十、出会い
「じゃあお会計してくるからちょっと待ってて〜!」
「ありがとうございます。外で待ってますね。」
篁さんが合流してから更に1時間半ほど経ち、時刻はそろそろ夜の10時を回ろうとしていた。店から出ると外はまだまだ賑わいを見せており、これから飲みに行くのか私達のように帰るところなのか、鬼をはじめとした大勢の妖が行き交っている。こういった繁華街の雰囲気は現世となんら変わらないのだなと思いながら店の横の小道で待つ。
待ちながら道ゆく妖たちをボーッと眺めていると、向かいの店からカップルと思しき二人組が何やら口論をしながら出てくるのが目についた。口論と言っても女性側が何やらしきりに怒っているようで、男の方は気にも留めない様子で口元に笑みを浮かべている。
他所のカップルの喧嘩などに興味はないのだが、どこか目を惹く綺麗な顔をした男についつい視線が向いてしまう。すると、パシンッ……と勢いよく頬を叩く音がした。瞬時に綺麗な男の頬は赤く染まるが、それでもその表情が崩れることはなかった。一方で叩いた側である女性は涙目で足早にその場から去って行く。
女性が人混みに紛れ完全に見えなくなった頃、頬に手を当てた綺麗な男がチラッとこちらを見て目が合う。思わず反射的に目を逸らすが、先ほどの喧嘩を見ていたのがバレてしまったかもしれないと少し気まずく思っていると、何故かこちらに手を振りながら近づいてきた。
「ねぇ、さっきの見てたでしょ?」
「す、すみません……」
男は私の隣まで来ると、ニコニコと先ほどと変わらぬ笑顔で話しかけてきた。近くで見るとより一層男の綺麗さが伝わってくる。色白の肌にスッと通った鼻筋、目尻は下りめで長い睫毛と相まってどこか艶やかさを感じさせる。綺麗な顔と緩くゆっている桃色の長い髪のせいか、非常に中性的で柔らかい雰囲気だがその身長と体格からは男性であることがはっきり見て取れる。
「ふふっ、別に責めてるわけじゃなくて。そりゃあんなところで言い争いしてたら嫌でも目に入るよね。」
「あの……叩かれたところは大丈夫ですか?」
「……うーん、大丈夫じゃないっていったら心配してくれる?」
顔を覗き込みながら悪戯っぽく返され、予想していなかった返答とその距離の近さに一瞬言葉が詰まる。
「アハハ、冗談。大丈夫だよ、慣れてるから。」
「そんなの慣れない方がいいですよ……というかさっきの、彼女さんですよね?追いかけなくていいんですか?」
「んー、彼女と言うより飼い主、かな。今さっき捨てられちゃったけどね。」
「そ、そうなんですね……それはお気の毒に……?」
これまた予想外の答えが返って来て、こちらも返事に困ってしまう。これはいわゆるヒモというやつだろうか。
「ふふっ……ねえ、よかったら今度は君が僕を飼ってみない?」
「へっ…!?」
突然の提案に思わず変な声が出てしまった。女性に叩かれた時ですら笑みを絶やさなかった男が、一瞬真剣な顔つきでこちらを見てきたので冗談なのか本気なのかますますわからなくなる。と同時に、この人には人を魅了する何かがある、と直感的に思った。
「ところで君、名前はなんて言うの?僕は……」
「はい、そこまで〜〜!!!ちょっとお兄さん、うちの子に何してるの…!!」
お店から出てきた錦さんがものすごい勢いで私と男の間に割って入る。私が説明する暇をも与えないほどの勢いと、そもそもこの状況をなんと説明すればいいのかわからず悩んでいると、男の方が先に口を開いた。
「残念、連れが来ちゃったか。でもさっきの話、本気だから。考えといてね。」
そう言うと男は去り際にそっと小さな紙切れを手に握らせ、またね、と手を振りながら人混みに消えて行った。
「茜ちゃん大丈夫だった!?」
「あ、全然大丈夫です…!」
「ごめんね〜!1人で待たせちゃって。てか、さっきのなんだったの?ナンパ?」
「ええっと、なんと言うか……ナンパでは無いんですけど……」
この状況で、先ほどの一連の出来事をなんと説明するべきだろうか。初対面の人にいきなり「飼い主にならないか?」と提案されたなんて流石に伝えにくい。
「あ!それより涅さんは大丈夫ですかね?」
「まあ篁さんが送ってくれてるし大丈夫でしょ!アイツお酒弱いのに茜ちゃんの前だからってかっこつけて飲むんだから。」
「ふふっ、涅さんがそんなにお酒が弱いなんて意外でした。」
「それより茜ちゃんが強いことにびっくりだよ〜」
「篁さんには敵いませんけどね。」
なんとか話を逸らしながら、私は錦さんとたわいもない話をしながら帰路に着く。私は閻魔庁の獄卒寮、錦さんは実家から通っているそうなので帰り道は別々だが、「こんな時間に女の子1人は危ないから!」とのことで閻魔庁まで送ってもらうことになった。いつもなら断るところだが、現世ならまだしもここはあの世。ただでさえ慣れていない私ではどんな危険があるかもわからないので、親切はありがたく受け取ることにした。
「じゃあまた週明けにね〜!おやすみ〜!」
「ありがとうございました。おやすみなさい。」
見送りに来てくれた錦さんと別れて自分の部屋に入り、着替えもしないままボフっと勢いよく布団に寝転ぶ。今日は色々なことがあったが、なんだかんだ楽しい1日だった気がする。生前は会社の飲み会なんてほぼ強制参加のもの以外はなんだかんだ理由をつけて断っていたぐらいだったが、たまにはこういうのも良いかもしれないと思えた。
翌日、外から聞こえる地獄鳥の鳴き声で目が覚める。重い身体を引きずりながら起き上がると、服は昨日着ていたもののまま変わっておらず、布団の横には乱雑に置かれた鞄が転がっていた。帰って来てから風呂にも入らず化粧も落とさずそのまま寝入ってしまったようだ。眠たい瞼を擦りながらボーッとしていると、ふと、あの綺麗な男からもらった紙の存在を思い出して鞄を漁り紙を開いてみる。中には「彼岸が丘 9-6-4 夕暮れハイツ301」と走り書きで書かれていた。




