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「何者だ!」
そんなに切先を顔に近づけなくても訊けるだろうに、兵士三人に囲まれて槍を突きつけられ、大声で詰問される。
「僕の名はオミクロン。バルゲリス長官の使いでカイエンから参りました」
「証拠は!」
「そのリュックの中に長官から領主様への書簡が入っています」
「出せ!」
俺はゆっくりとしゃがむとリュックの底にしまってあった筒に入れられた手紙を正面の兵士に渡した。
「確認する! 付いてこい!」
怒鳴らないと口がきけないのだろうか。
それともアレか、不審者の取り調べの時は威圧するように決まりでもあるのだろうか。
俺はリュックも濡れた服も靴も取り上げられ、パンツ一丁で引き立てられて歩かされた。
程なく針葉樹の森の先に木製の砦が見えた。
崖の隙間に建てられたポリオリの門、入り口なのであろう。
あの上の物見櫓からはあの橋が見えていて、俺が渡っているのが見えたから駆け付けたのだな。
ちなみに門は閉ざされている。
門の扉の上に別の兵士たちが待機しており俺を弓矢で狙っている。
中央のちょっと偉そうな年嵩の兵士が口を開いた。
「何者だ!」
また同じことを答えさせるのかとウンザリしたら、俺の隣にいた兵士が答えた。
俺に聞いたんじゃなかったのか。
「東方統括部長官より書簡を預かっていると!」
「何ィ、仲間は?!」
「見当たりません!」
ミスター偉そうは物見櫓に目を向けた。
櫓の兵士は首を横に振った。
「よし、入れろ!」
そう命令が出てからちょっと間があって、門が動き出した。
ミスター偉そうの下の部分が捲り上がるように持ち上がると、その下部は丸太が尖らせてある。
うおぉ、カッコいい!
マジでガチの城門だな。
木製なのが残念ではある。
「ほら、行け!」
門は僅かに開いただけだが、脇の隙間から入らされた。
ちゃんと開くところを見たかったのに。
中ではやはり槍を構えた兵士たち。
奥には随分前に稜線から見た塔が見えた。
思ったよりもデカい。
カイエンで見たイリス教会よりもデカいのではないか。
剣山地帯で見た尖った岩山のあちこちをくり抜き、外階段やバルコニーを造り付け、デコレーション過多に育ってしまった蟻塚のような城だった。
と、背後からもの凄い音がして門が閉まった。
振り返ると門の内側には巨大な梁が突き出しており、その先に結ばれたロープをこれまた巨大なボビンで巻き取って開ける機構があった。
マジか、門の開閉は四人がかりか。
入るのも出るのも一苦労だな。
「グズグズするな、そこで待て!」
俺は小さな小屋に入れられ、外から閂をかけられた。
一応、机と椅子はあったが待合室というよりは取り調べ室という感じだ。
窓はなくもちろんランプの類いもない。
光は、縦に並べられた丸木の壁の隙間から差し込むだけである。
なんなら牢屋と言った方がしっくりくるかもしれない。
荷物も服も取り上げられたままである。
寒い。
せめて毛布だけでも、と思ったがさっきの橋渡りで中までびしょびしょか。
俺は魔力を纏って寒さを凌ぎつつ壁の隙間から外を伺うが、俺の荷物を持った兵士が馬に乗って城に向かうのが見えただけである。
てか、アレが城で合ってるのかしら?
それはそうと、椅子に座れるのは助かる。
背もたれというのはとても良いものだなと実感できる。
カイエンを出てからは倒木に腰掛けるか岩に腰掛けるかしか選択肢がなく、なんなら地べたに座る方が多かった。
椅子というのは文明だったんだな。
俺は背もたれに背を預けるという堕落した贅沢をたっぷりと楽しむことにした。
うーん、椅子が堪能できのたのは良かったが随分待たせるな。
そろそろ夕方である。
このままここで夜明かしならせめて毛布だけでも返して欲しい。
ついでに食料も。
魔力を纏っているとはいえ、完全に冷気を遮断している訳ではないのだ。
地面に触れている足裏は冷たい。
しかし変に魔術を使って反逆の意思あり、と判断されても困る。
よく分からないが、ほらアニメとか異世界小説だと魔術を使うと探知されたりするじゃない?
