十五、殺生 ⑴
慌しかった日々も少し落ち着き、私は居室で次の仕事に取りかかろうとしていた。どの地獄から手をつけるべきか悩んだが、八大地獄の中では一番罪の軽い等活地獄にすることに決めた。
等活地獄は生き物を殺す「殺生」の罪で落とされる地獄だ。生き物を殺すと聞くと、私たちが日々食べている肉や魚も人間のために殺されているのでほぼ全員が地獄行きではないかと思うかもしれないが、この地獄に該当するのは必要が無いのにむやみやたらと殺した場合である。つまり生きていくために食糧として動物を殺して食べたりした場合などは該当しない。
等活地獄の資料を見てみると、私が来る前にすでに改善されている箇所もいくつかあった。例えば刀を使って殺生を行った者が落ちる刀輪処。これは現世では刀を持っている人が少ないことから、現在は刃物全般に変わったらしい。他にパッと見て気になるところと言えば、衆合地獄でもそうだったように動物の種類によって落ちる地獄が細かく分けられている点だろうか。この辺はまとめることで業務削減に繋がるのではないだろうか……などと考えていると、突如居室に置いてある電話が鳴った。
「――はい、こちら閻魔庁 業務推進部 地獄改革課の涅です。……ええ、はい、はい。……それは……わかりました。すぐに伺います。」
電話を受け、涅さんは何やら深刻そうな表情でため息をついた。
「何かあったんですか?」
「それが不喜処でストライキがあったようで……」
「え!ストライキですか……不喜処って等活地獄でしたよね?」
「そうですよ。よく覚えていましたね。」
「今ちょうど等活地獄の資料を見ていたので……」
「ああ、それならせっかくなので一緒に行きますか?」
「いいんですか?」
「ええ、しかしストライキ中との事なので少し危ないかもしれません。なるべく目の届くところに居てくださいね。」
危ないかもと言う言葉を聞いて若干の不安も過ったが、せっかくの機会なので一緒に連れて行ってもらうことにした。
「そうそう、大事なことを忘れていました。茜さん、動物はお好きですか?」
「はい、人並みには好きですけど…?」
「なら大丈夫ですね。では行きましょうか。」
そうして涅さんと一緒に、私は初めて等活地獄へやって来た。
「ここが等活地獄……」
「あそこは鉄の雨が降りますので近づかないように気をつけて下さいね。」
「……はい、絶対に近づきません。」
等活地獄は衆合地獄ともまた少し違った雰囲気があり、高く聳え立つ鉄の壁やなんとも言えない臭いの沼、鉄の雨が降り注ぐ場所や大きな鉄の瓶のようなものもあった。そして何処となく動物園のような獣の匂いもしている。
「――すみませーん!地獄改革課の方ですよね!?」
「はい、そうです。」
「お疲れ様です…!早速で申し訳ないんですけど、不喜処まで来ていただけますか?」
等活地獄の獄卒による案内で、私たちはすぐに問題の不喜処まで移動した。不喜処地獄は故意に鳥獣に恐怖を与えたうえで殺害した者が落ちる地獄である。そこでは昼夜問わず炎が燃え盛り、地獄ならではの炎を吐く鳥や、犬、狐などの獣が寄ってたかって亡者に襲い掛かり、その肉や骨の髄まで食べ尽くすらしい。
不喜処に着くと、そこには沢山の鳥獣たちが集まっており、人型の獄卒たちと何やら揉めている様子が目に入って来た。
「どうしてこんな事になったんですか?」
「それがですね……」
等活地獄の獄卒曰く、変幻の出来ない獣の獄卒たちは基本的に等活地獄に住み込みで働いており、人型の獄卒のように金銭での給与の支給は無いらしい。つまり住む場所や食べ物を与える代わりに働いてもらっているような状態だそうだ。因みにここで言う食べ物とは主に亡者のことである。
遥か昔は住処や食糧を探すのにも苦労したらしく、そのやり方でも成り立っていたのかもしれないが、今やあの世も現世に近い発展を遂げている。そんな中、地獄という過酷な労働環境で働いているにも関わらず、こんな待遇で仕事を続けられるか!という話らしい。獣獄卒たちの主張ももっともだと思う。
「確かにそのような不満が出るのも理解できますね。」
「何せ何百年も前からこのやり方だったもので……」
「では獣獄卒の皆さんにも給与を支払えばいいのではないですか?」
「それが彼らにとってお金はあまり価値がないんですよね……そもそも使う場面がないですし……」
「なるほど……」
「ですが、何故急にこのタイミングで不満が爆発したのでしょうか?」
「最近は現世生まれの若い獄卒も増えて来ましたし、時代ですかねぇ……」
獣獄卒は大きく分けて2種類いるらしく、1つは最初からあの世で生まれ育った者、そしてもう1つは現世で生まれ、死んでから地獄の獄卒となった者だ。現世で生まれ、死後獄卒となった者たちは現世での生活を知っているだけに、余計にこの環境への不満が出やすいらしい。
「そうなると、やはり環境の改善と福利厚生の充実ですかね…?」
「そうですね。まずは当事者たちにお話を伺ってみましょうか。」




