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十一、勧誘

 携帯電話が普及していないあの世だとこうなるのか。住所を貰ったはいいものの、私はあの世に来てからまだ日は浅く仕事以外で外出したのも昨夜が初めてだった。書かれている場所がどれほど遠いのかすらわからないし、そもそもあの世の移動手段はどうなっているのだろうか。現世の車のようなものは流石に見かけないが、そういえば昨夜、大きな顔の付いた人力車みたいなものが空を飛んでいるのを見た気がする。

 

 今日は休日なので誰かに尋ねようにも聞ける人もいないしどうしようかと思っていたが、ふと食堂のお姉さんのことを思い出す。閻魔庁には食堂が併設されており、仕事中の昼休憩などに利用できるのは勿論のこと、獄卒寮に住んでいる我々は朝も夜もお世話になっているのだ。


 その食堂で働いているお姉さん、確か皆からはお(いわ)さんと呼ばれていたはずだ。お岩さんは妖だが元は人間だったらしく、同じ人間の女である私のことも気にかけてくれているようで、よく「細いんだからちゃんと食べなきゃだめよ〜。悪い男に引っかからないように気をつけてね。」などと声をかけてくれていた。いつも片目を包帯で隠しているが、長い黒髪の綺麗なお姉さんだ。

 

「――すみません、お岩さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」

 

「あら、茜ちゃん。どうしたの?」

 

「ちょっと出掛けたいな〜と思ったんですけど、目的地まで連れて行ってくれる乗り物とかあったりします?」

 

「あぁ〜、それなら朧車(おぼろぐるま)があるわよ。」

 

「それってもしかして大きな顔の付いた……」

 

「そうそう!それそれ!閻魔庁の裏口に乗り場があるからそこから乗れるわよ。」

 

「わかりました。ありがとうございます!」

 

「……はっ!もしかして男に会いに行くんじゃ……」

 

「えっと、友達です…!友達!」

 

「あら、そうなの。気をつけてね。」

 

「はい、それではまた〜…」

 

 お岩さんにペコリと挨拶をして、そそくさと食堂から出て裏口の方へと歩く。なぜかお岩さんには母親のような心配のされ方をしているので、思わず友達なんて嘘をついてしまい、少々の後ろめたさを感じながら朧車乗り場へと向かった。

 

「でもあの子、こっちに来てまだそんなに経ってないのにいつの間に友達なんて出来たのかしら。」

 

 閻魔庁の裏口を出ると、朧車はこちらと書かれた表札があった。表札に従って歩いていくと、たしかに昨夜見たものと同じ大きな顔の付いた人力車のような乗り物……いや、妖というべきか。その朧車という妖が何台も並んでいた。前に付いている顔に話しかけるのが正解なのか多少悩みつつも、1番手前にいた朧車に恐る恐る声をかけてみる。

 

「あの〜……すみません。」

 

「はいはい、お客さまですね〜!どちらまで!?」

 

「あ、えっと、この住所までお願いしたいんですけど……」

 

「あ〜はい、彼岸ヶ丘(ひがんがおか)ですね〜!どうぞお乗り下さい〜!」

 

 朧車は想像よりもかなり気さくで、現世でもたまにいるようなよく話しかけてくるタクシー運転手のおじさんという感じだった。朧車に乗って30分ほど経っただろうか。あたり一面に紅い花の咲く坂道を登った先に、目的のマンションがあった。


 朧車から降りた私は、渡された紙を見ながら夕暮れハイツと書かれているマンションの階段を登る。そして301号室と表札のかかったドアの前で立ち止まり、少し呼吸を整えてからチャイムを鳴らす。

 

「留守なのかな…?」

 

 2回ほどチャイムを鳴らしたが返事はなく、仕方ないから諦めて帰ろうかとした時、ドアの奥からバタバタっと忙しない音が聞こえてくる。次の瞬間ガチャっとドアが開く音と共に、昨夜の男がかなり着崩れた着物を羽織りながら目の前に現れた。

 

「あ〜やっぱり昨日の〜……茜ちゃん!来てくれると思ってたよ。」

 