村のギルドにあった魔術教本には探知魔法みたいな項目はなかったが、あの教本が全てってわけじゃないだろう。
マジでそろそろ近くにいる兵士に交渉する頃合いかもしれん。
「あのー、すいませんが寒いので服と毛布を返していただけたりは、、、?」
返事はないがドアの前の兵士二人のうち片方が櫓のほうへ向かったところを見ると聞こえてはいるのだろう。
暫くすると閂が外される音がして扉が開き、何かが投げ込まれた。
直ぐに扉は閉められ閂が掛けられる。
一言もなし。
確認すると何かの毛皮だった。
「ありがとうございます! 、、、あの、ついでにアレなんですけど食べ物なんかは、、、?」
「、、、チッ」
舌打ちが聞こえてきた。
一緒に言えば良かったかしら?
でも、一度にあんまりあれこれ言っても嫌われるかなと思ってさ、、、。
程なくして扉と壁の隙間に何かが差し込まれた。
また無言である。
受け取ってみると干し肉だった。
うん、まあまあ、いや、ありがたいよ?
でもまあ、水は出さなきゃいけなくなったよね?
だって干し肉はしょっぱいからさ。
ついでにおしっこだってするよ?
そりゃ、水を飲めばさ。
出るものは出るもの。
ね?
そうした交渉も考えつつ、干し肉を口にすると意外と塩分が少ない。
いや、むしろ美味しい!
なんかパリっとしてるというかサクッとしてるというか、干し肉特有のねっちりとした重さがないというか臭みがなくて軽いのだ。
「美味いっすね、これ! ありがとうございます!」
「、、、スクティ」
思わず口にした賞賛の言葉に意外なことに返答があった。
さっき普通に共通語のアーメリア語を話していたのだから今の返答が別の言語という訳ではないだろう。
となると今食べたのはスクティという食べ物ということか。
「スクティ美味いっすね! これ好きっす!」
とりあえず言い放って返事を待たず食べ進める。
食事というよりはおつまみというジャンルかもしれないが、こんな牢屋じみた所に閉じ込められて食べれるものにしては最高ではないか。
贅沢を言えば糖類なしの缶酎ハイが欲しい。
ビールも合うと思う。
なんなら焼酎のロック、いやなんならお湯割りがいいかもしれない。
もしかすると日本酒やワインなんかも合うかも。
とりあえず俺はスクティを噛み締め、水魔術で飲み下していく。
「スクティ。干し肉を揚げたもの。高級品」
お、マジか。
いや、しかしなぜ高級品を?
「今の時期、カイエンからの使者はない。でも悪人もいない。みんな知ってる」
え、何?
どういうこと?
「隊長、頭悪い。大丈夫。明日には出れる。待て」
えーっと、俺が推測するにこの兵隊さんは俺に危険がないことは分かっているけど隊長さんがアレだから足止めくらってるってこと?
隊長さんってあのミスター偉そう?
うーん、やっぱどこの世界も一緒なんだな。
上司よりも有能な部下ってあるあるだよな。
「安心しました。ありがとうございます。名前を教えて頂いても?」
「ルドヴィコだ。覚えなくていい。むしろウチの隊長が無能で迷惑をかけて済まない」
「いいんです、僕は楽しんでます」
「良かった。明日は恐らく謁見だろう」
謁見ってアレだろう。
領主さまに会えるって訳だ。
ならまあ今夜はコレでもいいだろう。
毛皮はあるし、空腹は紛れたし。
てか、この毛皮。
ダニとかノミとかそういうのは大丈夫?
さっき水魔術を使っても何も言われなかったのだから軽い火魔術も大丈夫だよね?
俺は火魔術を使って毛皮を滅菌し、椅子を四脚並べて敷いてみた。
すこぶるいい感じ。
この毛皮、毛が硬く、しっかり立っているお陰で体重を分散し腰の負担を和らげる機能があるらしく横向きで寝ても仰向けで寝ても自然に寝れる。
高機能マットレスだ。
俺はあっけなく眠りに落ちていった。




