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十四、始動

 食堂でばったり鉢合わせた錦さんと涅さんへの誤解を必死に解いていた私は、荷解き前から既にクタクタになっていた。

 

「もう〜!なんで余計なこと言ったんですか…!」

 

「ん〜、なんかあの2人と親しそうだったしつい……?」

 

「つい?じゃないんですよ…!とりあえず今日中に荷解き終わらせますからね。」

 

「なんか容赦なくなってない?」

 

 こんな調子で私たちは荷解きを終わらせて部屋の片付けをし、なんとか無事生活が出来るぐらいの状態にまで持っていった。獄卒寮の部屋は10畳ぐらいのワンルームで、バストイレに小さなキッチンまで付いている。ワンルームにしては広めな部屋だと思うが、長春(ちょうしゅん)さんはあのアパートにあった大きなベッドをそのまま持ってきていたので部屋の大部分はベッドに埋め尽くされることになってしまっていた。

 

 片付けも終わり長春さんと別れた私は、自分の部屋に戻るついでに荷物が入っていたダンボールをゴミ置き場まで運んでいる。長春さんには「そんなの後でいいから休んでいけば?お茶ぐらい淹れるから。」と言われたが、あまり長居するとまたあらぬ誤解を生みそうなので遅くならないうちに退散することにした。

 

 私がゴミ置き場にダンボールを置いて帰ろうとしていたとき、向かいから大きなゴミ袋がスタスタと歩いてきた。日本には八百万の神なんて言葉があるぐらいだし、まさかゴミ袋の妖もいるのだろうかなんて考えていたら、すぐに横からひょこっと見覚えのある顔が出てくる。

 

「あ……お疲れ様です……」

 

「お疲れ様です…!鈍さんだったんですね。」

 

 ゴミ袋の妖だと思っていたものは、大きなゴミ袋を抱えた(にび)さんだった。

 

「大掃除でもしてたんですか?」

 

「うん。黒縄(こくじょう)地獄の主任が綺麗好きで、定期的にやってるから……」

 

 黒縄地獄にはまだ行ったことはないが、基本的に地獄は亡者の血肉が飛び散っていて、お世辞にも綺麗と言えるような場所ではない。そのため、地獄で働いていて綺麗好きというのはなかなか大変なことが想像できる。

 

「僕は拷問よりこういう雑用の方が好きだから良いんだけど……」

 

 そう言って鈍さんは控えめに笑った。前髪はまだ長いままだったが、前髪の隙間から時折覗く瞳は優しげで大きな体躯からは想像もできないほど穏やかで柔らかい印象を受ける。

 

「やっぱり鈍さんって笑顔が素敵ですよね。」

 

「えっ!?……あ、えっと……その……」

 

「あ、すみません…!いきなり……」

 

「いや、そうじゃなくて……そんなこと言われたの初めてで……ほら、僕こんな見た目だしよく怖がられるから……」

 

「そんな事ないですよ…!確かに初めて会った時は背が高くて一瞬びっくりしちゃいましたけど、少し話せば鈍さんが優しい方だってことはわかります。それに前髪で隠してるのが勿体無いぐらいかっこいいじゃないですか。」

 

「……あ、ありがとう。衆合地獄での勤務日までには前髪切ります……」

 

「はい、楽しみにしてますね!」



 ――――

 


 それから更に数日が過ぎ、とうとう女性向け衆合地獄のオープン日を迎えた。今後の運営などは衆合地獄の代表である紅梅さんに取り仕切ってもらうことになるが、今日は初日ということもあって私も顔を出している。

 

「あら、茜ちゃんお疲れ様。」

 

紅梅(こうばい)さん、お疲れ様です。」

 

「さあさあ、まずはこっちに来て。皆の準備ができたから見ていってくれる?」

 

 そう言われて紅梅さんに勧められるがままついて行くと、そこには着飾ってキラキラと眩しいほどに輝いている5人の男性が並んでいた。

 

「あっ…!茜さん、お疲れ様です…!」

「……お疲れ様です。」

「どうも、お疲れさんです〜。」

「お疲れ様です。」

「茜ちゃん、お疲れ様〜」

 

 こうして見ると、皆本当に顔が良い。どうやら私の目に狂いはなかったようだ。現世でアイドルでもやっていたら、瞬く間に人気が出そうなほどのビジュアルである。

 

