十七、殺生 ⑶
その後は涅さんや等活地獄の獄卒たちとも意見を交わし、不喜処の獣獄卒たちのために住居の改修工事、休憩所の設置、託児所の設置、その他にもカフェテリアの設置などを進めることになった。かなりの予算がかかりそうだが、今までの獣獄卒たちの扱いを考えたらこれも必要な出費だろう。工事は専門の業者を呼んで行われるとのことで、全て完成するには数ヶ月かかるらしい。したがって、現状まだ何かが良くなったわけでは無いのだが……
「ありがとな、姉ちゃん!なかなかやるじゃねぇか!」
「人間は犬の1番のパートナーって言うじゃない?あなたなら私たちのことをわかってくれると思っていたわ!」
「あはは……ありがとうございます。」
工事自体はまだだが、不喜処の獣獄卒たちには今回の改善内容が大々的に伝えられたらしく、その内容に満足して頂けたようでこうして様々な種類のモフモフに囲まれることになったのだ。元々私は室内飼いの小さな犬より大きくて逞しい犬が好きなので、獣獄卒の皆さんは正直言ってすごく良い……
「あの……やっぱり撫でるのって失礼に当たりますかね……?」
「どうでしょう……直接聞いてみては如何ですか?」
「聞けないから言ってるんです……」
そんなことを涅さん相手にコソコソと話していた時、後ろからゆっくりと大きな影が静かに近づいて来ていた。僅かに気配を感じて振り向くと、そこには一際大きなモフモフ……もとい等活地獄の代表である鵺さんが立っていた。鵺は言い伝えによると、猿の顔に狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇の妖と言われている。しかし実際の鵺さんは狸の胴体、虎の手足、尾が蛇なのは大方その通りなのだが、顔は猿というよりも人間に近く、上半身も人型でどちらかというとケンタウロスのような姿といえよう。
「人の子よ。此度の働きぶり、見事であった。礼を言う。」
「いえいえ…!こちらこそ、ご協力いただきありがとうございました。」
「うむ。それから先ほど聞こえて来たのだが、そなたは獣たちを触りたいのであろう?」
「ええと、可愛くてつい失礼なことを……すみません。」
「よいよい。犬族などは特に喜ぶだろうから撫でてやると良い。」
「本当ですか…!?ありがとうございます!」
「うむ。何だったら我を撫でても良いぞ。」
「えっ…!い、いいんですか……?」
「ほら。これでどうだ?」
そう言うと鵺さんは大きな身体を地面につけ、私が触りやすいようにとしゃがみ込んでくれた。せっかくなので恐る恐る触らせてもらうと……
「わぁ…!ふわふわ……ふわふわです……」
「ははっ。好きなだけ触って良いぞ。」
「そうだ!皆さんの毛並みを守る為にトリミングサロン……じゃなくて、獣獄卒用の美容室も作りませんか?」
「皆さんそこまで毛並みにこだわられてはいないかと思いますよ。」
「そうだな。血が洗い流せれば十分だ。」
「じゃあ私が定期的にブラッシングに来ます……」
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こうして不喜処のストライキ問題は一旦解決し、あとは工事の完了を待つだけである。最近はこの件で等活地獄に頻繁に顔を出していたので、せっかくならと等活地獄に付随するその他の小地獄についてもこの期に是正することになった。
鳥や鹿を殺した者が落ちる屎泥処、羊や亀を殺した者が落ちる闇冥処という地獄があるが、この2つはあまりにも動物の種類が限定的である。そもそも今時亀なんかは動物園や水族館などでしか目にしないし、羊も牧場などに行かない限りそうそう出会わないだろう。よって、屎泥処は自然動物を殺した者、闇冥処は飼育している動物を殺した者、と変更することになった。
ちなみに屎泥処では煮えたぎった糞尿の沼で虫に身体を食い破られ、闇冥処では暗闇の中熱風が罪人を焼いて苦しめる。どちらも絶対に落ちたくはない地獄である。そしてこれらの是正は裁判での判断基準を変えるだけで実際に現場で何かが変わるわけではないので、篁さん、閻魔大王の承認を得てすんなりと解決した。
一方、等活地獄での工事も順調に進んでいるようで、先立って託児所完成の報告が聞こえてきた。
「――結局、託児所の職員さんってどうなったんですか?」
「あぁ、それでしたら徳川綱吉さんという方に責任者をお願いすることになりました。」
「えっ!?徳川綱吉ってあの犬大好きな……生類憐みの令とかのですか!?」
「江戸時代に将軍をやっていた方とは聞いていましたが、そんなに有名人だったんですね。」
「有名人もなにも、歴史の授業で絶対習いますもん。でも、そんな人どうやって連れて来たんですか…?」
「篁さんに良い人がいないか相談したら、何百年か前に天国行きになった人ですごく動物好きな人がいたはずだからと探して下さいまして。」
「なるほど……確かに無類の動物好きのイメージですけど……篁さんもすごいですね……」
まさか学生時代に習った歴史上の人物の名前が出てくるとは想像しておらず、思いも寄らぬ衝撃を受ける。そういえば篁さんも歴史上の有名人であった。ここがあの世である以上、こうやって教科書に載っているような人物と会うこともなんらおかしな事ではないのかもしれないが、つい最近まで現世で生きていた私からすると非常に不思議な感覚である。
兎にも角にも、徳川綱吉という私でも知っているぐらい動物好きな人が託児所の責任者というのは安心だ。それから個人的にもどんな人か気になるので、落ち着いたら後でこっそり様子を見に行こうと心に決めた。




