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十九、失せ物

 ここはあの世の入り口、三途の川。私がここに来るのは死んだ時以来二度目である。

 

「皆さんこちらに並んで下さ〜い。必ず渡れますので順番にお願いします。」

 

 我々は三途の川の川岸に向かい、テーマパークやライブ会場の入場列のようなイメージで簡易的な柵を立てた。すると最初の数人を誘導しただけで、周りにいた人々も何だ何だと後ろに続いて並び出す。そうして列が出来ていれば、後から来た亡者も誰からも指図されることなくつられて自然と並び出し、あっという間に日本人特有の綺麗な列が出来上がった。

 

「これは……圧巻ですね。」

 

「いや〜、まさかこんなに上手くいくとはね。」

 

「日本人は列を見るとつい気になってしまうので……よくわからない状況では尚更他人の真似をしようとすると思ったんです。」

 

 川岸までの列が出来てしまえば、あとは獄卒が先頭の亡者から順番に川へ誘導するだけである。もしそこで逃げようとする亡者がいても、もちろんすぐに獄卒に捕まえられ川へ投げ込まれてしまう。そして列で待っている亡者たちは自然とその様子を見る事になるので、なかなか逃げようという気も起きまい。さらにはダメ押しで、逃げると罪が重くなりますよと言う内容の看板も建てておいた。これで少しは三途の川の負担も減るのではないだろうか。

 

「いや〜、ありがとうございます!おかげで助かりました。」

 

「いえいえ…!上手くいって良かったです。」

 

「これで我々の仕事も楽になりそうです。な!(へき)!」

 

「そうっすね。」

 

 三途の川の責任者に声をかけられて無愛想に返した碧という名の獄卒は、よく見ると私が三途の川を渡る時に六文銭を探してくれた彼だった。

 

「あの……覚えてないと思うんですけど、前に私が三途の川を渡る時にお世話になって……」

 

 私がそう言うと、碧さんは目を細めてずいっと顔を近づけてから真剣な表情をし、しばらく私の顔を見ながら考え込む。

 

「……あ〜、頭陀袋(ずだぶくろ)が何かわかってなかった奴か。」

 

「そうです!その節はありがとうございました…!」

 

「いや、俺は仕事をしただけだし礼を言われるようなことじゃない。それにしても噂の人間獄卒があんただったとはな。そういえば、あの時持ってたぬいぐるみは大事にしてるのか?」

 

「あっ……あれは川を渡った後に取られちゃって……」

 

奪衣婆(だつえば)か……あんたもここで働いてるんだし返してもらえばいいだろ。」

 

「返してもらえるんですか…?」

 

「まあ少々面倒かもしれないが……この後休憩だから着いていってやろうか?」

 

「いいんですか…?ありがとうございます!」


 三途の川を渡って向こう岸に行くと、一つの大きな木がある。木の下には奪衣婆、木の上には懸衣翁(けんえおう)と呼ばれる者がおり、亡者の衣服を奪衣婆が剥ぎ取って懸衣翁がその服を衣領樹(えりょうじゅ)という木にかけて罪の重さを計る。その後亡者は閻魔大王を始めとした十王の元を巡り裁判で裁かれることになるわけだが、いわば亡くなって最初に罪が暴かれるのがここなのだ。

 

「おい、奪衣婆のばあさん。」

 

「あ?何だい、三途の川の若造じゃないか!」

 

「3ヶ月ぐらい前に亡者から取ったぬいぐるみ、持ってないか?」

 

「そんなのいちいち覚えちゃいないね。」

 

「これぐらいの白いうさぎのぬいぐるみで、首元に赤いリボンがついてるんですけど……」

 

「なんだい、アンタのかい。」

 

「はい、そうです。」

 

「ふーん、知らないね。新しく人間の獄卒をとったなんて言うからどんなもんかと思ったけど、こんな小娘だなんて。全く篁も変わってるね。」

 

 奪衣婆さんはお世辞にも優しいとは言えないような雰囲気の人で、碧さんが少々面倒くさいかもと言った意味もわかった。それに数ヶ月前に取った亡者の持ち物などいちいち覚えてはいないだろうし、やはり諦めるしかないのかと思っていると……

 

「おーい!それってこれじゃねえのか?」

 

「あ、それです…!!」

 

 ぬいぐるみを見つけてくれたのは、木の上にいた懸衣翁さん。懸衣翁さんはそのままぬいぐるみを持って木の上から降りて来ると、それを私に渡してくれた。

 

「ありがとうございます…!」

 

「どっかで見たことあるなーと思ってよー。婆さんの部屋さ行ったら置いてあったでな。」

 

「私の部屋から勝手に物を持ってくるんじゃないよ!!」

 

「んだども、わざわざ探しにきたってのに可哀想でねーか。」

 

「うるさいね!亡者の物をどうしようが私の勝手だよ!!」

 

「……あー、あれに巻き込まれたら面倒だし帰るか。」

 

「そ、そうですね……」

 

 そうして奪衣婆さんと懸衣翁さんの言い争いを眺めつつ、私たちはいそいそとその場から離れた。

 

「ぬいぐるみ、見つかって良かったな。」

 

「はい…!ありがとうございました!」

 

「実際見つけ出したのは懸衣翁だけどな。」

 

 碧さんと話をしながら三途の川の橋を渡り戻っていると、向こう岸に錦さんと涅さんが見えた。

 

「あっ!茜ちゃんいたいた!もう〜どこ行ってたの?」

 

「すみません、ちょっと探し物をしていまして……」

 

「あぁ、この前話していたぬいぐるみですか?見つかったようで良かったですね。」

 

「はい…!」

 

「じゃあ俺はそろそろ戻るから。」

 

「碧さん、ありがとうございました!」

 

 そうして碧さんは気怠げに手を振りながら、自分の仕事へと戻って行った。


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