 月白(つきしろ)くんは持ち前の可愛さを活かして淡い水色に白い花の模様があしらわれた清楚な雰囲気の着物を着ており、雪のように白くふわふわとした髪とも合っていて非常に可愛らしい。(にび)さんは現代でも違和感ないような落ち着いたデザインのシンプルな着物だが、それが逆に彼の端正な顔をより一層引き立たせている。約束通り前髪もさっぱりと切ってくれた様だ。鉛丹(えんたん)さんは暖色系で派手な柄の着物を着ており、それが本人の雰囲気ともよく合っていて思わず目を惹く。檳榔子(びんろうじ)くんは黒を基調とした着物に薄い羽織を掛けており、お洒落で中性的ながら艶やかさがある。長春(ちょうしゅん)さんはいつも通りの少し着崩した着物に、緩く結った髪には簪を付けており何だか遊郭にでもいそうな雰囲気だ。

 

「わ〜!みなさんすごく良いですね…!」

 

 私が声をかけると、待ってましたと言わんばかりに真っ先に長春さんが口を開く。

 

「どう?惚れ直した?」

 

「長春さんはいつもとほぼ同じじゃないですか。」

 

「相変わらずつれないなぁ。」


 いつもと変わらぬ様子の長春さんに対して、月白くんはかなり緊張している様子だ。

 

「本当に僕なんかで大丈夫でしょうか……不安になってきました……」

 

「大丈夫ですよ!月白くんは可愛いので自信持って下さい…!」

 

 一方隣の鈍さんはパッと見は普段と変わらないようにも見えるが……

 

「もしかして、鈍さんも緊張してます?」

 

「…………うん。」

 

「そういえば前髪切ってくれてありがとうございます!すごく似合ってますね。」

 

「……ありがとう。」

 

「いや〜、ほんまに鈍さんは男前やんな。」

 

「いえ、僕なんかより皆さんの方が……」

 

「そない謙遜せんでええって!檳榔子くんもそう思うやろ?」

 

「そうですね。背も高くて筋肉質で羨ましい限りです。」

 

「いやいや、そんな……」

 

 鉛丹さん、檳榔子さんと実際に会うのは面接の時を含めて今日が2回目。そのためまだ2人の性格はあまり掴めていないが、皆と話している様子を見る限りは上手くやっていけそうで一先ず安心した。


「じゃあそろそろ始めましょうか。さあさあ皆さん位置についてね。」

 

 紅梅さんの指示により、5人は刀葉林(とうようりん)へと登り亡者を誘い出す。亡者は刀葉林の上にいる美男子たちを見て初めは黄色い悲鳴をあげるが、男たちに会いに行こうと我先にと必死に林を登り、そのたびに刃が身体を突き刺すのでだんだんと本当の悲鳴へと変わっていく。

 

「良かった、上手くいきそうですね。」

 

「ええ、問題なさそうね。茜ちゃんもお疲れ様。色々大変だったでしょう?」

 

「いえいえ、紅梅さんと皆さんのおかげで本当に助かりました…!」

 

「これからまた別の案件とかで忙しくなると思うけど、衆合地獄にも時々は顔を出してちょうだいね。茜ちゃんのこと、応援してるから。」

 

「はい…!ありがとうございます!」

 

 こうして衆合地獄の一件は上手くいき、一先ず私の手を離れることになった。衆合地獄に伴う小地獄についても錦さんの方で色々と調整してくれており、見学に行った際に出た問題点も全て修正されたとのことで衆合地獄の改革についてはここで一旦終了となる。


 しかし地獄は衆合地獄だけではない。等活(とうかつ)地獄、黒縄(こくじょう)地獄、叫喚(きょうかん)地獄、大叫喚(だいきょうかん)地獄、焦熱(しょうねつ)地獄、大焦熱(だいしょうねつ)地獄、阿鼻(あび)地獄。そしてそれら八大地獄にそれぞれ付随する十六小地獄。まだまだやることは山積みである。一つの案件が完了したからと言って、私がやるべきことは変わらない。私がこの場所に残るためには自分の1周忌までに沢山の成果を出して、篁さん、そして閻魔大王に認めてもらうことが必要なのだ。その為悠長なことを言っている暇はない。新しい職場で頑張っている5人を見ながら、私も頑張ろうと改めて心に誓った。

 

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