十三、誤解
「――檳榔子と申します。母は女郎蜘蛛、父は人間の半妖です。」
「現在は何かお仕事をされていますか?」
「母が遊郭で働いている関係で、私もそこで下働きとしてお世話になっております。」
「今回応募していただいた理由をお伺いできますか?」
「商店街に貼られていた求人募集のポスターを目にしたのですが、そこに書かれていた「あなたの個性を生かして働こう」という言葉に惹かれて応募しました。」
女郎蜘蛛は美しい女性の妖として有名らしく、その血を引いているからか檳榔子さんは妖艶な美しさが印象的な男性だった。さらに遊郭で働いているからなのか持って生まれたものなのかはわからないが、所作の一つ一つも美しく色気のようなものが感じられる。艶やかな黒髪に切長の瞳をしており、蜘蛛の妖というだけあってよく見ると手足は8本。人間となんら変わらない手足の他に、背中あたりから更に4本、黒い蜘蛛の足の様なものが見てとれた。
一つ問題を挙げるとするなら、多くの現代女性が虫を苦手だということだろうか。さらに蜘蛛と聞くと尚更身構えてしまうかもしれないが、檳榔子さんの見た目には、そう言われさえしなければ怖がるような要素はあまりない。確かに手足の本数は人間とは少し違うが、気になるのなら衣服などでカバーすれば問題ないだろう。現世では部屋に蜘蛛が現れると半泣きで逃げ回っていた私でも、檳榔子さんに対しては恐怖心や不快感を感じることはなく、むしろただただ綺麗な人だなと感嘆するだけであった。
「檳榔子さんはかなりの美人さんでしたよね。」
「遊郭で働いてるなら女性にも詳しそうだしいいんじゃない?」
「そうですね。あとは、1人ぐらいしっかりとしたまとめ役のような人も欲しいところですが。」
「確かに、今のメンバーだとかなり個性が強そうですもんね。それなら最初の方にいらしてた犬神の方とかどうですか?」
「関西弁の子よね?あの子はどこに行っても上手くやっていけそうな雰囲気があったわ。」
私は今日の面接で犬神という妖がいるということを初めて知ったのだが、犬神はその名の通り犬の姿をしている呪詛の得意な妖らしい。
「初めまして、犬神の鉛丹いいます!商店街のポスター見てえらい面白そうやな思うて応募させてもらいました。よろしゅうお願いします!」
鉛丹さんは人間基準で見ると20代中盤から後半ぐらいの見た目をしており、気さくで優しそうなお兄さんという雰囲気だった。犬神と言うだけあって犬耳と尻尾がついており、話ながら時折揺れる耳と尻尾は可愛らしい。月白くんもそうだが、獣耳はオタク気質な日本人には一定の人気がありそうな気もする。さらに誰とでもすぐに仲良くなれそうな雰囲気は流石犬の妖といった感じだ。この人なら少々癖のある面々も上手いことまとめてくれるかもしれない。
話し合いの結果、元々決まっていた月白くんと長春さんに加え、今回の面接で新たに鈍さん、檳榔子くん、鉛丹さんを採用して、とりあえずは5人で女性向け衆合地獄を始めることになった。その後は人事部や衆合地獄の面々とも連携して5人に正式な書類を送り、私は諸々の手続きなどに追われることになる。ちなみにその間、錦さんは衆合地獄に付随する小地獄の是正を、涅さんは様々な地獄から寄せられている相談事などを請け負っていた。
慌ただしい毎日を過ごしているうちに、いよいよ女性向け衆合地獄のスタートも近づいてくる。それに合わせて獄卒寮に入る面々も次々と閻魔庁へやってきているのだが、今日は長春さんの入寮日ということで、スカウトした手前休みを取って手伝いをすることになっていた。
「あ、茜ちゃんだ。久しぶりだね。」
「長春さん、お久しぶりです。」
獄卒寮の玄関前に行くと、長春さんと数台の大きな朧車が並んでいた。なるほど、朧車はタクシー業務だけではなくどうやら引越しも請け負っているらしい。
「これ、総務の方から預かった鍵です!無くさないように気をつけて下さいね。」
「はーい。あ、じゃあ茜ちゃんが1個持っててよ。」
「え、何でですか?」
「ほら、朝起こしてくれるって言ったでしょ?よろしくね。」
そう言って長春さんはしたり顔で部屋の鍵の1つを私に押し付けてきた。長春さんの荷物はそれほど多くなく、引越し業者の妖たちがテキパキと部屋まで運んでくれたため、引越し自体は思っていたよりも早く終わった。あとは荷解きをして部屋を片付けるだけだが、ちょうどお昼時になったので閻魔庁の案内がてら食堂に行くことにした。
「ここが食堂で、寮に入ってる人は基本的にいつでも利用できます。部屋にも小さいですが一応キッチンはついているので自分で作ってもらっても大丈夫ですし……」
「僕が料理なんてすると思う?」
「ですよね。まあ私も3食ここのお世話になっているので人のことは言えませんが……」
「あれ?茜ちゃんだ!やっほ〜!」
「あ、錦さんに涅さん!お疲れ様です…!」
「お疲れ様です。」
食堂に行くと、ちょうどお昼休憩中だったであろう錦さんと涅さんに出くわした。
「待って、大変!!茜ちゃんの隣に知らない男がいるんだけど…!」
「こら、大きな声で失礼ですよ。いきなりすみませんね。ええと……」
「あ、こちら私が衆合地獄にスカウトした長春さんです。長春さん、こちらは私と同じ部署の錦さんと涅さんです。」
「初めまして、長春です。どうぞよろしく。」
「貴方がそうでしたか。えぇ、よろしくお願いします。」
「……ってか、どっかで会ったような気がするんだけど……あー!!前に茜ちゃんをナンパしてた奴じゃない!?」
「……なんですって?」
「あ、いや……あれは別にナンパされていたわけではなく……」
「そうそう。僕は飼い主にならないかって提案してただけだからね。」
「……話がややこしくなるので長春さんは一旦黙っててもらえますか?」
「人の趣味にあれこれ口を出すつもりはありませんが、もっと男性は選んだ方がいいかと……」
「涅さん〜〜!誤解です…!ほんとにそういうのじゃないので…!」
「まさかうちの可愛い茜ちゃんが……」
「ちょっと…!錦さんまでやめて下さい〜!!」
そしてあらゆる誤解の原因である当の長春さんは、他人事のようにこちらのやり取りを見ては笑っていた。