「いきなりお邪魔してすみません。あれ、私名前言いましたっけ?」

 

「昨日、一緒にいた男が呼んでたの聞いちゃった。あ、僕は長春(ちょうしゅん)ね。」

 

「長春さん……もしかしてお休み中でしたか?」

 

「うん。でも、もしかしたら君かもしれないと思って慌てて出たら正解だった。」

 

 長春さんは寝起きだからか柔らかな雰囲気の甘い声でそう言うと、得意げな顔で笑っていた。昨夜は緩く結っていた髪も今日は全て下ろしており、着物も急いで羽織ってきただけのようで着崩れているがそれでも絵になるのだから不思議だ。

 

「まあとりあえず入ってよ。」

 

 そう言われて長春に勧められるがまま部屋の中へ入ると、こじんまりとした部屋には大きなベッドと小さなテーブルがあり、テーブルの上には花の形をしたお香のような物が焚かれていて部屋中に良い匂いが漂っていた。

 

「来てくれたってことは、昨日の話に乗ってくれる気になった?」

 

 長春さんは大きなベッドに勢いよく座りながら、自分の隣をポンポンっと叩いて私にもそこに座るように促す。私は促されるままベッドに腰掛け、少々の気まずさを抱えたまま彼の問いに答えた。

 

「飼い主……にはなれないんですけど、ご提案がありまして……」

 

「ふーん、ここまで来ておいてそんなこと言うんだ?」

 

 長春さんにとっては予想外の返答だったのか、拗ねたような顔で首を傾げて私を見る。

 

「うっ……すみません……」

 

「茜ちゃんとは相性良さそうだなと思ったんだけど……だめ……?」


 そう言う長春さんは先ほどとは打って変わって、捨てられた子猫のような顔でこちらを眺めてくる。

 

「ダメです…!」

 

「んーー、そっかぁ……残念だなぁ。じゃあ新しい家探さなきゃかぁ……」

 

「家、ですか?」

 

「ここ、前の飼い主が契約してるところで月末までに出てけって言われてるんだよね。……それよりさ、そういうつもりじゃ無いなら茜ちゃんはどうしてここまで来たの?」

 

 長春さんは座っていたベッドにそのまま倒れ込み、諦めた様子で横になりながら聞いてきた。

 

「えっと……実は仕事のスカウトというか…」

 

「あぁ〜、夜の仕事?僕働きたくないからこういう生活してるんだよね。それに女の子なら誰でも良いって言う訳でもないし。」

 

「夜の仕事ではないんですけどちょっと特殊で……簡潔にいうと、衆合地獄で働く気はありませんか?」

 

「えっ……ちょっと待って、地獄って獄卒ってこと?無理無理。どう見ても僕、肉体労働向きじゃないでしょ。」

 

「獄卒って言ってもたぶん一般的に想像するような獄卒ではなくて……」

 

 そうして私は長春さんに諸々の説明をする。関係ある仕事の話だけするつもりだったのだが、長春さんが思いのほか真面目に聞いてくれるのでついつい私が地獄で働く事になった経緯など関係のないことまで話してしまった。

 

「なるほどね、確かにそれなら僕に声をかけてきたのも納得かな。それにしても人間が地獄で働くなんて面白いよね〜」

 

「あはは……それで、どうですか?」

 

「うーん、週5日とか働きたくないんだよね。」

 

「刀葉林の上に座ってるだけでいいので…!」

 

「でも毎日朝早く起きるのとか無理だよ。茜ちゃんが起こしに来てくれるの?」

 

「……それで働いてくれるなら全然やります。それに閻魔庁なら獄卒寮もありますし、食堂のご飯も美味しいですよ!」

 

「それは魅力的な提案だね。特に茜ちゃんが朝起こしてくれるってところが。」

 

「それはおまけぐらいに思ってもらって……ちなみにお給料はこれぐらいらしいですよ……」

 

「ふーん、流石獄卒。やっぱり人気の職業なだけあるね。」

 

「……どうですか?長春さんには向いてると思うんですけど……」

 

「うーん、そうだなぁ……じゃあ、とりあえず次の飼い主が見つかるまでってことでどう?」

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