずかに差し込む陽の光を反射させキラキラと波打つように輝いている。水面をそっと覗き込むと底が見えないぐらい深く、代わりに自分の姿が波に揺られながら映って見えた。そこにはあの世での普段着である着物を見に纏い、妖たちと並んで立っている自分が映る。しかし今のこの姿があるのは運良く篁さんの興味を引いたからというだけで、そうでなければ今ここに私はいないのだ。それに一歩間違えれば、逆に地獄で獄卒たちから罰を受ける立場だったかもしれない。
こうして妖たちに混ざり地獄で働いて、休日に楽しく長春さんや鉛丹さんと過ごしているのは普通のことではなく、この揺れる水面のように非常に不安定なものなのだ。1年という期限が過ぎたあと、私はまだこの姿でここにいることが出来るのだろうか……
「ねぇ、真剣な顔して何考えてるの?」
「え…?あっ、湖が綺麗で思わず見入っちゃいました…!」
「なんや気に入ったみたいで良かったわ〜!ほんなら本命のあんみつ食べに行こか!」
「そうですね…!行きましょ行きましょ〜」
――――
「すんませ〜ん!席空いてます〜?」
「はーい!いらっしゃいませー!……って、鉛丹ちゃんじゃないの…!」
「女将さん久しぶり〜!おじちゃんも元気してる?」
「元気よ〜!今ちょうど裏で小豆研いでるわ。まあまあとりあえずこっち座ってちょうだい!」
鉛丹さんと女将さんはかなり親しげな様子で挨拶を交わし、すぐに近くの4人がけの席に案内された。席に着くとお冷の代わりに温かいお茶が出され、ホッと一息つきながらメニューを眺める。
「鉛丹ちゃんがお友達連れて来てくれるなんて嬉しいわ〜」
「おんなじ職場の同僚なんよ〜」
「そうなのね〜!そういえば今はどこで働いてるの?」
「地獄やで〜」
「あら〜、じゃあ拷問なんかしちゃったりして。ふふっ、それで本当はどこで働いてるの?」
「そうそう、ほんまは饅頭屋で〜ってちゃうわ!ほんとに地獄やて…!地獄の獄卒!!」
「えっ!本当に!?獄卒ってあの獄卒!?」
「そう言うてるやん…!」
女将さんはまるで信じられないとでも言いたげな表情で何度も繰り返し鉛丹さんに尋ねていた。生前の私からしたらあの世といえば地獄のイメージしかなかったが、ここで暮らしている妖たちからしたら当然のように地獄はあの世のほんの一部でしかなく、さらに全ての妖が地獄で働いているわけではない。妖たちからしたら地獄は一つの職場であり、獄卒もただの職業なのだ。もしかすると獄卒は、現世でいうところの公務員的な職種なのかもしれない。
「まさか鉛丹ちゃんが獄卒になってたなんて……本当に立派になったわね〜!はい、こっちが白玉クリームあんみつでこっちがフルーツあんみつね。」
「わぁ…!美味しそう…!!」
私と鉛丹さんが頼んだ白玉クリームあんみつ、そして長春さんが頼んだフルーツあんみつが次々と運ばれてきた。一口食べると、滑らかなあんこにプルプルの寒天、もちもちの白玉にソフトクリームの甘味で何とも言えない幸せな気持ちになる。
「どや?美味しいやろ!」
「美味しいです…!!これは絶対にお店で食べるべきですね。」
「せやろ?これは市販品じゃ味わえんからな〜」
「こっちも美味しいよ。一口食べてみる?」
「良いんですか?」
「はい、あーん。」
「んっ!ん〜〜、これは幸せの味ですね……」
「そんな美味しそうに食べてもらえると連れてきた甲斐があるわ〜」
そうして私たちは念願のあんみつを存分に味わい、煉獄堂の方々へ挨拶をして深淵湖を後にした。閻魔庁に着く頃にはすっかり外は夕暮れに染まっており、あの世の空は一段と赤みを増している。
「ほんなら、また暇な時は誘ってや〜!」
「はい!今日は楽しかったです。ありがとうございました…!」
「出掛けたいなら僕に言えばよかったのに。」
「次はそうしますね。」
「それじゃあ、今度は2人で温泉でも行く?」
「…………ありですね。」
「ありなんだ?なんかちょっと間があった気がするけど。」
「でもあの世の温泉ってすごく熱くてグツグツしてそうなイメージなんですけど、私でも大丈夫ですかね?」
「ふふっ、それはもう血の池地獄じゃん。」
こうして私の初めてのあの世観光は、無事に楽しい思い出だけを残して終わった。たまにはこうやって誰かとどこかへ出掛けるのも悪くない。少なくともあと半年以上はここにいられるのだから、休日ぐらい少しは自分の好きなことをして楽しもうと思えた。




